バードリサーチニュース

流跡線解析による鳥の飛行経路推定の検証

バードリサーチニュース 2021年1月: 2 【レポート】
著者:太田佳似(日本気象予報士会)

 2020年12月19日、20日に開催した「バードリサーチ鳥類学大会2020 online」では、4つの賞を設けました。そのうちのひとつ、口頭発表賞(Oral session Golden Bird Award)を受賞された太田佳似さんの発表は、発表時のYouTubeのコメント欄での反応からも、反響の大きさを感じていました。そこで、発表内容についてご寄稿をお願いしました。発表内容を補足する追加の解説もしていただいています。
【高木憲太郎】

 

 大会で発表した内容は、迷鳥の飛来元の推定に用いた「流跡線解析」がどの程度、実際の鳥の飛行経路と一致しているか検証を試みたものです。皆様のご投票で、口頭発表賞を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます。事の発端は以下のようなものでした。

毎年みつかる迷鳥たちはどこから来るの?

 日本の野鳥は、日本鳥類目録改訂6版(2000年)の542種から、改訂7版(2012年) の633種まで12年間で91種も増えましたが、そのうち84種(年平均7種)が迷鳥と考えられます。これほど毎年のようにどこかで迷鳥がみつかるのはどうしてなのでしょうか?また、風を利用して渡る鳥たちにとって、気象現象が原因となる迷鳥はどれほどいるのでしょうか?もし気象要因であれば気象データから迷鳥予報のようなことは可能なのでしょうか?

図1.迷鳥飛来の気象要因

 そのような疑問から「流跡線解析」という手法を使って、鳥学会誌の観察記録に記載された迷鳥と考えられる84例について、飛来元とその気象要因を調査しました。迷鳥が発見された場所を起点に、発見日時から過去2週間以内に渡来したと仮定し、飛翔高度を0〜2000mで振って、流跡線解析(後に述べる後方解析)を行いました。その中から、渡来時期に合わせて、繁殖地、越冬地、あるいは渡りルートからの飛来となる飛翔ルートを特定しました。最後に、推定された飛翔ルートの日時の気象データを確認し、鳥の渡りに影響を与えそうな気象現象(台風、低気圧、寒冷前線、梅雨前線などの停滞前線、寒気、偏東風)が起きていた場合が83%を占めていることが分かり、その内容を日本鳥学会2019年度大会にて発表しました。現在、解析を104例まで増やしましたが割合は85%とほぼ同じです(図1)。解析方法について、ソデグロヅルの迷行例をもとに解説します。ソデグロヅルは、繁殖地のインディギルカ川を飛び立ち、アムール川で休息した後、越冬地のポーヤン湖に向かいます(図2)。図2左の赤い流跡線が示すように、この個体は、アムール川を飛び立った直後に、急速に発達した低気圧の寒気に流され、日本に渡来したものと推定されました。

図2.ソデグロヅルの渡り経路(図右の黄色矢印)と、2005年10月30日に岩手県雫石町で発見された個体の推定飛来コース(図右の赤色矢印、図左の赤線)。三角形の付いた青線は寒冷前線の位置を示す。ソデグロヅルが日本にやってくる直前に寒冷前線が西から東に移動していた。寒冷前線上には雨雲が発達し、前線の東側では南東の風が、前線の西側では西風が吹いている。

 

「流跡線解析」ってなんだろう?

 では、この「流跡線解析」とは一体どのようなものなのでしょうか?風の流れを表す「流線」という言葉は聞かれたことがあるかと思います。ある時刻の風の流れを可視化したもので、ちょうど天気図の等圧線のようなものです。それに対して「流跡線」とは、ある場所で放たれた風船がどのような軌跡を描いて飛んで行くかを表したものです。ある時点の風船の位置での風向と風速から、次の時点での風船の位置を算出し、それを繰り返します。飛んで行く先を調べるのを「前方解析」、飛んで来る方向を調べるのを「後方解析」と呼び、迷鳥の飛来元を探るのは、主に「後方解析」を使います。そのそのような解析(気象ではPM2.5の調査など)を行うためのツールが日本の気象庁や米国の海洋大気庁にあり、ここでは後者のHYSPLITモデルを用いました。

