銀座の老舗デパート松屋銀座に設置させてもらった人工巣で子育てをするツバメのようすを動画撮影して、給餌行動を調べました。まずは動画をご覧ください。
動画1.セセリチョウのような虫を運んできた
動画2.ミツバチを運んできた
松屋銀座に設置したツバメの人工巣
はじめに銀座にツバメの人工巣を付けた経緯からお話ししましょう。都市でツバメが減ってしまう理由のひとつに、ビルの建て替えがあります。金子凱彦さんの著書『銀座のツバメ』によると、銀座ではツバメの営巣が減り続けていて、再開発のために巣があるビルを壊して建て替えが行われたときに、古巣がなくって営巣が途絶えてしまうことが多いそうです。これはツバメは古巣がある場所にやってくる習性があるためで、さらにツバメに「ルースコロニー(ゆるい集団営巣性)」という習性があることも減少を加速させる一因だと思われます。ツバメはイワツバメのように互いの巣が接したコロニーは作りませんが、ひとつひとつのツバメの巣は離れていながらも近所の建物に別のツバメの巣があり、集団で暮らしているのです。ツバメの数が減り営巣密度が低くなると、仲間と群れていたいツバメにとって魅力のない場所になるので新しいツバメがやって来なくなってしまい、こうした負の循環でツバメの減少に拍車がかかります。
それならこの習性を逆手にとって、ツバメが使える古巣を増やしてあげれば、銀座でふたたびツバメが増えていくかもしれません。そこで、毎年1~2つがいのツバメが子育てを続けていた松屋銀座に協力してもらい、ツバメが古巣の代わりに使える人工巣を付けました。人工巣は版画家の小川美奈子さんが制作しているもので、コルク粘土で本物そっくりに作られています(写真1)。2019年3月にひとつめの人工巣を付けると、その年の5月から営巣しましたが、残念ながら夏の長雨の影響でヒナを巣立ちまで育てることができませんでした。その後しばらく人工巣は使われていませんでしたが、2022年に巣内の堆積物やヒナの死骸を取り除いて新しいワラを詰めてあげると、さっそくツバメがやって来ました。この年はさらに2つの人工巣を設置して、ひとつの天然巣と2つの人工巣から、ぜんぶで21羽のヒナが巣立ちました。松屋銀座には現在、天然巣がひとつと人工巣が4つ付いています。子育てをした親ツバメは、生きていれば翌年も同じ場所に帰ってきます。それに加えて、仲間がいる場所に新しいツバメが集まってルースコロニーを形成していくことで、銀座にツバメが増えていくことを願っています。なお残念ながら2023年は松屋銀座での繁殖が少なく、1つがいが人工巣でヒナを巣立たせただけでした。
銀座のツバメの食生活
さて、このようにしてツバメの巣場所は人が助けてあげることができますが、銀座のような都心でツバメがどんな虫を捕れているのか気がかりでした。そこで、写真家の佐藤信敏さんにお願いして、2022年7月11~13日にツバメの親がヒナに餌の虫を運ぶようすを撮影してもらいました。松屋銀座で子育てするツバメは、ツバメは毒針のない雄のミツバチを捕っているでお伝えしたように、100mほど離れたビルの屋上にある銀座ミツバチプロジェクトの養蜂場で捕ったミツバチをヒナに運んでいることが分かっています。今回の調査ではミツバチへの依存度がどのくらいあるかや、その他にはどんな種類の虫を食べているのか、そして給餌の回数や時間帯を調べることを目的にしました。ツバメのヒナは孵化して20日ほどで巣立ちます。撮影時は15日齢くらいで、巣立ち前のいちばん食べ盛りな時期でした。佐藤さんが5mほど離れた位置から撮影してくれた動画から、親ツバメの雌雄の識別をして行動を記録しました。
メスは餌運び回数が多く、巣に長居する
三日間に撮影された283回の餌運びを、オスの方が尾羽が長いことや喉の赤色が濃いことを手がかりに親ツバメの雌雄を区別して数えたところ、オスが128回とメスが155回で、いずれ日もメスの方が回数が多い結果になりましたが(図1)、調査日数が少ないこともあり雌雄で統計的な差は出ませんでした。それから、メスは雛に餌を与えた後に長い時間巣に留まりました(図2)。銀座ではこのひとつがいだけの調査でしたが、長崎県で行われた調査でも同様にメスの方が給餌回数が多く、給餌後に巣に留まる時間も長いことが分かっています(天野 2020)。銀座のメス親はヒナに餌を与えたあと巣に留まったまま何をするわけでもなく、じっとヒナを見つめて、しばらくするとまた飛び立つということをしていました。長崎の研究と合わせて考えると、メスの方がヒナへの関心が強いようです。雌雄が餌を運ぶ回数の違いは、それぞれの子孫を残すための進化の結果というふうに説明はされるのですが、巣の上でヒナを見つめるメスの姿を見ていると、人と同じように愛情を感じてヒナの世話をしているように思えてきます(動画3・コラム参照)。
動画3.巣の掃除のようなことをしてからヒナのフンを運ぶメス
午前はいろんな虫を、昼ごろからオスのミツバチを運ぶ
