当たり前のことを言うようですが、鳥が花の蜜を吸えるのは、花が蜜を分泌するからです。それでは、花はなぜ蜜を分泌するのでしょうか?…それは、蜜を目当てに花に訪れる鳥や虫たちに、花粉をつけて運んでもらうためです。植物は花粉をつけた鳥や虫が移動することで、違う個体の花に受粉することができるのです。鳥や虫は花粉を運ぶ送粉者として、生態系の中で重要な役割を果たしています。
とりわけ、主に鳥に花粉を運ばせる植物は鳥媒花と呼ばれます。鳥媒花は、「目立つ花をつけ、花筒が長く、蜜を多く分泌する」特徴を持つ花を進化させるということが知られています。鳥は視力がよく昼間に行動するので、目立つ花を咲かせて存在をアピール。長い嘴や舌を持つので花筒を長くして鳥の嘴の根元や顔に花粉がつくように。鳥は虫より体が大きいので惹きつけるにはより多くの蜜が必要、という仕組みだそうです。
小笠原諸島に流れ着いた寄生植物
今回紹介する論文の主役であるシマウツボは、小笠原諸島の父島と母島でのみ生息が確認されている植物で、ほとんど生態が知られていません。1年のうちたった1ヵ月しか地上に姿を現さず、地中の根で他の樹木の根に寄生して栄養を得るという変わった生態をもっています。地上に現れるのは開花の時期で、鮮やかな黄色い花を地面から咲かせます。この植物に最も近縁で全国に広く分布するハマウツボも同じような寄生植物ですが、こちらは紫色と茶色の割と地味な花を咲かせます。シマウツボは、ハマウツボやそれに近縁な祖先がはるか昔に小笠原諸島に偶然流れ着いて、長い年月のうちに独自の進化を遂げた植物だと考えられています。
島で鳥との関係をつくった?
シマウツボと、最も近縁なハマウツボを見比べると、何よりもシマウツボの花が鮮やかで筒状の花も大きいことが目につきます(図1)。こうした見た目は、鳥媒花の特徴と合っていることが以前から指摘されていました。しかし、シマウツボは花の出現期間が短く、個体数も少ないため、実際に鳥が訪れて送粉者の役割を果たしているかどうかがこれまで確認されていませんでした。
著者の西村さんらは、シマウツボとハマウツボそれぞれの送粉者を知るために、直接観察、インターバルカメラ撮影、赤外線カメラ撮影で計1000時間分の記録をとりました。観察は4年間で5万枚もの写真を撮影、解析したそうです。すると、地味な花を咲かせるハマウツボには主にハチの仲間が訪れて送粉をしていたことがわかりました。一方で、鮮やかな花を咲かせるシマウツボにはハチが訪れず、父島ではメジロが計26回、母島ではヒヨドリが計1回訪れていました。また、蜜の量もハマウツボよりシマウツボで多いことがわかりました。ということで、花の見た目から予想された通り、シマウツボは虫媒花から鳥媒花に進化していたのです。
虫から鳥に替えたわけ
遠い昔に小笠原諸島にたどり着いたシマウツボは、どうしてハマウツボとは違って鳥を送粉者にする進化を遂げたのでしょうか。そこには、小笠原諸島の成り立ちが関係していそうだと言います。小笠原諸島は、太古の昔に島が出来てからこれまでに一度も大陸や日本列島などと陸続きになったことがない「海洋島」と言う成り立ちの島です。海洋島ではシマウツボの祖先と同じく、海を超えて島に到着し、定着できた少数の生き物だけが生息しています。そのため、大陸などと比べて、送粉者として十分な昆虫の数や種数がいないことがあります。このようなときに、昆虫から鳥など別の動物に送粉者が変わるような進化、送粉者シフトが起こることが知られています。今回の研究は小笠原という海洋島で虫から鳥への送粉者シフトが起きた例を新しく明らかにしました。
メジロは昔はいなかった…
ところで、父島ではシマウツボの送粉者をメジロが担っているというところ、少し気になります。というのも、メジロは1900年以前には父島を含む小笠原諸島に生息していなかったのです。現在小笠原諸島に生息しているメジロは、1910年代以降に伊豆諸島や硫黄列島などから持ち込まれたと考えられています(籾山 1930, Sugita et al. 2016)。シマウツボの進化には長い年月がかかったはずですが、メジロを送粉者として進化したのではなさそうです。メジロがシマウツボに多く訪れていた父島では、母島と同じくヒヨドリも送粉者の役割を担っていることも予想できますが、今回の観察では捉えられませんでした。この論文の記録によるとヒヨドリの訪花は母島でも多くはないようです。もしかして、かつての小笠原諸島では別の鳥が主な送粉者の役割を担っていたのでは…例えば、1828年以降は確実な記録がなく絶滅したと考えられているオガサワラガビチョウとか…などと勝手な妄想が膨らみます。
観察情報をぜひ食性データベースへ!
今回紹介した例は、小笠原諸島という身近とは言えない場所で、1年のうちひと月のみ見られる変わった花についての興味深い観察記録でした。しかし、面白い発見はもっと身近なところにも隠れている可能性があります。バードリサーチ誌には、原産地の南米ではハチドリが送粉者である街路樹にメジロが訪れて蜜を吸っている観察記録(紹介文はこちら)が掲載されています。こうした観察は植物についての知識も豊富でないと気づきにくいかもしれませんが、データベースに登録・公開することで誰かに気づかれる可能性も高まりますし、蓄積された情報をまとめて解析することで面白いことがわかるかもしれません。どんな一例情報でも構いませんので、鳥の食う食われるの情報を食性データベースにぜひご登録ください!また、食性データベースは登録された情報をどなたでもご覧いただけますので、食性データベースのページからこれまでの記録をダウンロードして面白い記録を探してみるのもおすすめです。
紹介した論文
Nishimura A, and Takayama K. (2022). First record of potential bird pollination in the holoparasitic genus Orobanche L. Plant Species Biology 2022: 1–12. https://doi.org/10.1111/1442-1984.12389
この論文のプレスリリース
「ハマウツボ属植物で初めて鳥による訪花を観察―小笠原諸島における送粉生態系の進化―」 『京都大学』 2022年10月4日, https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-10-04 (2022年10月15日 閲覧).
参考文献
籾山徳太郎 (1930) 小笠原諸島並に硫黄列島産の鳥類に就いて. 日本生物地理学会会報 1: 89–186.
Sugita N, Kawakami K, and Nishiumi I. (2016) Origin of Japanese White-Eyes and Brown-Eared Bulbuls on the Volcano Islands. Zoological Science 33: 146–153. https://doi.org/10.2108/zs150146