■流跡線解析を行うためのツールやデータを公開しているサイト

気象庁(長期再解析データを利用して計算)
https://jra.kishou.go.jp/JRA-55/index_ja.html

国立環境研究所(ユーザー登録が必要)
http://db.cger.nies.go.jp/portal/analyses/trajectory?lang=jpn

米国海洋大気庁
https://www.ready.noaa.gov/HYSPLIT_traj.php

オオミズナギドリのGPSロガー計測との比較で検証

図3.流跡線解析による推定飛行コース(左)とGPSロガー(右)から得られたオオミズナギドリの実際の飛行ルートの比較

 さて、こうした迷鳥の飛行ルートやどこから流されてきたかの推定が正しいかどうかを検証するためには、真実の飛行ルートの情報が必要です。迷鳥にGPSロガーなどがすでに付いていて、その時までの経路を知ることができれば良いのですが、それは難しいですよね。
 そこで今回は、迷鳥ではありませんが、繁殖地の粟島から、越冬地の日本の南方の熱帯域へ渡るオオミズナギドリをGPSロガーで調査されている名古屋大学の依田氏にデータをご提供頂き、オオミズナギドリの若鳥が南へ渡る飛行経路について、GPSロガーの計測と「流跡線解析」(前方解析を利用)とがどの程度一致するか確かめました。オオミズナギドリなどの海鳥は、風に逆らって飛ぶこともありますが、風を上手く利用して渡ると言われていますので、北風に乗って南下しているとしたら、その間はGPSから得られる飛行ルートと流跡線解析から得られる経路が一致している区間があるはずです。
 その結果、解析に用いた北緯20度より南下した22個体のうち、少なくとも15個体が「流跡線解析」の経路とよく一致した飛行ルートが確認され、この手法の有効性が確認できました(図3)。
 ただし、常に一致しているわけではなく、「流跡線解析」の予測からはずれる場合もありました。採餌による飛行の中断の可能性が考えられる場合や、横風が強く風に乗って飛ぶと大きく流されてしまう場合だと推測されました。オオミズナギドリは、北緯30°以北の偏西風域ではより西に、北緯30°以南の偏東風域ではより東に飛行の向きを取って、できる限り真南に向かって飛ぼうとしている様子が捉えられました。この時、オオミズナギドリは、ダイナミックソアリングと呼ばれる飛翔方法を取っていました。
 ダイナミックソアリングとは、海上低くを飛翔する海鳥が用いるエネルギーロスの少ない飛翔方法です。小さく蛇行しながら向かい風で上昇、追い風で下降を繰り返すことで羽ばたかずに飛び続けることができます。風速が強いほど「流跡線解析」から推定された経路と実際の飛行経路の差が大きいことからも、ダイナミックソアリングを使用していたことが推定されました。

「流跡線解析」の様々な研究への応用

 このような「流跡線解析」は、さまざまな応用が考えられます。今後は、舳倉島などに地点を固定した迷鳥解析、あるいは種を固定した渡りルートの解明、鳥類学大会2020 onlineにおいて発表後に設けられたテーマトーク(沢山のご参加ありがとうございました)の際にお話が出たFall Out(島じゅうが鳥でいっぱいになる現象)の解析、同じ日本海でも島によって異なる渡り鳥の解析などを行いたいと考えています。
 新しい迷鳥が見つかった時は是非この「流跡線解析」を、迷行原因や飛来元、亜種の推定などにご利用頂きたいと思います。また通常の渡り鳥においても、渡りルートの更なる解明のため、標識調査やGPSロガーにプラスαの情報としてお使い頂ければと思います。
 こんな解析をしてみたいが方法が分からないという方は、是非お気軽にお問い合わせください。

■発表動画
NPOバードリサーチ YouTubeチャンネル
鳥類学大会2020 口頭発表「流跡線解析による鳥の飛行経路推定の検証」
https://youtu.be/a2Rje5OuYtw

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