バードリサーチニュース

カモ最前線 –オシドリ- 「オシドリ夫婦」は実話か?

バードリサーチニュース2018年2月: 4 【野鳥の不思議】
著者:佐藤望

 カモ類,ガン類,ハクチョウ類が属するカモ科Anatidaeは世界で173種確認されていて(IOC 2019),そのうち国内では56種が観察されています(日本鳥学会 2012).国内のカモ科(以後,ガンカモ類)の生息状況に関しては,1970年から毎年実施されている環境省主催のガンカモ類の生息調査(およそ9000ヵ所で調査)や,モニタリングサイト1000のガンカモ調査(81ヵ所)によって,多くのデータが蓄積されています.このような全国規模の調査をカモ科で実施しているのはいくつか理由があります.1つは一部が狩猟鳥となっているため,管理のために個体数の把握が必要だからです.もう1つは湖沼や河川といった水辺の環境の指標となるためです.
 しかし,これだけ多くの調査が実施されているにもかかわらず,日本に生息するガンカモ類の生態についての知見は十分とは言えません.これは多くのガンカモ類が国内に越冬としてやってきているため,繁殖期を見る事ができない事が原因の一つと考えられます.また,多くのカモ類の多くは夜行性であるため,行動観察などが難しいという点もあります.
 身近な鳥でありながら不明な点が多いガンカモ類の仲間たち.そこでガンカモ類の調査に関わって3年目の佐藤が,各カモ類に焦点をあてて,これまでの国内の動向や,国内外の最近の研究を調べて紹介していこうと企画しました.1回目はオシドリに注目してみました.

オシドリの分布

図1 2016年から実施している全国鳥類繁殖分布調査のオシドリの分布.繁殖地は東日本側で偏っている事が分かる.図下は確認した場所の標高を示している.

 オシドリAix galericulataの繁殖地は中国東部,台湾,サハリン,ロシア沿海地方,朝鮮半島,日本ですが(藤巻 2013),越冬地は中国南部,台湾,日本です.日本は留鳥なのですが,主に東日本で繁殖し,西日本で越冬します(藤巻2013).また,アメリカやイギリス,中欧の数か国で移入個体が生息しています(Del Hoyo et al. 2015).
 現在,行っている全国鳥類繁殖分布調査のこれまでの結果を見てみると,中国四国地方よりも東で確認されています(図1).この傾向は1970年代と1990年代の結果でも同じなので,40年以上,この傾向は続いているようです.図1には,オシドリが確認された地点の標高も示されています.これによると1500m以上の場所でもオシドリが繁殖期に生息している事が分かります.中国では2007年4月に標高2700mでの観察例もあり(Fei et al. 2015),繁殖期には山間部の湖沼や河川付近にいます.

 次に越冬期のオシドリの分布をガンカモ類の生息調査の結果から10年毎に見てみました(図2).この20年間で中国地方にオシドリが集中してきているように見えます.オナガガモも分布が西日本で増加していますが(過去のニュースレター参照),これは2008年頃から全国でガンカモ類への給餌を自粛した影響が考えられています(参照).オシドリの場合も,鳥取県の日野川や島根県の高津川などでオシドリにドングリの給餌が行われているので,給餌による影響はあるかもしれません.また,オシドリは秋から春先までドングリが主食となる(日本野鳥の会鳥取支部1997)ため,東日本でドングリが減ってきているのかもしれません.ドングリは年や地域による豊凶がある他,ドングリがなるコナラやミズナラは1980年代からナラ枯れと呼ばれる集団枯死が目立つようになり,1980年代以降,ナラ枯れは本州の日本海側で広く確認されています(森林総合研究所 関西支所 2012).ナラ枯れが起きている地域と規模のデータを見つける事ができなかったのでオシドリの分布の関係は見る事ができませんでしたが,ナラ枯れは繁殖期の鳥類群衆にも影響を与えているので(斉藤ら2016),規模が大きければオシドリの分布にも影響があるのかもしれません.

