最近数十年のあいだに、北半球全体でガン・ハクチョウ類の増加が起きています。日本でもこれらの種が増加しているのは禁猟や保護区設定など保全活動の成果であることは間違いありませんが、それに加えて世界各国で個体数増加をもたらしているのと同じ2つの要因が関係していそうです。
ガン・ハクチョウ類の個体数増加(日本)
はじめに、環境省が市民参加型調査で実施しているモニタリングサイト1000とガンカモ類の生息調査(ガンカモ一斉調査とも呼ばれます)のデータから、ガン類とハクチョウ類の個体数変化を見てみましょう。マガンは急激に数を増やしており、2020年1月には285,834羽になっています(図1)。ヒシクイは越冬地では亜種に分けたカウントが難しいので、中継地の北海道オホーツク岸の亜種ヒシクイの記録を分析しました。通過と滞在が混じる中継地の個体数評価は難しいのですが、年最大数が一貫して増加しているため、実際に個体数が増加傾向にあると考えています。繁殖地への再導入が行われたシジュウカラガンとハクガンも、年々増加を続けています。ハクチョウ類ではオオハクチョウは少し減少気味でしたが、コハクチョウは増加傾向にありました(図2)。以上のように、日本で越冬しているガン・ハクチョウ類の多くが増加傾向にあることが分かりました。
ガン・ハクチョウ類の個体数増加(海外)
続いて海外の状況を見てみましょう。ガン類では個体数変化が調べられている15種68繁殖個体群について、増加している個体群が減少している個体群の2倍あることが分かっています(Fox & Leafloor 2018)。例えば、北米ではカナダガンが1966年に比べて2010年には約90倍の500万羽に増えていますし(Sauer et al. 2017)、大西洋岸で越冬する亜種オオハクガンは、1970年の10万羽から2000年代には10倍の100万羽に増えました(図3)。ヨーロッパでもカオジロガンやコザクラバシガンなどのガン類が増加しています(バードリサーチニュース2017年8月: 4参照)。ハクチョウ類でもヨーロッパのオオハクチョウ個体数が1995年の約6万羽から2015年には14万羽近くに増えているなど(図4)、最近20年でほとんどの個体群が増加しているようです(Rees et al 2019)。こうした増加はなぜ起きているのでしょうか?
繁殖地の温暖化と越冬地の採食場所の変化
第一の原因は、気候変動による繁殖地の温暖化です。ガンカモ類の繁殖地は高緯度地域にあり、特にガン類では北極圏のツンドラ地帯を繁殖地とする種が多くいます。これまでのところ北極圏の温暖化は草食性のガンカモ類にはプラスの影響を及ぼしており、繁殖地と渡り経路で餌になる植物の生育が活発になったことや、繁殖地の雪や氷が早く溶けるので繁殖できる期間が長くなったことなどが理由で、繁殖条件がよくなったと考えられています。北極圏で繁殖する鳥類の個体数変化を調べたところ、評価対象とした61種のガンカモ類のうち49%が増加していました。ただその一方で昆虫食のシギチドリ類 は91種のうち51%が減少しており、温暖化のために昆虫の発生時期が早まり、昆虫の発生ピークと食虫性の渡り鳥の繁殖期がずれてしまうことが一因だと指摘されています(図5)。
気候変動による気温上昇は高緯度ほど高くなり、今後は全世界平均の2倍の温度上昇が起きると予想されていますから、高緯度で繁殖する鳥類の生息環境はさらに大く変化していくでしょう。広大で道路もない北極圏の調査は困難であることから、越冬地・中継地がある日本での個体数モニタリングが、彼らの繁殖状況を知るための手がかりになります。
ガン・ハクチョウ類の個体数が増えた第二の原因は、以前は自然草地や湿地で草や水草を食べていたのが、農耕地や牧草地を餌場にするように変わったことです。北米・ヨーロッパでは、越冬期に牧草、小麦、デントコーン、テンサイなどを栄養価の高い食物を食べるようになってきています。農地を餌場にするように習性が変化した時期は比較的新しく、オオハクチョウの場合、イギリスでは20世紀半ばから、スウェーデンでは1990年代から農地で観察されるようになったそうです(Robinson et al. 2004, Laubek et al. 2019)。日本でも最近10数年のあいだに北海道で、それまでアマモや水辺の植物を食べていたオオハクチョウがデントコーン畑で採食する光景がよく見られるようになってきました(図6)。なぜ最近になって農地へ進出するようになったかは分かりませんが、農業の効率化が進んで、昔に比べて農地から人の姿が減ったことなどが関係しているのかもしれません。
個体数増加が引き起こす問題
日本にガン・ハクチョウ類が飛来する時期はほとんどの地域で収穫が終わっているため、彼らが農地を餌場にしていると言っても、収穫のときにこぼれた籾やデントコーンを利用するケースがほとんどです。そのため大きな農業被害は起きていませんが、ねぐら周辺で収穫の遅い大豆や秋蒔きの小麦の食害が起きている場所もあります。一方、北米やヨーロッパでは小麦と牧草の食害が大きな問題になっており、狩猟が禁止されていたガン類の一部について、狩猟や駆除が解禁されるようになっています。問題は繁殖地でも起きており、例えば北米で越冬する亜種ハクガン(前述の亜種オオハクガン同様に増加しています)の繁殖地になっているカナダ北部では、餌になる湿地の植物がほとんどなくなったせいでクモや甲虫がいなくなり、それを餌にする生物にも影響が生じるなど、生態系全体に変化が及んでいます。さらに過剰な個体数によって当該種自身の成長が妨げられている例も観察されています。日本より先にシジュウカラガンの再導入を行ったアリューシャン列島のバルディア島(Buldir)では、個体数が1967年の790羽から2017年には17万羽まで回復しましたが、一方で成鳥の体重や一腹卵数の減少していることから、過度の繁殖密度が悪影響を及ぼしている可能性があります。
こうした問題の存在は、日本の越冬地とロシアの繁殖地でも明らかになってくるかもしれません。そうすると、日本で個体数が増えている(または減っている)種について、繁殖地で何が起きているのかが気になりますが、最近、東アジアと極東ロシアでガン・ハクチョウ類の衛星追跡が盛んに行われて、個体群ごとの繁殖地と越冬地のつながりが解明されるようになってきました。この話題はまた別の記事で紹介したいと思いますが、ロシアの繁殖地で赤い首輪・足環や発信機を装着されたコハクチョウが、日本で増えていることをご存じでしょうか。色付きの標識(カラーマーキングと呼ばれています)があるハクチョウやガンを目撃されたら、こちらのページからお知らせください。ご協力を、お願いいたします。
参考文献