調査研究支援プロジェクトの2018年度の調査研究プラン「川はユリカモメの道しるべ?」において、隅田川と鶴見川でユリカモメの飛行経路を調査した放送大学の竹重志織さんが、その前年に神田川で行なった研究の成果が、ORNITHOLOGICAL SCIENCE誌に掲載されました。その内容についてご本人に解説していただきました。
僕はカワウは全国で見ていますが、彼らは川と同じように高速道路を「道しるべ」として使っているように感じていました。しかし、ユリカモメはどうやら違うようです。種の違いにも注目して読んでいただけたらと思います。(高木憲太郎)
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水鳥にとっての都市環境
冬になると日本には多くの水鳥が越冬しにやってきて、湖沼や河川などの水系を利用しています。大都会である東京であってもそれは例外でなく、皇居や葛西臨海公園はもちろん、23区の中心部を流れる川でも多くの水鳥を見ることができます。高層ビル群の間を縫うように流れる神田川では、水面で採餌をしているカモ類や、護岸上にずらっと整列したユリカモメの姿が目に入ります。東京にやってきた水鳥たちは、「コンクリートジャングル」の中で、毎日、採餌場所とねぐらを行き来しながら冬を越しています(図1)。
水鳥にとって都市とは一体どのような環境なのでしょうか?都市における水鳥の生息地の周りには、建物が密集し、道路が張り巡らされています。そのため、移動する際、建造物や車などに衝突する危険がありそうです。実際、鳥が建造物の窓ガラスや乗り物に衝突する“バードストライク”は様々な場所で報告されています。したがって、都市では採餌場所や塒などの生息地のみならず、その間を行き来するための「通り道」もセットで保全することが重要です。
それでは、都会の水鳥はどこを通り道(移動経路)にしているのでしょうか? そこで私は、都市の中でも比較的障害物が少なく、採餌場所としても利用できる、河川に着目し、どのような水鳥が移動経路として河川を利用しているのか調査しました。
調査は、2017年度の冬季に東京都の神田川で実施しました。神田川は全長約25kmの典型的な都市河川であり、護岸化により川沿いにほとんど植生が残っていません。東京都のちょうど真ん中に位置する井の頭公園の池を水源として、住宅地を通って、オフィス街や東京ドーム、秋葉原の電気街のそばを通って隅田川に合流します。河口から約7.5km上流までの範囲に14の調査地点を設定して(図2)、各調査地点につき朝6回・昼6回・夜3回(合計15回)ずつ定点調査を行いました。水鳥の個体数や行動などを記録し、移動をしている場合にはその移動方向と移動パターン(図4)を記録しました。全調査で合計21種延べ9,578羽の水鳥が記録され、最も多く記録された種はユリカモメで延べ2,865羽でした。
どんな水鳥が川を通り道にしているか? -神田川の結果-
ユリカモメとセグロカモメとカワウの3種が移動経路として河川を頻繁に利用していることがわかりました(図3)。これらの3種と同様に延べ500個体以上記録されたカルガモやヒドリガモ、ホシハジロ、オオバンなど(移動行動の割合は2.2–7.4%)と比べて、移動行動の割合がずっと高い傾向(30%以上)にありました。
川から滅多に外れないカモメ類
ユリカモメとセグロカモメとカワウの川周辺での移動を見てみると、三種ともに朝・昼ともに高い割合で川の直上を辿る移動(図4 a)をしていましたが、カワウ(76.9 ‒ 83.2%)よりも2種のカモメ (96.6 ‒ 98.4%)の方が高い傾向にありました(図4)。
川の直上を辿る移動は川を横断したり陸の上を移動するなど、それ以外の移動と比べて、川という空間への依存度が高い移動であると言えます(図4)。全調査地点で記録された移動の大半が川の直上を辿る移動であったユリカモメとセグロカモメは、河口からずっと川から外れずに神田川内を移動しているようです。(なお、夜に記録された3種の延べ個体数は合計4羽のみだったので、朝と昼についてのみ比較を行っています、以下同様。)
遠回りして餌場にいっている?
