2016年11月に伊豆沼・内沼でGPSを装着したオオハクチョウの移動を追跡したデータが公開されました。
植田睦之・嶋田哲郎・内田 聖・杉野目斉・高橋佑亮・時田賢一・三上かつら(2018)GPS 発信機で追跡したオオハクチョウの位置情報のデータ.Bird Research 14: R1-R4.
論文の閲覧 http://doi.org/10.11211/birdresearch.14.R1
これまでアルゴスシステムを使った衛星追跡でたくさんのオオハクチョウの移動経路が追跡されてきています。しかし,アルゴスシステムによる位置測定は誤差が大きく,地球規模の渡りの追跡には有用ですが,越冬地内の動きなど詳細な追跡には向いていません。鳥インフルエンザの対策や風力発電施設のオオハクチョウへの影響を検討するためには,詳細なデータが求められています。今回明らかにすることができた渡り経路や越冬地や中継地内での移動状況の情報はそうした面で有用なデータになると思います。
冬のテツオは採食地に執着する
今回GPSをつけたオオハクチョウは立派な雄個体だったので,伊豆沼の某財団の研究員の名前を拝借して「テツオ」と名付け,追跡を開始しました。テツオにつけたのは韓国製のGPS,WildTracker WT-300S(KoEco Inc, Korea)です。このGPSは首輪式で,2時間に1度位置を測定し,蓄積された位置情報を1日に2回,携帯電話回線で送ってくれます。
テツオはGPSを装着後,すぐに,内沼を離れ,南下を開始しました。そして,茨城県の大塚池公園で越冬しました。ちょうどこの年,大塚池公園では鳥インフルエンザが発生していて,たくさんのハクチョウ類が死亡していました。テツオの健康状態が心配だったのですが,元気に周囲の水田に採食に出かけているのが確認できました。
その採食場所をみていると,「お気に入りの採食場所」があり,そこにくりかえし通う様子が見られました。そして,一度その場所を離れて別の場所に行っても,再度そこを使いました(図1)。次にどこに行こうか考える時「過去の良い記憶」をもとに「あそこにもう1回行ってみよう」と採食場所を決めているのかもしれません。こうした採食場所への執着は,現在伊豆沼で追跡している別のオオハクチョウ(成果は近々報告できると思います)でも見られていて,テツオの個性というわけではなく,オオハクチョウの習性のようです。
その後,春になって繁殖地への渡りを開始したテツオは渡りの途中に十勝平野で長期滞在したのですが,この時の採食地利用は越冬地でのそれとは少し違っていました。数日同じ場所を使うのは同じなのですが,そこから採食地を変えると,再び戻ってくることなく,次々と違う場所へと採食地を変えていったのです。この時期はちょうど雪どけの時期で,次々と魅力的な採食場所が出現してきて,そちらを使っていっているのかもしれません。
テツオは山嫌い?
テツオの北上の渡り経路をGoogle Earthで再現してみました(図2)。山を避けつつ平野を飛んでいる様子がわかります。特に北海道の「むかわ」から十勝平野への移動の際は日高山脈を大きく迂回して富良野経由で渡っていました。飛行高度を上げるのが大変なので山は越えないのでしょうか? それとも何かあったときに,すぐに降りることができるよう,水田や水域などがあるところを選んで飛んでいるのでしょうか? 日高山脈の最高峰は2,052mの幌尻岳。体重の重いオオハクチョウにとってこれを越えて飛ぶのは大変かもしれませんね。
乱暴者テツオ
テツオはさらに北上し,サハリン南部まで達しました(図3)。しかし,ここからは携帯電話の圏外にでてしまい,追跡することができなくなりました。
このGPS発信機は携帯圏外にでても,GPSによる位置情報を蓄え続け,圏内に戻ってくると,それを送信してくれる仕組みになっています。「秋になって日本に帰ってくれば,繁殖地や渡りの経路もわかるね」と期待していたのですが・・・,いつまでたってもデータは送られてきません。そしてデータよりも先にテツオの目撃情報が届きました。送ってもらった写真を見ると,首環はついているのに,なんとGPSが外れてしまっています。この発信機の製造者のLeeさんに聞くと,今までたくさんのハクチョウが追跡されているけど,そんな事例はなかったとのこと。テツオのパワーおそるべし。
WANTED
残念ながらサハリン以降の移動経路の情報を回収することはできませんでしたが,元気で日本に帰ってきてくれたのはうれしい限りです。さらに首環がついているので,目視記録で今年の越冬地や渡りもわかるかもしれません。テツオを見かけましたら,ぜひ,植田までお知らせ下さい。
mj-ueta@bird-research.jp