バードリサーチ調査研究支援プロジェクトで2019年度に支援した内田理恵さんによる調査研究「野鳥が羅網しにくい網の研究 ~野鳥を護る防鳥ネットを考える~」のこれまでの研究成果と継続研究の近況をご寄稿いただきましたので、紹介させていただきます。
内田さんは羅網事故の事例収集と分析により、どのような形で事故が起きているのか発生メカニズムを明らかにしました。多くは趾や翼など体の一部が網糸に挟まったことに起因して羅網が起きていました。そこで、挟まれにくい構造の網の開発を進めています。
羅網事故は観察不能
これまでハス田で発生する野鳥の羅網事故の原因調査では、主に羅網事故の発生状況を映像撮影などの方法で観察する手段が採用されてきました。しかし羅網事故の発生を予測し観察することは極めて困難です。羅網事故の原因が掴めていないために、実効性のある抑止策を講じることができませんでした。
そこで、本研究プロジェクトでは、これまでとは異なるアプローチで羅網事故の原因を探ることにしました。
事故分析の手法を用いて羅網の原因を解明
私たちの身の回りでは、交通事故のように多発する予測できない事故の原因調査に、事故分析の手法が広く用いられています。本研究プロジェクトでは、この手法をハス田の野鳥の羅網事故に応用して、羅網事故の原因の究明を試みました。
事故分析では、先ずは実際の事故データを収集し、個々のサンプルを詳細に分析します。分析結果を統計的に分類し事故原因を解析することによって、事故の実態を客観的に把握することができます。解析結果は、必要に応じて実証実験等により検証します。
羅網事故情報をデータベース化
ハス田の野鳥の羅網事故においては、多発する羅網事故を網羅的に分析するためにインターネット上で報告されている羅網事故画像を積極的に活用し、独自収集分も含めて100件余りの事故サンプルを収集して分析をスタートしました。
羅網事故の分析では、各事故サンプルについてデータシートを作成し(図1)、個々のサンプルについて事故状況を詳細に分析しました。特に、事故要因である網・網糸が、被害鳥の体にどのように作用して羅網事故が発生したかについて、網糸をたどりながら丁寧に確認していきました。
分析した羅網事故情報はデータベース化し、各要素について統計的な解析を行いました。
ハス田の野鳥羅網事故の80%は「挟まり型」
事故分析の手法による解析結果から、ハス田で発生している野鳥の羅網事故の意外な実態が浮かび上がりました。
「羅網」という言葉とは裏腹に、ハス田で発生している野鳥羅網事故の約80%、天井網における羅網事故のほとんどは、足・脚部や翼など鳥体の一部が網糸に強く挟み込まれたことが羅網原因であると考えられました(以下「挟まり型」)(図2)。また「挟まり型」羅網が発生した網は、網地が弛まないように、概ね適切な張力で設置・管理されていたことが確認できました。
一方、かすみ網のように鳥の体が網に捕捉され抜け出せなくなるタイプの羅網事故(同「絡まり型」)は全体の15%ほどで、直置き網やサイドネット周辺など、網地の張力が著しく低い箇所で発生していました。
このことから、ハス田の天井網における「挟まり型」の羅網事故は、これまで想定されていた「絡まり型」羅網とは全く異なるメカニズムで発生していると考えられます。
実証試験で「挟まり型」羅網を検証
そこで、事故分析の手法で得られた「挟まり型」羅網の解析結果を、野鳥の体を模した簡易モデルを用いた実証試験で検証し、「挟まり型」羅網発生のメカニズムを確認しました。ハス田の天井網で使用されている物と同タイプの菱目有結節網を適切な張力で展張し、簡易モデルを様々な形で接触させて、「挟まり型」羅網の再現を試みました。
その結果、以下の状況で「挟まり型」羅網事故が発生することが確認できました。
- 「挟まり型」羅網は、被害鳥が天井網の網目に体の一部を差し入れた際に発生する。
- 天井網の上で発生する「挟まり型」羅網では、網目を容易に通過できる体格の野鳥が被害鳥となる。体が網目を通過する際、隣接する網目に足・脚部(オオバンなど)や翼(コガモなど)を差し入れて網糸をすくい上げ、交差した網糸に挟み込まれる。
- 天井網の下で発生する「挟まり型」羅網の被害鳥は、中・大型カモ類が中心。網の下を飛翔中に翼の先端や頭・頸部を網目に差し入れて網糸を強く引っ張り、交差した網糸に挟み込まれる。
ハス田の天井網で多発している「挟まり型」羅網は、翼、足・脚部、頭・頸部といった鳥類の体の突出部位が網目に差し入れられたことにより、網目が変形し網糸が交差した状態が作り出され、交差部分に差し入れた体の一部が挟み込まれて発生する事故であると考えられます。
興味深いことに、鳥の体の一部を挟み込んだ網糸の交差箇所は、新たな結節(結び目)として網地に組み込まれます。この瞬間、コントロールを失った羅網鳥の体は結節の付属物となり、重力が働いて網地から吊り下がります。羅網事故はほんの一瞬の出来事で、一連の流れはハイスピードカメラでしか捉えることができないでしょう。
ハス田の野鳥羅網事故の抑止に向けて
事故分析の手法による解析と実証試験により、ハス田で発生している野鳥の羅網事故の実態が判明しました。ハス田で発生する羅網事故の大半は、変形しやすい網目が誘発する「挟まり型」羅網です。ハス田の野鳥の羅網事故については、これまで網の構造や設置方法に起因する「絡まり型」羅網を想定した調査・研究が行われてきました。本研究が問題の解決に向けたブレークスルーとなることを願っています。
本研究プロジェクトでは、これまでの研究成果を基に、「挟まり型」羅網事故の発生を抑止する効果を持つ網目形状として、正六角形の物理的特性に着目しました。ハス田の「挟まり型」羅網事故の発生を抑止する防鳥ネットとして「正六角目有結節網」(図3)の研究と試作を行い、実用化に向けた実証試験を繰り返しています。
また継続して羅網事故情報の収集し、データベース化を進めています。これらの研究成果は、機会を見つけて発表していきたいと思います。
本研究プロジェクトの研究成果を具現化した「正六角目有結節網」は、クラウドファンディングなどを活用して、実用化と普及を進めていきたいと計画しています。また、野鳥の羅網事故の実態を正確に把握するため、防鳥ネットと事故情報を広く収集し羅網事故データベースを充実させていきたいと思います。
ハス田の野鳥の羅網事故を抑止するため、正六角目有結節網の実用化と普及、羅網事故データベースの拡充に皆様のご協力をよろしくお願いいたします。
参考
■ 天井網における「挟まり型」羅網の約35%を占めるオオバンの足・脚部羅網について、事故原因の解析と実証試験結果をまとめた動画