バードリサーチニュース

日本の森の鳥の変化:コルリ

バードリサーチニュース 2023年10月: 1 【レポート】
著者:植田睦之

図1 コルリの水平分布の変化と垂直分布。植田・植村(2021)を改変。左側の分布図は:繁殖を確認,:繁殖の可能性高い,:生息を確認 ,右側の垂直分布図は,:コルリが確認できなかった調査地,●:確認された調査地。写真:内田博

 

シカの影響で減少

図2 シカの影響のある調査地とない調査地でのコルリの確認個体数とその変化(植田ほか 2014)。

 コルリは中国南部から東南アジアにかけて越冬し,日本には夏にやってきて繁殖する夏鳥です。ブナ林などの比較的寒冷な森林で繁殖するため,本集中部以南では標高の高い森林に生息しますが,北東北や北海道では低地の森林にも生息します(図1)。全国鳥類繁殖分布調査の結果によると,過去と比べ,分布に大きな変化はありませんが,記録された現地調査コース数が減少していました。環境省のモニタリングサイト1000調査の結果では,下層植生がシカに食べられて減少してしまった調査地では,コルリやコマドリ,ウグイスなどの個体数が少なく,また,急激に減少しており,シカにより生息環境を奪われ,減少してしまっていると考えられます(図2,植田ほか 2014

 

密度が低いとあまりさえずらない

 コルリは繁殖地に渡来すると,チッチッチッ・・・・・ チーチュビチーチュビチなどと聞こえる声で,盛んにさえずります。チッチッチッ・・・という前奏は他の鳥にはない特徴で,ここで簡単に聞き分けることができます。しかし,距離が遠いと前奏は聞こえにくいので,「前奏がないからコルリじゃないね」とは言えないので,識別の際には注意が必要です。


 このさえずりですが,場所によって,そのさえずり頻度の季節変動が大きく異なります。図3は森の鳥の聞き取り調査(バードリサーチ online)の結果ですが,埼玉県秩父では,短期間活発にさえずり,すぐにさえずらなくなる一山型のパターンでしたが,北海道富良野では,渡来後すぐに活発になり,その後も活発にさえずり続けています。

図3 埼玉県秩父と北海道富良野でのコルリのさえずりの季節変化の違い。線の色の違いは年の違い示す。太い赤線が最新の2023年のさえずり状況。


 おそらくコルリの生息密度により,さえずりパターンが違うのではないかと思われます。秩父には繁殖期を通じてコルリがいるのですが,シカの影響で密度が極めて低く,なわばりを争う個体が少ないのです。そのため,渡来直後のなわばり形成期に活発にさえずった後はあまり鳴かなくなるため,一山型になるのだと思われます。田村・上田(2001)もなわばり密度が高いところでは季節を通してさえずり続けるけれども,低いとあまり鳴かないことを報告しています。

コルリはシカへの耐性が強い?

 コルリと同様にシカの影響を受けている種には,ウグイスやコマドリなどがいますが,その中ではコルリは,もっともシカの影響への耐性が強いようなデータがあります。環境省のモニタリングサイト1000の調査地の中で,これら3種すべてが普通に記録された調査地には埼玉県の大山沢と神奈川県の丹沢がありました。これらの調査地の記録個体数を見ると,ウグイスは最も急激に減少していました。それに対して,コルリは丹沢ではまだかなり多くの個体が生息していますし,大山沢も確認されなかった年は1年だけで,なんとか生息し続けています。コマドリはその中間でした。ここで示したのは,2か所だけですが,調査開始時点ですでにシカの影響が強く出ていて,ウグイスがほとんどいなくなっていた埼玉県秩父の調査地でも,少ないながらコルリは記録され続けていること。コマドリのいない北海道苫小牧の調査地では,ウグイスは記録されなくなってしまったものの,コルリは今でも時々記録されることなど,この傾向を支持する記録はほかにもあります。

図4 シカの影響が大きい2か所の調査地でのウグイス,コマドリ,コルリの確認個体数の年変動。確認個体数が0の記録には,青丸と白丸があるが,青丸は調査地から半径50m以内での記録はなかったが,それ以遠の記録があった年を示し,白丸は全く記録することのできなかった年を示す。

図5 全国鳥類繫殖分布調査の関東から近畿での調査結果に基づくウグイスの分布の変化と各標高での確認率。分布変化は各標高の調査地数に基づき補正をした相対値。確認率が低くこれまで主要な生息域でなかった0-100mの低標高の場所で分布を拡大させているのがわかる。


 ウグイスはどこにでもいる種だけに,シカの影響にも耐えられそうに思ってしまいます。それだけに,ウグイスが一番急激に減少していたのは少し意外でした。シカが増えるとスズタケなどの笹類がなくなってしまうので,ウグイスの笹類への依存度の高さから,影響が強く出るのでしょうか? それとも「どこにでもいる種」だけに,条件が悪くなると,その場所を放棄して他へ移動できるので,減少してしまうのでしょうか? 全国鳥類繁殖分布調査の結果では,1990年代と2010年代を比べると,ウグイスが標高の高い山地部では見られなくなった調査地が多いのに対して,これまで少なかった低地部で新たに見られるようになっていることがわかっています(図5)。
 逆に減少度合いの低いコルリは本当に耐性が高く,シカの影響が小さいのでしょうか? それともウグイスとは逆に行く場所がないから頑張っているだけなのでしょうか? もし後者だとすると,シカの影響の大きい場所では繁殖成績が悪くなったりしていないでしょうか? なかなか,こうしたことを明らかにするのは難しいですが,全国鳥類繁殖分布調査などの既存のデータの解析や今後のデータ収集により,明らかにできればと思っています。