バードリサーチニュース

日本の森の鳥の変化:アカハラ

バードリサーチニュース 2023年9月: 1 【レポート】
著者:植田睦之

季節により分布を変える

 アカハラは,東アジアに分布するツグミ類で,日本では,ブナ林などの寒冷な山地で繁殖し,東北地方北部と北海道では平地でも繁殖します。越冬期は東北地方南部以南の主に太平洋側の低標高の林で越冬し,繁殖期と越冬期の分布をみると,いる場所といない場所がちょうど夏冬裏返しのようになっていて,季節により大きく分布が変わる鳥だということがわかります(図1)。1980年代には積雪の多い日本海側には冬期にはほとんど分布していませんでしたが(環境庁 1988),現在では少ないながら越冬するようになっていて,積雪の減少等により越冬分布が変わった鳥の1つと考えられています(植田ほか 2023)。

図1 2010年代のアカハラの分布状況。:繁殖を確認,:繁殖の可能性高い,:生息を確認,:越冬期に分布。植田・植村(2021),植田ほか(2023)をもとに作成。写真:三木敏史

 

暗いうちから活発にさえずる

図 2 埼玉県秩父演習林におけるアカハラのさえずり頻度と日の出時刻との関係(赤が平年値,青が2013-2023年の各年の頻度)。各種が記録された日を対象に時刻別の平均記録率を示した。ヒガラとキビタキの平年値もあわせて示した。平年値は前後の時間の移動平均値として平滑化している。アカハラは日の出前(灰色の網掛け)により活発にさえずるが,年によっては,日の出後もそれほどさえずりの活発さが落ちない年もあり,そうした年変動も興味深い。

 アカハラの特徴の1つとして,早朝に良くさえずることがあげられます。図2は秩父演習林で行なわれている「森の鳥の聞き取り調査」の結果ですが,2013年から2023年までの平均値(赤線)をみると,アカハラのさえずりのピークが日の出10分前よりもさらに前にあり,まだ暗い時間帯に,最も活発にさえずることがわかります。それに対してキビタキ(黄色)やヒガラ(黒)といったほかの鳥たちは,日の出後にさえずりのピークがあり,その後,緩やかにさえずり頻度が落ちていきます。アカハラは日の出前から急激に不活発になるという減衰度合いもほかの鳥たちと違っています。

 

 

分布の縮小しているアカハラ

図 3 森林性と非森林性の鳥の分布変化の違い。赤色系が分布の縮小している種の割合,青色系が拡大している種の割合を示す。色の薄い順に,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上の増減を示す。

 全国鳥類繁殖分布調査(植田・植村 2021)の結果では,非森林性の鳥は減少傾向にありますが,森林性の鳥の多くは分布が拡大していました(図3)。記録された調査コースが30未満の種,外来種,記録しにくい猛禽類や夜行性の種を除いた57種のうち,10%以上の分布縮小の見られた種は10種のみで,アカハラはその数少ない分布縮小種であり,3番目に分布の縮小の大きい種でした(25%の縮小)。

図 4 森林性鳥類の分布変化と種の気温指数(各種の分布の中央部の年平均気温)との関係。分布の縮小している種は,寒冷な場所に分布する種であることがわかる。

 では,どのような森林性の鳥が分布を縮小させているのでしょうか? アカハラより縮小率の大きかったのは,ハシブトガラ(29%)とビンズイ(39%)で,アカハラを含め寒冷な森林に生息する鳥でした。それ以外の分布縮小種もズアカアオバトとカケスを除けば,いずれも寒冷な森林に生息する種で,分布に大きな変化のない種や拡大している種と比べて顕著に生息地が寒冷側に偏っていました(図4)。これまでの連載でも報告してきたように,寒冷な森林に生息する種にも,キクイタダキやゴジュウカラのように分布を拡大している種がいるので,全ての種というわけではありませんが,温暖化の影響を強く受けると考えられる寒冷な森林に生息する種には,その影響がでてきている可能性があります。

低標高の場所で分布縮小が顕著

 もし温暖化が寒冷な場所に生息する鳥に影響を及ぼしているのだとすると,その仕組みとして,昨年の10月号のヤマガラのように,温暖化で繁殖の失敗が多くなる可能性,海外で言われているような食物の多い時期と繁殖時期がずれて食物が不足する可能性(Both et al. 2006)などとともに,より温暖な地域に生息する近縁種が分布を拡大してくることで,その種との競争で減少することもありそうです。アカハラについては,クロツグミがそれにあたりそうです。そこで,アカハラおよびクロツグミの分布変化を標高別にみてみました。標高分布は緯度によって異なります(同じ種でも北の地域では低標高の場所に生息する)。そこで,ここでは,関東から近畿の範囲で1990年代と2010年代にほぼ同じルートで行なわれた現地調査地の結果を比較してみました。

図5 アカハラとクロツグミの標高分布とその増減。増減は実際の増減数を調査コース数で補正した相対値として示した。

 この結果からは,経験的にも知られていることですが,アカハラとクロツグミでは分布が重っている標高帯もあるものの,生息する標高が違うことが示されました(図5)。アカハラは主に1000m以上の高標高の場所に分布していて,クロツグミは1500m以下のおもに低山帯に多いのです。
 分布の増減について見てみると,アカハラはどの標高帯でも分布を縮小させており,逆にクロツグミは拡大させていました。そして,アカハラは低標高の場所ほど分布の縮小度合いが大きく,クロツグミは主要な分布域の上端である1000-1500mの標高帯を除き,どの標高帯でも分布を拡大させていました。

図6 アカハラが2010年代に観察されなくなった191コースのクロツグミの出現状況の変化

 ただし,クロツグミとの種間関係が,アカハラの減少の原因かといえば,少なくとも主要な原因ではなさそうです。2020年代アカハラが記録されなくなった調査コースについて,クロツグミの変化を見てみると,2010年代に新たにクロツグミが出現したコースが多いというわけではなく,クロツグミがいなくなったコースも同じくらいあって,アカハラの減少にクロツグミの影響が大きそうだとは,言えません。しかし,クロツグミがある程度増えてきてから影響がでるなど,影響の出方にタイムラグがある可能性もあるので,今後も両種の分布の変化に注目していきたいと思います。

引用文献

Both C, Bouwhuis S, Lessells CM & Visser ME (2006) Climate change and population declines in a long-distance migratory bird. Nature 441: 81-82.
植田睦之・植村慎吾 (2021) 全国鳥類繁殖分布調査報告 日本の鳥の今を描こう 2016-2021年.鳥類繁殖分布調査会,府中市.
植田睦之・奴賀俊光・山﨑優佑 (2023) 全国鳥類越冬分布調査報告2016-2022年.バードリサーチ・日本野鳥の会,国立市・東京.

 

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