図2 10年毎のオシドリの越冬分布図.ガンカモ類の生息調査の結果を都道府県ごとに集計し,3年間分の平均個体数(羽)を示している.

オシドリの性比の偏り

 越冬期での国内の性比はオスの方が多いようです(藤巻 2013).バードリサーチが実施したカモ類の性比調査の結果では,オシドリのオスの割合が全体の6割以上の場所が多く,オスが多いのは全国的な傾向だと言えそうです.この傾向は海外でも同様です.台湾やドイツで行われた足環をつけた個体の追跡調査結果ではオスの方が多く,その理由は繁殖期における生存率の違いのようです(Bellebaum and Mädlow 2015, Sun et al. 2011 )(詳しくは過去のバードリサーチニュースでも紹介しています).

オシドリの渡り

 オシドリは1年を通して国内で観察する事ができますが,国内での移動や大陸に渡る事が知られています.捕獲して足環をつける事によって鳥の移動を調べる標識調査では,これまで2例,国内で捕獲した個体が海外で見つかっています.1例目は東京都日野市の多摩動物園で1979年9月に標識されたオシドリが1981年9月に1000km以上離れたロシアのウスリー川付近のプリモルスキーで確認されました.もう1例は1993年1月に神奈川県で標識されたオシドリが同年8月にロシアのハバロフスク地方で確認されました.これらの事から関東で見られる個体の少なくとも一部は繁殖期にロシアに渡っていると考えられます.
(オシドリの標識調査結果についてはこちらも参照)

オシドリの種内托卵

 多くのカモ類のメスは同種の異なるメスの巣に卵を産む種内托卵が報告されています(Yom-Tov 2001).種内托卵はカモ類以外でも知られていますが,その行動の意義を明らかにしようとする研究がオシドリで行われました.托卵はする側(寄生者)がされる側(宿主)に育児を押し付けるため,宿主にとっていい事はないように思えます.有名なのはカッコウの托卵で,カッコウが卵を産み付けるオオヨシキリなどの宿主は,カッコウを育てるメリットはない上に,カッコウのヒナはふ化直後に巣内の宿主の卵をすべて放り出します.そのため,宿主にとっては何もいい事がありません.一方,オシドリの托卵は,寄生者も宿主も同じオシドリである事,オシドリのメスは生まれた場所に戻る傾向がある事がカッコウと異なっています.メスが生まれ故郷に残りやすいというのは,繁殖地の近くには姉妹などの血縁個体,あるいは血縁が近い個体が近くにいる可能性が高い事を示しています.つまり,寄生者と宿主は親戚関係かもしれません.その場合は,赤の他人(他オシドリ)の子育て,ではなく,”親戚の子,あるいは甥や姪を育てる”事になります.Gongら(2016)では,中国東北部で繁殖しているオシドリの雛とその親の血液を調べる事で,宿主と寄生者の血縁関係を調べました.その結果,調べた雛の33.7%が托卵による雛で,調査した巣の7割以上が托卵されていた事が分かりました.また宿主である巣の主と托卵された雛との血縁度は他の個体よりも高い事が分かりました.また,寄生者メスの巣と宿主メスの巣の距離と血縁度は相関が見られませんでした.つまり,巣が近いほど,血縁度が高いというわけではないけど,托卵するオシドリは血縁が強いメスの巣に托卵している事を示しています.つまり,オシドリのメスは何らかの方法で血縁度を認識している事が本研究で示唆されています.オシドリは親戚同士で子育てを補い合っているのかもしれません.

