2022年1月1~16日に恒例のインターネット・バードソンを開催します。バードソンはすべての野鳥が対象ですが、毎回テーマを決めて記録の分析をしています。今回のテーマ「カモメはどこにいる?」にちなんで、大阪市立自然史博物館の和田岳さんに大阪湾のカモメについて寄稿していただきました。
はじめに
大阪市立自然史博物館は、大阪市立なのに大阪府は自分のなわばりと考えています。なので、大阪市立自然史博物館の学芸員は、大阪府全体の鳥のことが語れないとまずいような気がします。そこで、採用された時から近所を中心に、モニタリング調査のようなことを始めました。その調査地の一つが、大阪市の南端を流れる大和川の下流部です。なんにも知らずに調査を始めたのですが、大和川河口は大阪湾岸で一番多くのカモメ類が集まる場所でした。そして、京都での学生時代、鴨川のユリカモメの調査に参加したりしていたので、もともとカモメ類にはなんとなく親近感があります。調査は水鳥全体が対象ですが、なぜかカモメ類に目が行きます。大和川下流部のカモメ類を数年カウントしていると、大阪湾全体ではいったいどうなってるんだろう? ということが気になり始め、機会をつくっては、大阪湾全体でも調べるようになりました。以下では、その成果の一部を紹介します。
大阪湾岸でのカモメ類の月例カウント
2010年10月から2013年9月までの3年間、大阪湾岸の40ヶ所で、月に1回のカモメ類のカウントを実施しました。実際はすべての水鳥をカウントしたのですが、ここではアジサシ類を除くカモメ科鳥類についての結果だけを紹介します。
カモメ類は、(おそらく海上の)集団ねぐらで夜をすごし、朝、港や河口などに“出勤”し、夕方に集団ねぐらに戻るという日周行動をします。昼間の生息状況をおさえるために、調査は午前7時30分から午後3時40分の間に行いました。調査地点は、カモメ類をはじめとした水鳥が多い場所を中心に、おもだった河口と漁港をセレクトしました(図1)。2011年12月から2012年1月に,この40か所以外に大きなカモメ類の渡来地がないか確かめるために,大阪湾岸を網羅的にウロウロしてカモメ類の調査をしたのですが、これ以外に大きな渡来地はないようでした。なお調査の都合で、大型カモメ類の幼鳥はまとめてしまっています。また、近年複数種に分割されているセグロカモメ類は、分割せずセグロカモメにまとめています(かつての“セグロカモメ”です)。いずれも限られた時間内では、きちんと分けられないためです。調査で記録されたカモメ類は、ユリカモメ、ズグロカモメ、ウミネコ、カモメ、ワシカモメ、シロカモメ、セグロカモメ、オオセグロカモメの8種でした。しかし、ズグロカモメ、ワシカモメ、シロカモメは個体数が極めて少なかったので、残る5種の個体数について紹介します。
冬鳥のカモメ類、だけどウミネコは夏に多い
大阪湾岸でカモメ類は基本的には冬鳥です(一部越夏個体がいます)。実際、ウミネコ以外の4種は、秋から初冬に個体数が増加し、12月〜3月にはたくさん見られ、4月頃に減少し、5月にはほぼいなくなります(図2)。個体数が減るタイミングは4種とも似たようなものなのですが、増加のタイミングは種によってかなりズレがあります。ユリカモメとセグロカモメが9月〜10月に増え始めるのに対して、オオセグロカモメやカモメは11月〜12月になってようやく増えます。とくにカモメは11月まではほとんど見かけません。ところが、ウミネコの個体数の季節変化は、他の4種とは全然違う動きをします。6月にはもう増加しはじめ、個体数のピークは7月から9月頃で、1月頃になると個体数は減少します。それでも4月までは見られて、5月にほぼいなくなるのです。個体数の季節変化をみると、冬鳥というより夏鳥のようです。でも大阪湾岸で繁殖はしていません。
個体数の季節変化はエリア別に特徴がある
大阪湾岸の調査地点を、湾奥部(北東部の芦屋市〜西宮市、大阪市〜泉大津市、8ヶ所)、湾口部(南側の紀伊水道よりの貝塚市〜岬町と洲本市、20ヶ所)、明石海峡周辺(神戸市西部と淡路市、12ヶ所)の3つのエリアに分けて、同じように各種の個体数の季節変化をみてみました(図1)。すると、エリアによって違いがあることが分かります(図3)。
湾奥部では、ユリカモメやカモメが冬期に多く、逆にウミネコは夏期にに多くなっています。オオセグロカモメがあまり見られません。一方、湾口部の方は、1月前後にユリカモメやカモメがあまり多くありません。そして、湾奥部では冬にほとんど見られなくなるウミネコが、冬でもけっこう見られます。オオセグロカモメも多めで、真冬の湾口部はウミネコとオオセグロカモメが目立ちます。 明石海峡周辺のエリアは、12月〜1月頃は、どの種もそこそこ見られ、あまり特徴がありません。しかし、2月から3月にかけて、ユリカモメを筆頭に個体数が増加します。とくに2011年と2012年の3月には、ユリカモメのはっきりしたピークがみられます(図4)。これは次に述べるイカナゴ漁の影響と思われます。ちなみに明石海峡周辺でユリカモメのピークがみられた時、湾奥部のユリカモメは減少しています。
イカナゴ漁に集まるカモメたち
大阪湾や播磨灘では、2月末から3月にかけて、イカナゴ漁が行われます。水揚げが多いのは、垂水港、明石港、岩屋港など、明石海峡周辺の漁港です。そのイカナゴ漁の漁船や、漁港に向かう漁船の周りには、ユリカモメを中心にたくさんのカモメ類がむらがります(図5)。今回のデータでは漁港周辺の個体までしか出していませんが、漁港内でも、水揚げしたイカナゴにユリカモメがむらがり(図6),個体数には含まれていませんが,沖合にはさらに数千羽が乱舞していることもあります。イカナゴ漁がはじまる少し前の2月頃から、カモメ類は明石海峡周辺に集まるようで、データからも、その様子が伺えます(図3)。残念なことに、この調査を実施した3年間の間に、イカナゴ漁をめぐる状況は急激に変わりました。2011年3月と2012年3月には、淡路島北端の岩屋港で大量のカモメ類が観察できましたが、2013年3月は不漁で、不思議なくらい漁港は静かでした。その後、イカナゴ漁は不漁のままです。もうこの写真のような光景は見られなくなってしましました。
おわりに
昼間観察しているカモメ類の分布は、おそらく食物の分布や採りやすさに応じて、越冬期間内でも季節的に変化します。その変化に、漁業や餌やりなど、人間活動の影響が見て取れることがあるのが面白いところです。2013年3月の明石海峡周辺は、イカナゴ漁が不漁で水揚げは少なく、カモメ類の乱舞もあまり見られませんでした。しかし、少なめとは言え、それなりにカモメ類は明石海峡周辺に集まってきたらしく、2月〜3月の個体数は増えていました。この調査を実施してから10年が経ちました。この間、イカナゴ漁は、ずっと不漁のままです。それは春先の大阪湾岸のカモメ類の分布に大きな影響を与えているんじゃないかと考えています。カモメ類以外にも、アオサギやトビなど、漁港の水揚げに依存して暮らしている鳥はけっこういます。水揚げ量とこうした鳥たちの分布の関係を調べると、人間活動と鳥との面白い関係が見えてくるかもしれません。