バードリサーチニュース

手賀沼でコブハクチョウが減った?

バードリサーチニュース 2022年6月: 2 【活動報告】
著者:植村慎吾

バードリサーチでは、海外から移入され、野生化して千葉県内で増加しているコブハクチョウの生息状況を調べる業務を、2019年から千葉県の委託で行なっています。千葉県北部での生息状況調査の4年目となる調査を5月24日から27日にかけて行ってきました。この業務での過去3年間の調査や、千葉県が毎年1月に実施しているガンカモ類の生息調査では、手賀沼周辺でコブハクチョウの個体数が増加し、高止まりしている様子がわかってきていました。今回の調査で分かったコブハクチョウの生息状況の変化と、千葉県で導入している繁殖抑制の方法について紹介します。

手賀沼での近年の生息状況

 昨年までの3年間、手賀沼周辺の個体数は150羽から168羽の間で概ね安定していて、大きな変化はありませんでした。この調査は毎年繁殖期に実施していますが、今年は2月15日にも手賀沼周辺でコブハクチョウの個体数を数えました。そのときに確認されたコブハクチョウの個体数は167羽で、これまで繁殖期の調査で記録されてきた個体数とほぼ変わりがないことが確認されました。

 ところが、5月に行った今回の調査で確認された手賀沼周辺のコブハクチョウの成鳥は100羽を下回っていました。手賀沼周辺では、わずか3ヶ月ほどの間に約70羽が減ったことになります。5月の調査での確認個体の分布は図1の通りです。手賀沼周辺には生息密度が高い給餌箇所などがあり、多くの個体が集中していることがわかります。また、印旛沼や利根川下流域にある水田地帯やその周辺の支流でも複数のコブハクチョウが確認されています。

図1. 千葉県北部のコブハクチョウの生息状況(2022年5月)

手賀沼のコブハクチョウはなぜ減った?

 なぜ手賀沼のコブハクチョウは減ってしまったのでしょうか。給餌の減少や鳥インフルエンザなどによる死亡率の増加、周辺地域に移動分散した可能性、渡りを始めた可能性などが考えられます。以下でこれらの可能性を一つずつ考えてみます。

死亡個体の報告は多くない

 まず、野生生物に給餌をしないという原則が手賀沼周辺でも浸透してきて市民による給餌が減ってきたことや、鳥インフルエンザなどの影響で死亡した個体が多かった可能性が考えられます。70羽もの個体が3ヵ月の間に手賀沼周辺で死亡したとすると、死亡個体を見つけたという報告がそれなりにありそうです。コブハクチョウは大きな鳥なので川や沼などで死んでいてもかなり目立ちます。バードリサーチには、死亡個体を見つけたという報告が毎月1羽くらいのペースで届きます。しかし、2月から4月の間に死亡個体の報告が急増したかというと、そうではありませんでした。手賀沼周辺での個体の減少は死亡が主な原因とは言えなさそうで、他にも原因がありそうです。

周辺地域に分散?

 次に、餌や繁殖縄張りを求めて、多くの個体が遠くに分散した可能性が考えられます。この調査では、手賀沼周辺以外にも千葉県北部で広く生息状況を調査しています。千葉県北部で、手賀沼周辺(図1 で囲った場所)とその他の場所(印旛沼周辺や利根川やその支流など)に分けて個体数の変化をグラフにすると図2のようになります。

図2. 手賀沼周辺とその他の場所での個体数変化


 図2 で「その他の場所」に含まれる印旛沼周辺では昨年までよりも少し個体数が増えていました。また、手賀沼から東に40 km程度離れた利根川下流域にある水田地帯やその周辺の支流でも個体数が少し増えていました。この傾向は過去3年間を通じて続いています。この場所では、山階鳥類研究所と東海大学、我孫子市鳥の博物館による共同調査で手賀沼にて捕獲され、個体識別用の首輪を装着された個体が移動してきた例もあり、その他の個体も手賀沼から移動してきた可能性が考えられます。このように、印旛沼周辺や利根川沿いではコブハクチョウが少し増加したことが確認されました。しかし、手賀沼周辺で減った約70羽分の増加ではありませんでした。手賀沼周辺での個体数減少には他にも原因がありそうです。

渡りを始めた?

 次に考えられるのは、渡りを始めた可能性です。以前のニュースレターで、北海道のウトナイ湖や青森県の小川原湖と茨城県の北浦の間を渡るコブハクチョウについて紹介しました。手賀沼ではこれまでは繁殖期と越冬期の個体数にほとんど差がないため留鳥と考えられていました。手賀沼から渡るコブハクチョウはこれまで確認されていませんでしたが、他の場所の例のように渡りを始めたのかもしれません。新しく渡りを始めたのなら、今年は北日本の多くの場所でコブハクチョウが記録されていないだろうかと考え、バードリサーチの野鳥観察データベース、フィールドノートの記録を調べてみました。しかし、北日本で2022年の繁殖期にコブハクチョウが新しくたくさん記録されたということは特にありませんでした。そのほかの場所を見ても、多くの個体が記録された場所は特にありません。

 約70羽ものコブハクチョウはいったいどこに行ってしまったのでしょうか。冬になったら、どこかに渡っていたコブハクチョウがまた手賀沼周辺に戻ってくるかもしれないので、冬にも調査をしてみようと思います。

 ところで、コブハクチョウは日本の生態系被害防止外来種リストや侵入生物データベースにも掲載されていますが(国立環境研究所HP参照)、籠抜けと考えられて日々のバードウォッチングでは記録されていないことも多いかもしれません。野生化したコブハクチョウは全国にいますが、コブハクチョウの分布や個体数の情報はなかなか得られず、貴重です。みなさんの地域で見かけられたら、ぜひフィールドノートに(個体数も!)登録してください!

コブハクチョウの繁殖抑制

 今回の個体数急減の要因とは異なりますが、コブハクチョウの増加を食い止める方法として、いくつかの場所では卵の孵化抑制が効果をあげています。今年は複数の繁殖つがいが集中していた場所で完全に孵化を防いだ例もありました。繁殖を抑制して、長期的にコブハクチョウの個体数を減らそうという取り組みは重要です。これまでにも、市町村が主体となって、新しく生まれるヒナを減らし、コブハクチョウの増加を止めるための色々な努力が行われています。この数年は、巣にある卵を作り物の卵(擬卵)と置き換える方法が主に実施されてきました。2021年には手賀沼周辺で5巣、計28個の卵が擬卵に交換され、新しいヒナの孵化が防がれました。今年はバードリサーチから行政に、卵に流動パラフィンを塗って発生を止める方法を紹介し、試験的に実施されています。流動パラフィンというのは、ハンドクリームや製パンの過程でも使われる安全な液体で、環境への悪影響も特にありません。流動パラフィンを塗ることで卵殻の気孔を塞いで空気交換を妨げ、発生を止めるものです。擬卵交換では、まず擬卵をたくさん用意する必要がありますし、親鳥が巣を放棄した後に擬卵を回収する必要があります。これに比べて流動パラフィンは、一度処置をすれば回収の必要もありません。これまでにはカワウなどの鳥類で繁殖抑制に使われた実績があります。

図3. 4月 抱卵中のメスと、巣の周辺を防衛するオス  コブハクチョウは人を恐れず攻撃的で、近づいた人に威嚇する

 繁殖抑制は実施する人にとっても負担があることです。バードリサーチでは、より安全で効果が高い方法で、効率的に繁殖抑制が進むように、行政にも情報を提供していく考えです。

 
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