オシドリ夫婦は実話か?ドイツの事例

 最後にオシドリ夫婦にまつわる研究成果についてです.オシドリはオスメスで並んで泳いでいる姿が印象的で,仲の良い夫婦の様を「オシドリ夫婦」といいます.しかし,オシドリのオスはメスの抱卵期途中の6月頃には巣から離れてつがい関係を解消するため,本当は仲睦まじくないという話があります.再びつがいが形成されるのは冬になってからでその時に,別の相手とつがうのではないか,というのが現在の説です.しかし,本当に毎年,つがい相手を変えているのかどうかを調べるためには,一度つがいになったペアに標識をして,その個体を数年間にわたって追う必要があります.
 こうした地道?な調査がドイツで行われ,その成果が2018年に報告されています(Mädlow 2018).ドイツで書かれている文献なので,本文を読むことができませんでしたが,英語の要約には「6年間,同じつがいだった例がある」,「つがい相手が生きている限り,つがいが解消された証拠は今のところない」との事です.調査地であるポツダムのオシドリは留鳥でかつ移入種であるため,もしかしたら日本のオシドリとは生態が異なるかもしれませんが,少なくとも「オシドリ夫婦は仲睦まじくない」,とは言い切れない事例です.

 オシドリの最新?の研究を探してみると,これまで知らなかった事が次々と見つかってしばしば興奮しました.特につがい関係については,ドイツの研究者と連絡を取った事で紹介してもらったドイツ語の論文だったので,大変嬉しかったです.次回以降も続けていきたいと思います.ご意見・ご感想やカモ類について興味深い事をご存知の方は是非,佐藤までご連絡ください.
連絡先:sato@bird-research.jp

 

参考文献
・Bellebaum, J., & Mädlow, W. (2015). Survival explains sex ratio in an introduced Mandarin Duck Aix galericulata population. Ardea, 103(2), 183-188.
・Del Hoyo, J., Elliott, A., Sargatal, J., Christie, D. A., & de Juana, E. (2015). Handbook of the birds of the world alive. Lynx Edicions.Barcelona.
・Fei, W., Luming, L., Jianyun, G., Dao, Y., Wanzhao, H., Ting, Y., Ji, X., Qiang, L. & Xiaojun, Y. (2015). Birds of the Ailao Mountains, Yunnan province, China.Forktail (31), 47-54.
・藤巻裕蔵 (2013).オシドリ.バードリサーチ生態図鑑.バードリサーチ.東京
・Gong, Y., Kimball, R. T., Mary, C. S., Cui, X., Wang, L., Jiang, Y., & Wang, H. (2016). Kin-biased conspecific brood parasitism in a native Mandarin duck population. Journal of ornithology, 157(4), 1063-1072.
・IOC (2019). IOC world bird list 9.1(2019年2月22日閲覧)
 (https://www.worldbirdnames.org/ioc-lists/master-list-2/)
・Mädlow, W., (2018).Phenology of the Mandarin Duck Aix galericulata in the Potsdam area: population trends, non-breeding occurrence, moult, and mating. Vogelwarte (56), 65-76.
・日本鳥学会 (2012).日本鳥類目録改訂第7版.日本鳥学会.三田
・日本野鳥の会鳥取県支部.1997.鳥取県のオシドリ.日本野鳥の会鳥取県支部.米子.
・斉藤正一, 八木橋勉, 高橋文, 柴田銃江, & 中静透. (2016). ナラ枯れ被害終息後の林分における鳥類群集の推移. 東北森林科学会誌, 21(1), 11-17.
・森林総合研究所関西支所(2012).ナラ枯れの被害をどう減らすか-里山林を守るために-.森林総合研究所関西支所.東京
・Sun, Y. H., Bridgman, C. L., Wu, H. L., Lee, C. F., Liu, M., Chiang, P. J., & Chen, C. C. (2011). Sex ratio and survival of Mandarin Ducks in the Tachia River of central Taiwan. Waterbirds, 34(4), 509-514.
・YOM‐TOV, Y.  (2001). An updated list and some comments on the occurrence of intraspecific nest parasitism in birds. Ibis, 143(1), 133-143.

※引用文献を一部加筆修正しました(2019年3月4日)

 

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