親ツバメが運んでくる虫は種の特定まではできなかったのですが、午前中はハエ、ハチ、羽アリ、チョウ、クサカゲロウなどを運んできているようでした(写真2)。そして、お昼ごろからはミツバチを運んでくるようになりました(図3)。給餌回数に占めるミツバチの割合は約25%で、動画で雌雄の識別可能だった61匹のミツバチを調べたところ、すべてオスバチであることが分かりました。オスバチが次期女王バチと結婚飛行をするために昼ごろ養蜂箱から飛び立つことが、ツバメがこの時間になるとミツバチを運んでくる理由だと考えられます。ツバメは毒針のない雄のミツバチを捕っているでも映像から識別できた餌のミツバチがぜんぶオスだったことを紹介しましたが、今回さらに多くの給餌行動を調べた結果でもオスバチだけを捕っていると分かったことから、銀座のツバメがオスバチだけを選択的に捕っているのは間違いないでしょう。前回の記事ではツバメがオスバチを捕まえる理由に、毒針がない(ミツバチの毒針はメスの産卵管が変化したものなのでオスにはない)、捕まえやすい(結婚飛行で同じ場所を飛び続けるから)、栄養価が高い(働きバチより少し大きい)という3つの可能性を考えました。今回撮影した動画を見ていると、親ツバメがヒナにミツバチを渡すとき、まだハチが生きて動いているようすが見られました。生きた働きバチをヒナの口に突っ込んでヒナが毒針で刺されては大変ですから、このことは毒針を避けるためにオスバチだけを捕るという仮説の根拠になりそうです。
給餌回数のグラフでは、給餌が多い時間帯と少ない時間帯の波があるように見えます(図3)。特に7月11日と12日は、たくさんのミツバチをヒナに与えた後に給餌回数が減っているので、これはヒナが満腹したせいではないでしょうか。動画を見ていると、お腹いっぱいになったヒナが眠り始め、親が来ても頭を上げないようすが映っていました。なお最終日の12日は雨天で、雨が降っている日はあまりミツバチが飛ばないため、親ツバメが運んでくるミツバチも少なくなっています。
運んできた虫は、くちばしからはみ出さないくらい小さくて識別できないケースが半数近くありましたが、ミツバチ以外で形が見えた虫には体長が1~2cmのものが比較的多くいました(写真2)。銀座のビル街のどこにそんな虫がいるのかと思いますが、浜離宮庭園や日比谷公園、皇居などで発生した虫が、風で流されてくるのかもしれません(図4)。そうだとしたら、銀座は虫の発生源が離れた場所にあるため、発生する虫の量が少なければ銀座まで流されてくる虫はさらに少ないので、時期によっては虫が不足することがあるかもしれません。今回の調査でツバメはオスバチが飛ぶ時間以外は他の虫も多く食べていることが分かりましたし、ヒナが小さいあいだはミツバチのような大型の虫を食べることができませんから、銀座でも自然の虫が多くいなければヒナを育てることができないでしょう。育雛中のツバメの行動圏は巣から数百メートルと考えられていますから、都心でも、巣に近い場所に小さな緑地や水辺があることがツバメにとって大切です。
本稿執筆にあたり、動画撮影をしてくださった佐藤信敏さん、動画の読み取りをしてくださった御堂明日美さん、ミツバチの雌雄同定をしてくださった山本なお子さん(銀座ミツバチプロジェクト)に感謝申し上げます。
コラム ツバメのつがいの雌雄それぞれがヒナに餌を運ぶ回数には、自分の子孫を残したいオスとメスの都合が影響しています。デンマークで行われた研究によると、メスがつがい相手のオス以外と交尾して生まれたヒナが巣にいる場合は、つがいオスの給餌回数が少なくなるそうです(Møller and TegelströmSource 1997. この研究でも給餌回数はメスの方が多い)。これはオスが給餌の努力をしても自分の子孫を増やせないからで、日本のスズメでも同様の研究例があります(Sakamoto et al. 2023)。これらの研究が説明しているのは、自分の遺伝子を残すような行動が広まる進化の結果として、ツバメは本能的にヒナへの給餌量を調整しているということです。しかし親ツバメがヒナの口パクに機械のように単純に反応して餌を運ぶのでないならば、給餌をしたり、あまりしなかったりという行動の直接の要因は、ツバメの脳内で生じる何らかの感情のはずです。それは人が「子どもへの愛情」と呼ぶ感情と同じなのかは知るすべがありませんが、ヒナを見つめている親ツバメは、私たちと同じ複雑な心を持っているのではないかと感じずにはいられませんでした。 |
参考文献
Møller AP, Tegelström H. 1997. Extra-Pair Paternity and Tail Ornamentation in the Barn Swallow Hirundo Rustica. Behavioral Ecology and Sociobiology 41:353–60.
Sakamoto Haruna, Daisuke Aoki, Shingo Uemura and Masaoki Takagi. 2023. Genetic Parent-Offspring Relationships Predict Sexual Differences in Contributions to Parental Care in the Eurasian Tree Sparrow. Ornithological Science 22:44-56.
天野孝保. 2020. 長崎県内における都市部と農村部のツバメの繁殖生態とそれに影響する諸要因の比較と雌雄差. 長崎大学修士論文.