バードリサーチニュース

論文紹介:膨大な標識データから渡り時期を明らかにする方法 春早く、秋のんびり渡るノドグロルリアメリカムシクイ

バードリサーチニュース2020年3月: 1 【論文紹介】
著者:高木憲太郎

Photo by 谷英雄.鳥遍路写真館より

 暖冬の今年は、春の訪れが早そうですね。バードリサーチで実施している各種調査でも、その傾向が見られています。そんなタイミングを見計らってか、アメリカの鳥類学雑誌「Auk」に渡りのタイミングについての論文が掲載されました。
 ロヨラメリーマウント大学のコヴィーノさんたちは、ノドグロルリアメリカムシクイの148,629件ものバンディングデータを米国地質調査局鳥類標識研究所(United States Geological Survey (USGS) Bird Banding Laboratory (BBL))から取り寄せ、渡りのタイミングについて解析しました。結論から言えば、1966年から2015年までの50年間でノドグロルリアメリカムシクイの春の渡りの開始が1週間ほど早くなった、という決して目新しくはない報告です。ただ、捕獲という方法の利点を活かして、観察によるモニタリングでは把握しづらい秋の渡去のタイミングについても解析しているので、皆さんにも新しい知見をお届けできると思います。また、データ解析の方法は、ひと工夫がされていて、ビッグデータからどう分析用のデータを整えるのか、という点で参考になるのではないかと思いますので、ご紹介します。

■膨大でまばらなデータを切り出してまとめて使えるようにする

ノドグロルリアメリカムシクイの生息分布

 ノドグロルリアメリカムシクイは、北アメリカ大陸の五大湖の東側の落葉広葉樹林や針広混交林のほか、アパラチア山脈で繁殖し、カリブ海の西インド諸島で越冬する渡り鳥です。
 そこで、コヴィーノさんたちはアメリカ全土のバンディングサイトから、この鳥が渡りの時に通過すると考えられる中継地のサイトを抽出していきました(Step1)。
 春には南から北へ渡ってくるので、南ほど早く記録され、秋はこの逆になります。この傾向を踏まえ、緯度による補正を行ない、緯度の異なるサイトの情報をまとめて分析できるようにします(Step2)。
 これらのステップを踏んだうえで、20年以上に亘り毎シーズン10羽以上捕獲されていた中継地のサイトのみのデータを使用して、渡りのタイミングについて分析しました。

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Step1. 全データから繁殖地や越冬地のバンディングデータを取り除き、「渡り」だけのデータにする
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 バードライフ・インターナショナルのサイトから分布域のポリゴンデータを入手します。その範囲内のバンディングサイトのうち、北緯25°以南で標識された記録を取り除きます(この緯度以南は越冬地のため)。そして、春の渡りを3月1日から6月15日と仮定し、秋の渡りは8月15日から11月15日と仮定し、この渡りの時期以外の期間に標識された記録の割合が半数以上を占めるサイトは、繁殖地ないしは越冬地と考え除外しました。
 なお、標識記録には、捕獲したノドグロルリアメリカムシクイの性別や年齢の記録などがつけられているので、それをもとに、データとして採用したバンディングサイトの記録の中から、巣内ヒナや巣の近くで捕獲された若鳥の標識記録を除外しました。

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Step2. 緯度による影響を補正する
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 サイトごとに、その標識記録を、標識年を無視してすべて使用し、中央値にあたる標識記録の捕獲日を渡りの「ピーク時期」として求めます。そして、緯度が同じ(全米を北緯0.5°ごとの区間に区切り、同じ区間に位置する)サイトの渡りのピーク時期のデータをまとめて一つのデータとして使用し、時期と緯度の関係を表す回帰直線を求めて、それによって緯度の影響を補正しました。
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■早まる春の渡りと長引く秋の渡り中継地

 その結果、ノドグロルリアメリカムシクイの春の渡りの時期は、雄の方が雌よりも5.7日ほど、成鳥の方が若鳥よりも2.9日ほど早く渡っていることが明らかになりました。加えて、秋の渡りでは、若鳥の方が成鳥よりも早く渡るという結果が得られました。
 コヴィーノさんたちは、春の渡りの開始時期(シーズン中に捕獲された個体の早位5%)は、10年あたり1.1日早まっており、ピーク時期(シーズン中に捕獲された個体の中央値)も0.5日早まっている、という数値を弾き出しました。一方、秋の渡りについてみてみると、開始時期は春同様に早まっているのですが、ピーク時期は早まっておらず、渡りの終了時期(シーズン中に捕獲された個体の遅位5%)はむしろ遅くなっていたのです。つまり、秋の渡りは年を経るごとに長期化していたのです。
 この結果は、何を意味しているのでしょうか?コヴィーノさんたちは次のように考えました。春の渡りが早まることによって、早く繁殖を開始し、早く巣立つ若鳥が現れる。若鳥は成鳥と違い、換羽する必要がないので、成鳥よりも早く渡りの準備が整うので、春の渡りの早期化に伴って、秋の渡りの開始も早くなる。また、早く繁殖を開始することによって、繁殖にかけられる期間が長くなり、2回繁殖や失敗後に再繁殖するチャンスが増え、こうしたペアは例年よりも遅く越冬地に戻ることになるのではないか、と。コヴィーノさんたちの見立ては、なるほど納得のいくものですが、食物側の変化を調べているわけではないので、彼らの食物がどう変化してきていたのかなど、調べなければならないことは多そうです。似たような分析が、各地で、いろんな種で試みられてくれば、鳥たちの生物季節にどういうことが起きているのか見えてくるかもしれませんね。
 渡りのタイミングの測り方は、バードリサーチでも試行錯誤をしながら行っています。コヴィーノさんたちのアプローチは、方法のひとつですが、皆さんが似たような分析をする際は、参考にしてみてください。

渡りの開始時期、ピーク時期、終了時期の求め方を表した模式図.ノドグロルリアメリカムシクイの春の渡りは早まっているが、秋の渡り時期は変化せずに長期化している.

 

引用文献:

Kristen M Covino, Kyle G Horton, Sara R Morris (2020) Seasonally specific changes in migration phenology across 50 years in the Black-throated Blue Warbler, The Auk, ukz080
https://doi.org/10.1093/auk/ukz080
<上記URLにて全文を読むことができます>

参考:

バードライフ・インターナショナルの種ごとの分布データ請求サイト
http://datazone.birdlife.org/species/requestdis