バードリサーチニュース

ボトムアップでつくる地域に即したカワウの管理

バードリサーチニュース 2020年9月: 1 【活動報告】
著者:高木憲太郎

 カワウは魚を食べたり、糞をしたりします。当たり前ですね。僕らも、ご飯を食べて、トイレに行きます。でも、その当たり前の生活が、人間に嫌がられることがあります。バードリサーチでは、カワウと人との間に起きている軋轢を上手く減らして、カワウと人とが共存できる道を探っています。
 今回は、地域の現場に即したカワウの管理をどう作っていくのが良いのか、という話と、それを踏まえて、行っている業務の成果が公表されたのでご紹介します。

かつて個体数と分布が縮小したカワウと、人との軋轢

 カワウは1970年代にかけて分布と個体数を減らし、繁殖が確認されたコロニーが5か所、個体数は3000羽以下に減少したと推定されるまでになりました。しかし、1980年代以降になると縮小していた分布と個体数は急速に回復しはじめます。カワウの分布拡大に伴い、人との間の軋轢も全国に広がっていきました。
 最も大きな軋轢は、内水面漁業との間で起きています。内水面漁業は、海面漁業とは違い、魚を獲って売って生計を立てているのは、ごく一部です。多くの内水面漁業協同組合(以下、漁協)は、川から魚がいなくならないよう維持する役目を負っており、釣り人に遊漁券を買ってもらい、そのお金で稚魚を買って育てて放流しています。放流したての魚は、川の水に慣れるまで動きが鈍く群れているため、カワウにとっては食べやすい獲物です。放流魚がカワウに根こそぎ食べられてしまうこともあり、そうなると、魚が釣れないので、釣り人も川に来なくなります。そして、遊漁券が売れなければ、放流ができなくなる、という悪循環に陥ってしまいます。
 内水面漁業が立ち行かなくなる原因はカワウ以外にも沢山あるのですが、ぎりぎりのところで活動を維持している漁協にとってはカワウによる放流魚の捕食は最後のトドメとなっています。しかし、やみくもにカワウを殺しても被害は減りません。各地の河川で銃器による捕獲が行われていますが、計画的に実施されていなかったり、その他の対策がおろそかになっていることが多く、繁殖や外部からの移入によってすぐにもとの個体数に戻ってしまうからです。
 また、カワウのねぐらやコロニーが住宅地の中の林などにできると、住民との間で軋轢が生じます。鳴き声や糞による匂いや汚れが問題になるのです。この場合は、ねぐらやコロニーからカワウを追い出してしまえば、その住宅地での軋轢は解消されます。しかし、都道府県全体でみると、軋轢が起きている場所が他に移っただけ、ということになる場合があります。

地域ごとに異なる被害軽減への近道

 ここでは詳しく説明しませんが、シャープ・シューティングというカワウの捕獲体制が確立してから、条件のそろったコロニーでは個体数を減らすことができるようになりました。しかし、それ相応の経費負担を覚悟する必要があり、この体制を組める捕獲チームも国内には片手の指で数えられる程しか存在していません。もちろん、このほかにも、カワウによる被害の軽減に有効な対策はいろいろ編み出されています。花火などで脅してカワウを追い払う対策のほかに、川に構造物を沈めてカワウに追われた魚が逃げ込める場所を作ったり、放流場所に近いねぐらやコロニーを除去してカワウの飛来頻度を下げるなどの対策があります。
 しかし、どれも、それひとつ、1回施せば解決する、というような対策ではありません。それぞれの地域の現場に応じて、いくつかの対策を、適した時期に、組み合わせて実施していくことで、被害を減らしていく必要があり、そのために、管理計画が必要なのです。それも、「都道府県内に生息するカワウを半減する」という漠然とした目標を掲げるだけの計画ではなく、対策の実行体制なども踏まえたうえで、具体的に被害を減らしていくための計画が必要です。

 そこで、バードリサーチでは都道府県内をいくつかの地域に区切って、それぞれの地域の状況に合わせて、地域単位の目標を立てることを提案しています。個々の地域の範囲が限定されるので、具体的に達成すべき目標を決めることができます。数値目標は、カワウの個体数だけでなく、ねぐら・コロニーの箇所数であったり、放流地点に飛来するカワウの個体数であったりと、どんな数値でも良く、大事なことは、その地域の被害軽減により直結する目標を選ぶことです。

