春から夏に日本でヒナを育てる野鳥には、冬を東南アジアで過ごす種が少なくありません(図1)。しかし東南アジアの森林は、伐採やアブラヤシのプランテーション、農地への転換などにより減少を続けていて、留鳥はもちろん、日本から渡っていく夏鳥の越冬地も脅かされています。森林を持続可能に利用しながら、現地の人たちが収入を得ることはできないのでしょうか? その解決策のひとつになりそうなのが、環境保全型農業によるコーヒー栽培です。コーヒー農園というと、コーヒーノキ(コーヒーが実る木の種名です)がずらりと植わっていると思われるかもしれませんが、コーヒーノキは成木になるまでは直射日光に弱いため高木の日陰で栽培されるので、そこでは森林に近い環境を維持することができるのです。
バードリサーチはコーヒー農園に生息する野鳥を調べるため、ルソン島の山岳地帯でフィリピンのNGO「Cordillera Green Network」との共同プロジェクトを始めました。この地域の農家は、自然林の林床にコーヒーを植えたり、一度、焼き畑で森がなくなった場所に植林をしてからコーヒーノキを植えています。コーヒーだけでなく、林内にバナナやマンゴー、ショウガや里芋といった作物を植えている場所もあり、このような農園はアグロフォレストリー(Agroforestry)と呼ばれます。焼き畑による森林の減少を食い止めるためにフィリピン政府もアグロフォレストリーの普及に取り組んでおり、フィリピンでは一般的に行われている農法だと考えてよいでしょう。
アグロフォレストリーを将来にわたって営んでいくことができれば、森林を持続可能に利用しながら野鳥の住処も守れそうに思えますが、アグロフォレストリーはどのくらい野鳥に適した生息地なのでしょうか? 私たちはコロナ禍で渡航できなかった2021年3~4月に、ICレコーダーを使ってコーヒー生産地のサグパット村(Sagpat 標高1400-1500m)のアグロフォレストリーで野鳥の声の録音調査を行い、農園により野鳥の種数に差があることを明らかにしました(バードリサーチニュース 2023年1月: 4)。このときは現地へ行けなかったので、アグロフォレストリーのどのような環境の違いが種数に影響したのかを調べることができませんでしたが、ふたたび今年(2024年)4月、サグパット村の少し北にあるマウンテン州のタジャン(Tadian 標高1000-1600m)という町で現地調査を実施しました。今回の調査目的は、アグロフォレストリーの環境タイプが野鳥の種数や個体数にどのように影響するかを調べること、そして中緯度で繁殖する夏鳥をアグロフォレストリー農園で探すことでした。
農園環境の違いと野鳥の生息数との関係
調査では13カ所の農園に24の定点を設けて、その半径50m以内の出現種を記録しました。農園の環境は次の3種類に分けました。[アグロフォレストリー(写真2)]コーヒーを含む複数の作物を栽培している農園で、植生にはかなり人手が入っている。[広葉樹・松林(写真3)]自然林でコーヒーを栽培している場所で、人による改変が少ない場所。[植林(写真4)]主にヤマハンノキを植え、そこでコーヒーを栽培している場所。いずれも広い意味ではアグロフォレストリーですが、ここでは植生にかなり人手が入っている農園をアグロフォレストリーと呼び、森林が中心になっている農園とは区別します。調査で得られた種数と総個体数を図2に示します。アグロフォレストリーと広葉樹・松林の種数は同じくらいでしたが、植林地ではやや少ないという結果になりました。総個体数は、ほぼ種数と相関していました(Spearman順位相関係数0.85, p<0.0001)。
写真2に見られるように、アグロフォレストリーにはバナナが植えられていたりして、かなり人手が加わっていますが樹種は多様です。高木や低木、藪や開けた場所など多様な環境があることで、野鳥の種数が多かったのではないかと考えられます。写真3のような広葉樹・松林を利用した農園は、コーヒーノキはあるものの自然林に近い環境です。日本だと広葉樹林の方が松林より種数が多くなりますが、今回の調査地になった広葉樹林は直径15~20センチほどの若い二次林ばかりだったのに対し、松林は直径が50センチ前後の古い森が多いために複雑な環境が存在したせいで、両方の種数に差が出なかったのかもしれません。アグロフォレストリーと広葉樹・松林で記録された種構成は、広葉樹林でしか記録がない種がわずかにいましたが、ほとんど共通していました。調査地周辺には樹齢の古い広葉樹林がなかったため、アグロフォレストリーと質のよい天然林との比較はできませんでした。マウンテン州の閉鎖林(樹冠が40%以上連続している)は森林全体の約3割しかないため(Forest Management Bureau 2012)、そもそも集落や農地がある地域には樹齢の古い天然林は少なく、私たちが調査したようなアグロフォレストリーや、樹齢の若い二次林が占めている面積が大きいのではないかと思いました。
