個体識別のため番号が刻印された足環や首輪を野鳥に付けることを「標識をする」と言い、さらに目立つ色が付いた標識のことをカラーマーキングと呼びます。カラーマーキングは大きな番号が刻印されていて野鳥を再捕獲しなくてもそれを読み取ることができるので、大型の水鳥の標識によく利用されています。
コハクチョウを中心に6種の標識記録が集まりました
ガンカモ類(ガン、カモ、ハクチョウの仲間)の多くはロシアで繁殖し、秋になると越冬のため日本へ渡ってきます。バードリサーチが行っているガンカモ調査のときに調査員の皆さんが標識個体を観察すると、その番号も一緒に送って下さることもあったのですが、記録が少数のため標識個体の移動を分析することができずにいました。そこできちんと記録を集めて標識鳥の動向を探りたいと考えて、標識の記録事項と写真の送信ができるWebフォームを2020年12月に公開したところ、ガンカモ調査員の皆さんだけでなく野鳥の撮影をされている方々からも報告をもらえるようになり、カラーマーキングを中心に、この越冬シーズンだけで105件もの記録が集まりました。記録があった種と件数を図1に示します。コハクチョウの記録が多いのは、ロシアのDiana Solovyevaさんが極東ロシアの北極海沿岸で多くの個体に標識や発信機を装着しているためです。
同じ越冬地に戻ってくる
2011/12年越冬期以降に報告をいただいた10年間のカラーマーキング記録もデータベース化して、335件の記録を整理したところ、多年にわたり記録された個体は同じ越冬地だけで記録があり、それ以外の越冬地では記録されていませんでした。標識を記録している地点が少ないため、他の場所に移動ても記録されない場合もあると思いますが、それでもガンカモたちは同じ越冬地に戻る傾向が強いとは言えそうです。今後も皆さんから情報を蓄積して、中継地や越冬地の利用傾向を分析していきたいと思います。
越冬期中に移動したコハクチョウ
前述のように過去の記録では同じ個体が同じ越冬地で観察されることが多かったのですが、観察地点数が増えた2020/21年は越冬期の1~2月に生息地を移動しているケースがあることも分かったので、2例紹介しましょう。ひとつは山地を隔てた移動を繰り返していたコハクチョウの家族群です。両親と3羽の幼鳥が1~2月のあいだに約40km離れた山形県米沢市と福島県福島市を、少なくとも一往復半していました。尾根を越えるのか谷筋を通るのか分かりませんが、この程度の距離や山地は障壁にはならず、状況によって生息地を使い分けているのかもしれません。ふたつめは日本海側から太平洋側へ移動した事例です。このコハクチョウは1月3日に山形県酒田市で観察された後、20日には千葉県印西市で見つかりました。コハクチョウは雪が降ると積雪の少ない場所へ移動することが分かっているので、今年の1月上旬は酒田市内で50cmを越える積雪があったせいで、はるばる太平洋側まで移動してきたのかもしれません。大雪のときに普段はハクチョウ類が少ない場所で個体数が増えるのは、平野沿いに雪の少ない場所を探しながら移動してくるためかと思っていましたが、実はもっと広い範囲の地理情報が頭の中にあって、遠い場所まで飛んで行くのかもしれません。
二十歳を超えるオオハクチョウ
最近はカメラの性能がよくなって、カラーマーキングだけでなく小さな金属足環の番号まで写真から読めるようになりました。北海道の襟裳岬に近い様似町で2021年2月23日に観察されたオオハクチョウの金属足環番号を山階鳥類研究所に照会したところ、1999年4月3日に釧路市で足環を付けられた個体だと分かりました。そのときから数えると20年10ヶ月になります。これまで国内でオオハクチョウの標識個体が見られた年数は、1位が23年1ヶ月、2位が22年9ヶ月だそうなので、歴代3位の記録となりました。海外ではどうだろうと、EURINGという組織が発表しているヨーロッパで標識された野鳥の長寿記録を見てみると、あちらのオオハクチョウの最高記録は26年6ヶ月なので、オオハクチョウは健康でいれば、野生では20年以上の寿命があるのでしょう。
最近は発信機を装着して野鳥の追跡をすることも増え、移動ルートが詳しく分かるようになってきましたが、発信機が動作するのは長くて数年なので、カラーマーキングや金属足環を使った追跡も引き続き重要です。こちらのWebサイトに報告フォームがありますので、標識個体を見かけられたら、首輪や足環の色と、そこに刻印されている番号を登録していただけるとありがたいです。
標識記録の収集と分析は、ガンカモ類の標識調査を支援するガンカモ類作業部会国内科学技術委員会と連携して行っています。