熱を持つ物体からは赤外線という形で熱が放散されます。体温のある生きものは赤外線を出しているため、赤外線カメラは夜行性の哺乳類を調べるための自動撮影カメラに使われていますし、夜のバードリサーチ事務所を赤外線カメラで撮影すると、このとおり、人が明るく写ります(図1)。
これまでガンカモ類をドローンで空撮して個体数調査をする話題をお伝えしてきましたが(関連記事は文末をご覧下さい)、その中でもガン類はドローンによる撮影が難しい種で、これまで何度かマガンの空撮を試みていますが、大きなねぐらの全数を撮影することには成功していません。マガンは昼間に水田などで落ち穂を食べ、数千羽から数万羽の大群で日没時にねぐらとする湖沼に飛来し、夜が白々明けていく時間にふたたび飛び立っていきます。夕方も明け方も撮影できる時間が短いため、大きな群れ全体を撮影することが難しいのです。一部の飛来地のハクチョウ類も同様の行動を取ります。そこで、夜のあいだに赤外線カメラで撮影をすれば、時間は十分にあるので、大群すべてを撮影し終えることができるのではないかと、赤外線カメラを搭載したドローンで撮影実験をしてみました。ドローンは赤外線カメラを搭載したDJI社のMavic2 Enterprise Dualと、DJI社のPhantom4 ProにFLIR VUE Proという赤外線カメラを装着したもの(システム名はSKY FUSION)の2台を使用しました(表1)。
表1.使用したドローンと赤外線カメラ
Mavic2 Enterprise Dual |
FLIR VUE Pro |
Seek Thermal XR |
体温を逃がさないガンカモの羽毛
ダウンジャケットが暖かいのは封入されたガチョウの羽毛のおかげで体温が外へ逃げないからです。鳥の羽毛は空気の層による断熱性能が高く、特にガンカモ類の羽毛の断熱性は最高だと言われていますが、体温が外へ伝わらないのなら赤外線カメラに写るのでしょうか。まずは、それを確かめてみることにしました。なお、可視光線ではない赤外線に色はありませんが、以降の写真では見やすさのために相対的な温度の低→高を、黒→赤、紫→赤、白→黒などの色パターンで表現しています。
温かい水との温度差で冷たいカモ・ハクチョウが写る
撮影は宮城県の伊豆沼・内沼と群馬県の多々良沼・ガバ沼で行いました。図2は日中に内沼の砂浜に上がっていたオナガガモを赤外線カメラで撮影した写真で(ドローンを手に持って写しました)、羽毛と翼に覆われた背中の温度は低く、羽毛が薄い首から頭にかけての温度が高くなっています。背中から熱が出ていないことは、図3中央のオオハクチョウではさらにはっきりしています。後方のオオハクチョウは全体が赤く見えますが、これは水面の波が太陽の赤外線を反射し、それがオオハクチョウに当たっているためのようです。
それでは、ドローンで空撮した写真を見てみましょう。図4は多々良沼で夜間にカモ(種は不明)を撮影した写真です。写真の上部が陸地で、カモの背中は陸地に近い色をしています。一方、水面は陸地より温度が高く、水との温度差でカモの姿が分かります。そしてカモの体の一端が明るいので、頭部だけは水より温度が高いことも分かります。図5はガバ沼のコハクチョウを夜間に撮影した写真です。コハクチョウも背中は陸地の温度に近く、高温の水と温度差があるので輪郭が写真に写ります。図4のカモより高い高度から撮影したために分かりにくいのですが、コハクチョウでも体の一端が明るく写っているので、頭部の温度が高いようです。そして図6は夜間に伊豆沼のマガンを撮影した写真で、こちらも温かい水を背景に冷たいマガンが黒く写っています。
調査への応用
哺乳類と同じようにガンカモ類も赤外線カメラで夜間に明るく写るだろうという予想とは逆に、羽毛と翼で断熱されたガンカモの背中からは体温が漏れないので、赤外線カメラには暗く写りました。でもそのせいで、相対的に温度が高い水面とのコントラストでガンカモの姿を捉えられることが分かりました。伊豆沼のマガンは比較的解像度が低いMavic2 enterprise dualのカメラで撮影しましたが、高度50m以下の写真は個体数カウントに使えそうでした。高解像度のFLIR VUE Proなら倍の100mで同じ解像度の撮影が可能で、高い高度ほど広い範囲を撮影できるし、ドローンのプロペラ音が小さくなるためガンカモへの影響が少ないので、実際の調査で利用することもできそうです。ガン類の調査は、夕方か夜明けの適切な方の時間帯に1日1カ所しかできないのですが、夜中のうちに何カ所ものねぐらを赤外線カメラで撮影すれば調査の効率も上がるでしょう。一方、赤外線カメラを調査に使うための欠点は、通常のカメラに比べて画素数が少ないため、撮影範囲が狭く、真っ暗になってから赤外線カメラの画像で探したのではガンカモの居場所を見つけるのが難しいことです。そのため、あらかじめ調査対象のガンカモがねぐら入りしている位置が分かっている必要があるでしょう。それと赤外線写真から種判別はできないので、単一種の群れであることも前提です。
伊豆沼・内沼の撮影は神山和夫、多々良沼・ガバ沼の撮影は二川真士が行いました。撮影に当たっては、宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団の嶋田哲郎さんと野鳥の会群馬県支部の田澤一郎さんに協力していただきました。感謝申し上げます。
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