今回の調査では、アグロフォレストリーと自然林を利用したコーヒー農園とで、野鳥の種や個体数はかなり似ていることが分かりました。一回の調査で結論することはできませんが、自然林(若い二次林)からアグロフォレストリーに環境を変えたとしても、よく似た鳥類相を維持できる可能性があります。そして、アグロフォレストリーで生産したコーヒーを高値で販売することで農家の収入が安定し、森を焼いて開けた農地にまで変えずに済むのならば、アグロフォレストリーでのコーヒー生産によって野鳥の生息地を守ることができるのではないでしょうか。ただしアグロフォレストリーと言っても環境はさまざまなので、今後、どのような植生があれば野鳥の種数や個体数が多いのかなどを調べていきたいと考えています。
このフィリピンでのプロジェクトは、バードリサーチが鳥類調査、Cordillera Green Networkがコーヒー生産の指導と森林保護、そして坂ノ途中やシサム工房という企業が日本でのコーヒー販売を行うという、生産から販売までを含めた取り組みです。バードリサーチの役割は、アグロフォレストリーが野鳥を守っている効果を調べ、それを付加価値としてコーヒーのブランド化につなげること、それからバードウォッチングとコーヒー収穫体験を組み合わせたエコツアーの検討などです。
アグロフォレストリーと周辺で見つかった夏鳥
定点調査では54種、それ以外の観察も合わせるとアグロフォレストリーとその周辺の林で111種類の野鳥が記録され、そのうち8種が中緯度帯で繁殖している夏鳥でした。東南アジアへ渡る夏鳥は大まかな越冬分布は分かっているものの、どの地域に個体数が多く、どのような標高や植生の場所にいるかなどの情報がほとんどありません。今後、調査や現地の野鳥団体へのアンケートによって、そうした情報を集めていきたいと考えています。今回見つかった夏鳥を紹介しましょう。いずれもフィリピンでは越冬期にだけ見られる種です。
キセキレイ
日本では年間を通して見られる地域が多いですが、渡りをしていて、北海道や東北の一部では夏鳥、南西諸島では冬鳥です。フィリピンでは開けた耕地や河川で見られました。
サンショウクイ(声を確認)
樹林のある場所で、ピリリ、ピリリという鳴き声を聞きました。
アカモズ
亜種は不明ですが、1カ所で確認しました。2019年12月に前述のサグパット村へ行ったときは亜種シマアカモズがよく見られたので、ルソン島山岳地帯は渡りの時期に通過しているのかもしれません。
マミチャジナイ
コーヒー農園に植わっている松とヤマハンノキの樹上を移動していく百羽以上の群れを観察しました。
シマセンニュウ(声を確認)
1カ所で確認しました。農耕地の低木から地鳴きが聞こえました。
エゾビタキ
松林1カ所で確認しました。
オオムシクイ
1カ所で確認しました。水田地帯と道路を隔てるまばらな樹木で地鳴きをしていました。
コムシクイ
広葉樹林やまばらに生えた広葉樹でよく見つかりました。越冬期を通して普通にいる種のようです。地鳴きだけでなく、さえずっている個体もいました。
フィリピンで調査をしてみると、日本との違いを感じることがありました。たとえば、4月は日本では繁殖期ですが、フィリピンでは年間の一時期に繁殖活動が集中していないようで、日本の冬に見るような混群に遭遇することがありました。それから、日本の野鳥は日の出のころ活発にさえずり、9時ごろにはだいぶ静かになってしまいます。しかしフィリピンでは終日にぎやかなさえずりが聞こえていました。地元のバードウォッチャーから、なぜ朝しか調査しないのかと聞かれたのですが、調査では早朝にしか鳴かない種も記録する必要があるものの、フィリピンでバードウォッチングをするなら、毎日は早起きしなくてもよいのかもしれません。
参考文献
Forest Management Bureau. 2012. Philippine forestry statistics 2012. Forest Management Bureau, Department of Environment and Natural Resources, Philippines.
本調査はトヨタ財団国際助成プログラムの支援で実施しました。