最も分布の広い山のセキレイ
キセキレイはユーラシア大陸に広く分布する鳥です。日本でも繁殖期は島嶼部を除き,ほぼ全国に分布します(図1)。日本に広く分布するセキレイには,ほかにもセグロセキレイとハクセキレイがいますが,セグロセキレイは北日本で少なく,ハクセキレイは南日本で少ないという地域的な偏りがあり,その2種と比べても分布の広いセキレイと言えます。
さらに水平分布だけなく,垂直分布でみても,より広く分布するセキレイです。全国鳥類繁殖分布調査の関東から近畿地方の現地調査コースに基づき,標高帯別の記録率を見てみると,キセキレイは0-100mの低標高地こそ記録率が低いものの,それ以上の標高帯では高い頻度で記録されることがわかります(図2)。それに対してセグロセキレイは500m以上で記録率が低く,ハクセキレイは100m以上で記録率が低いなど,分布の広さには大きく差があります。セグロセキレイやハクセキレイが開けた場所に生息するセキレイであるのに対して,キセキレイは森林内の沢にも生息し,高山にも生息します。そうした利用環境の違いがこうした違いをもたらしているのでしょう。
この結果,ちょっと意外ではないですか? 私たちは自分の経験で判断してしまうので,生活圏の住宅地から川までいろいろなところで見られるハクセキレイが,いちばんどこにでもいるセキレイと思ってしまいますが,低標高の場所を除けばどこでも高確率で見られるキセキレイが,日本で一番どこにでもいるセキレイと言えるのです。
8月にたくさんの個体が渡る?
キセキレイは一年中みられる場所も多いですが,北の個体は冬にはいなくなり,南へと移動します。2009-2010年に長崎県の池島という島で,レーダを使った渡りの調査をしたことがありました。レーダに鳥が映るのは数でいえば秋の夜が多いのですが,8月には日中に多くの鳥が渡っていくのが映りました(図3)。日中だと目視でも渡っていく鳥が観察できて,レーダに映った鳥が何なのかわかりそうに思いますが,意外に高空を渡っていく鳥を双眼鏡などで見つけるのは容易ではありません。そのため,ほとんどは何の鳥がレーダに映っているのかわからず,ごく一部について,目視や声で種判別ができただけでしたが,そのほとんどはキセキレイでした。種を判別できたのはごく一部なので,渡っていった万単位の鳥たちがすべてキセキレイというわけではないと思いますが,それでも8月に多くのキセキレイが渡っていることは確かです。この調査の後,通勤の際に気にしていると,東京でも8月に高空からキセキレイの声が降ってくるのを聞くことができることに気づきました。長崎だけでなく,各地で8月にキセキレイは渡っているのかもしれません。
冬の厳しさが分布に影響
このように,キセキレイは季節移動をするのですが,全国鳥類繁殖分布調査の結果と全国鳥類越冬分布調査の結果を比べると,北東北よりも北の地域では冬にキセキレイはいなくなり,そして日本海側ではより南の地域でもいなくなってしまうようです(図4)。この分布は何に起因しているのでしょうか? ぱっと思いつくのが凍結や積雪の影響です。そこで,キセキレイが繁殖期のみ分布するメッシュ,繁殖期も越冬期も分布するメッシュ,越冬期のみ分布するメッシュに分けて,メッシュ平年値2010に基づく冬の平均気温(12-2月),最深積雪深を集計してみると,冬の平均気温が0℃を下まわるような場所,積雪深20cmを上回るような場所では,キセキレイは冬期にはあまり分布しないことがわかりました(図5)。地上で,水辺で採食するキセキレイにとって凍結や積雪は死活問題なのでしょう。
こうしたパターンをほかの種についても見てみましたが,地上で採食する種や藪を使う種は繁殖期の分布と越冬期の分布が気温できれいに分かれる傾向があり,樹上で採食する種や海の鳥,都市に生息する種はあまり違わない,つまり越冬期の分布に気温が影響していない傾向がありました。やはり,地上で採食する鳥の分布には冬の厳しさが強く影響するようです。