ボトムアップでつくる地域に即したカワウの管理

図1.専門家の派遣先でのワークショップのようす。

 管理計画は、主に、都道府県の鳥獣行政か水産行政の担当者が作成しますが、彼らには数年に一度異動があり、担当する業務が代わります。特に鳥獣行政では、扱わなければいけない鳥獣種が増える一方で、予算や人員は減らされており、カワウの管理に割ける時間や労力は限られています。都道府県内全ての現場に足を運び、関係者の話を聞き、カワウの管理について学び、現場に適した対策の案を考えて、関係者を導いていくには時間が足りません。
 その中で、上述したような現場に即した計画が作られるようにするには、どうしたらよいのでしょうか?
バードリサーチでは、関西の8府県4市からなる関西広域連合という行政の連合体から委託を受けて、カワウの生息状況や被害状況の調査、管理手法の開発検討などを行っています(関西広域連合では、様々な事業が実施されていますが、すべての事業に全府県市が参加しているわけではありません。カワウの事業は滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、和歌山県、徳島県の参加しており、この6府県が対象となっています)。
 その中で、関西広域連合の各地にカワウに係わっている鳥類学者や、水産試験場の研究者、地方自治体で経験を積んだ職員などを専門家として派遣して、管理方針などについてアドバイスするという業務も行っています。府県全体ではなく、対象地域を決めて、そこに専門家に来てもらい、現場を視察し、被害者の意見を聞き、専門家からの助言を得ながら、地域の関係者と共に管理目標を検討する。各地で同じことを続けて、それぞれの目標を束ねれば、府県全体の管理目標が作れる、のではないかと考えています。
 上手くいけば、行政の担当者が庁舎の中で一人で考えてトップダウンで計画を作るより、現場に即した計画を作ることができるのではないでしょうか。そして、作られた計画によって、カワウを殺す以外の方法も組み合わせて効果的に被害を減らすことができるならば、カワウたちのためになる、そう信じています。

各地に専門家を派遣し、地元関係者とともに対策の方向性を考える

図2.地図にカワウの個体数などの情報を書き込み、各自が考える課題を付箋に書いて貼ってある。ワークショップでは、これを作りながら議論する。

 関西広域連合による専門家の派遣は、平成27年度から平成30年度の4年間、毎年3地域を対象に実施していて、カワウの事業に参加している6府県のすべてで開催しています(図3)。現場が抱える課題はさまざまで、住宅地の近くにねぐらがあり、糞による汚れやにおいが問題になっていることもあれば、カワウがたくさん飛来し漁業被害が発生しているけど、防除対策だけでは被害が減らずに困っていることもあります。それぞれの状況を詳しく聞いて、解決の方向性を探り、適した専門家を選んで、その専門家に話をしてもらう内容を決めるのが、コーディネーターを務めるバードリサーチの仕事です。
 専門家を派遣した後に、その場所で対策を実際に行うのは、被害を受けている自治会であったり、漁協であったりなので、専門家や行政がこれをやればいい、と最初から答えを提示することはできるだけ避けるようにしています。図2にあるように付箋などに各自が考える課題を描き出してもらって、それを整理し、課題に優先順位をつけ、優先順位の高い課題について解決策をみんなで考えます。対策を「言われたからやる」から自主的な取り組みにしていくために、このようなワークショップ形式でディスカッションをするようにしています。

図3.専門家を派遣した地域の分布と、それぞれの課題と成果。

 

滋賀県南部の複数の漁協の間で合意できた管理方針

図4.野洲川(図中青丸内右上を流れる川)とその周辺のコロニー(赤丸)における管理方針を示した地図.

 関西広域連合のホームページに掲載されたレポートにはいくつかの事例が載っています。そのうちのひとつ、野洲川の事例を紹介します。野洲川では、2017年に初めてカワウのコロニーが河畔林に確認され、その年の5月の調査の時に1,267羽がカウントされました。コロニーの位置は漁場に近く、被害の増加が懸念されましたが、コロニーのすぐ裏手には工場があるなど、野洲川の中下流部は市街地にあたり、銃器は使用できない場所でした。
 そこで、専門家を派遣し、河川やコロニーの状況を視察し、ワークショップを野洲川漁協の広間で行いました。この時は、野洲川漁協のほか、土山漁協、勢多川漁協にも参加してもらう形が取れたので、野洲川だけでなく周辺河川を含めた滋賀県南部のカワウの管理方針について議論することができたのです。
 その結果、野洲川にコロニーがある状態では効果的な対策は取れないだろうという結論に至り、野洲川では徹底した飛来防除対策を実施しつつ、コロニーを除去すること、その一方で、銃器が使用できるコロニーがある土山漁協と勢多川漁協では、無用な撹乱は避けてコロニーが消滅しないようにしつつ、銃器による捕獲で個体数を減らすという方針が立てられました。このように、複数の漁協が同じ絵を描いて管理方針を立てることは稀で、互いに押し付け合って、いたちごっこになることの方が多い中で、合意が得られたのは、この事業の仕組みによるところが大きかったと思っています(その後、残念ながら野洲川漁協は解散してしまい、野洲川での ねぐらの除去は継続できなくなってしまいましたが)。
 このように、一定の成果が得られている一方、立てた管理方針の通りに上手く対策が進まなかったり、地元の対策が続かなかったり、という課題が残っています。なにより、この事業が始まったあとも管理計画が作られていないので、そろそろ次のステップに移っていくべき時期が来たのではないかと感じているところです。

 

 平成27年度から平成30年度の成果を取りまとめたレポートは、先日公表されました。紹介した以外の事例については、下記のサイトよりレポートをダウンロードしてご覧ください。

カワウ対策検証事業の広域展開事業 成果とりまとめレポート
 ボトムアップでつくる地域に即したカワウの管理  (PDFファイル: 1.8MB)

https://www.kouiki-kansai.jp/material/files/group/10/botomuappu2019.pdf

関西広域連合 広域鳥獣保護管理(カワウ対策)の取組み より
https://www.kouiki-kansai.jp/koikirengo/jisijimu/kankyohozen/shizenkyouseigatasyakai/kawautaisaku/171.html

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