東京湾沿岸部で越冬するカモメ類は主に東京湾からやってきます。そのため、ずっと川を辿って神田川の餌場までやってきているのであれば、非常に遠回りをしていることになります。東京湾から市街地を突っ切ってダイレクトに神田川へとやって来ているならば、川の真上を辿る移動以外の移動(図4のb,c,d)がもっと記録されるはずです。カモメ類がそうしないのはなぜでしょうか?まず考えられるのは、市街地を飛ぶのは車両や構造物などとの衝突する危険性が高いために、避けている可能性です。他にも、目的地に間違いなく到達するための”みちしるべ”として川を利用している可能性も考えられます。多くの鳥が川や海岸線や道路などの視覚的な手がかりを移動の際のナビゲーションとして利用することがわかっていて(Mouritsen 2018)、ユリカモメやセグロカモメも川を手がかりに生息地間を移動しているのかもしれません。また、川はカモメ類にとっては移動経路と同時に採餌場所でもあるので、餌を探しながら目的地である神田川へと移動しているのかもしれません。カモメ類が川を辿って移動する理由はいくつか考えられます。一方でカワウは、川から外れたり川を横切ったりする移動が20%程度、記録されています。これらの移動には、神田川の近隣に位置する孤立水域である不忍池にカワウのコロニーが存在していることが関わっていそうです。神田川または東京湾から不忍池のコロニーへと移動するためには、少なからず川以外の空間を移動しなければならないので、神田川から外れてコロニーへと向かったり、東京湾から神田川を横切ってコロニーへと向かう移動が見られたのかもしれません。
カモメ類は川の上を覆う高速道路を避けている?
調査範囲を7つの区画に分け(図2)、河川直上に沿った移動個体数と移動方向から、2種のカモメ類がどこの区画に滞留しているのかを時間帯ごとに推定しました。その結果、①2種ともに特定の区画に溜まること、②セグロカモメは調査範囲全域に到達するのに対し、ユリカモメは上流2区画には到達しないことがわかりました(推定方法の詳細はTakeshige & Katoh 2020に記載)。
ユリカモメが到達しなかった上流2区間の手前の河川上には、流路に沿って1kmほど高速道路がかかっています。実際、この場所で観察した際には、高速道路の手前で多くのユリカモメがUターンをしていました。加えて、神田川と日本橋川の合流点において、カモメ類による河川直上に沿った2つの河川の行き来は記録されませんでした。日本橋川の直上は、ほぼ全域に渡って高速道路に覆われています。これらの事から河川直上を覆う高速道路はカモメ類(特にユリカモメ)の移動を妨げている可能性があります。
また、興味深い点として、2種ともに利用している区間のうち、1区画のみ、滞留をしていない区間がありました。そしてこの区画にのみ、河岸に植生がありました。こういった場所は猫や猛禽類などの捕食者が潜んでいても気づきにくいため、溜まらずにさっさと通りすぎていったのかもしれません。
今後の課題―水鳥の通り道として適した河川環境とは?
カモメ類やカワウなどの水鳥にとって、河川は採餌場所としてだけでなく、移動経路としても利用されている事がわかりました。この事は、川の流域の中で、水面にカモメ類がぷかぷか浮いていない場所(例:川沿いに植生が生い茂っている場所)でも、カモメ類にとって、そこは不毛の地帯ではなく通り道として役に立っているという事を示しています。
また、その後の調査(河川以外の環境も含めた広域調査)で、都市環境では河川が水鳥の主要な移動経路であることを示すデータが得られています(竹重 未発表)。今後は、都市の中心部から郊外にかけて、どのような開発レベルの場所で水鳥の移動経路として河川が重要になってくるのか、そして移動経路としての河川はどのような構造および周辺環境(構造物の高さや人の活動など)を備えるべきなのかを明らかにし、都市河川の保全と再生に役立てていきたいと考えています。
紹介した論文
Takeshige, Shiori & Katoh, Kazuhiro. 2020. Usage of urban rivers by gulls and cormorants as movement pathways in winter. Ornit. Sci. 19(2): 187-201. https://doi.org/10.2326/osj.19.187
引用文献
Mouritsen, Henrik. 2018. Long-distance navigation and magnetoreception in migratory animals. Nature 558: 50–59. https://doi.org/10.1038/s41586-018-0176-1
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2018年度の調査研究支援プロジェクトで皆さまからご支援を受けて2019年に実施された隅田川と鶴見川の調査の成果の一部は、https://www.bird-research.jp/1_event/aid/kako.html にて公開しています。こちらの成果もきっと、論文としてまとめられると思いますので、期待してお待ちしましょう。
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