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カラーマーキング調査で調べるコハクチョウの生存率 「みんなで作る標識コハクチョウ名簿」調査 2021/22年の報告

バードリサーチニュース 2022年7月: 1 【活動報告】
著者:神山和夫

図1.コハクチョウが繁殖しているチャウン湾の位置。

 ロシア北極圏のチャウン湾(図1)で繁殖するコハクチョウは日本で越冬することが分かっています。バードリサーチでは繁殖地でコハクチョウを捕獲してカラーマーキング(色付きのプラスチック首輪や足環などを使った標識)調査をしているDiana Solovyevaさん(Institute of Biological Problems of the North)との共同研究で、標識の付いたコハクチョウの追跡調査をしています。この研究は2021年のバードリサーチ調査研究支援プロジェクトで支援をいただいており、集まった寄附金でカラーマーキングための首輪と足環を購入し、Daianaさんに届けることができました。
 この調査は、コハクチョウが日本で越冬する11~5月までのあいだに観察されたカラーマーキング付のコハクチョウの位置や写真をバードリサーチWebサイトのフォームで報告してもらって、移動や生存率を分析することが目的です。2021/22年越冬期は91名の方から193回の目撃情報があり、これまでに標識個体89羽の記録が集まっています。それぞれの記録地点は標識コハクチョウ名簿Webサイトでご覧いただけます。

図2.首輪と足環でカラーマーキングされたコハクチョウ。足環の個体は5年連続して埼玉県深谷市の荒川で観察されている。(左:池田和弘、右:並木達郎)

 図3は2020/21年と2021/22年にコハクチョウが記録された地点です。コハクチョウは本州の東北・北陸地方を主な越冬地にしていて、秋と春の渡りでは北海道北部を経由してロシアと行き来します。秋は中継地に留まらずに急いで越冬地まで飛んで行きますが、春は雪解けを追いながらゆっくりと北上します。なお、同一個体が同じ年度に複数地点で記録されている場合は線でつないでありますが、この線の通りにまっすぐに移動しているわけではありません。

図3.カラーマーキングされたコハクチョウの記録地点。同一個体が同じ年度に記録された地点を線でつないでいる。

 

カラーマーキング調査で分かったヨーロッパの生存率

図4.ヨーロッパのコハクチョウの年生存率

 このカラーマーキング調査の目的のひとつは、コハクチョウの生存率を調べることにあります。同様の研究が進んでいるヨーロッパの例を見てみましょう。ロシア西部の北極圏で繁殖し、ヨーロッパ北部で越冬するコハクチョウは20世紀には個体数が増加していたのですが、現在は減少傾向にあり、1995年に2万9千羽だったのが2010年には1万8千羽になってしてしまいました。この個体群では、越冬地のイギリス、ロシア、オランダ、ドイツ で首輪か足環いずれかのカラーマーキングがされていて、標識された3,929羽のうち3,079羽(78.4%)が、標識翌年以降に少なくとも1回以上記録されています。この記録を使って計算された年生存率が図4です(Wood et al. 2017)。1970-80年代の年生存率は85%を越えていましたが、1990年代になると生存率が下がり、2010年代には78%まで低下しています。この生存率の低下と、生存に関係ありそうな気温、降雪量、個体数密度などの要因との相関が分析されましたが、これまでのところ影響の強い要因は分かっておらず、さらに密猟、鉛中毒、生息地の環境変化などの要因を調べる必要があると指摘されています。

 

日本での首輪と足環の発見率

 これまで日本で見つかった標識コハクチョウの標識装着年と日本での確認数を表1に示します。日本でデータ収集の呼びかけを始めた2020/21年と2021/22年は、いずれも同年夏にチャウン湾で標識した個体の発見率は5割強です。そして、2020/21年に見つかった44羽の標識個体のうち翌年にも記録があったのは4割程度の17個体でした。生存している個体でも毎年必ず観察できるとは限りませんが、ヨーロッパの個体数増加時期に年生存率が8割程度だったことを考えると、まだ国内で見落とされている標識個体は少なくないのかもしれません。⽇本で越冬するコハクチョウは増加傾向にあり、2021年1⽉には約5.3万⽻がカウントされています。これかも増加が続くのか、それともヨーロッパのように減少が起きるか分かりませんが、個体数の大きな変化に先立って生存率の変化が表れるはずです。これからも記録を蓄積して、日本で越冬するコハクチョウの生存率を明らかにしたいと思います。今年の冬も標識コハクチョウ名簿づくりへのご協力を、よろしくお願いします 。

表1.各年の夏に繁殖地で標識されたコハクチョウの数と、その個体が冬に日本で確認された数。

参考文献

Kevin A Wood, Rascha JM, Nuijten, Julia L Newth, Trinus Haitjema, Didier Vangeluwe, Panagiotis Ioannidis, Anne L Harrison, Conor Mackenzie, Geoff M Hilton, Bart A Nolet, Eileen C Rees. 2017. Apparent survival of an Arctic-breeding migratory bird over 44 years of fluctuating population size. IBIS 160:413-430.

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