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千葉県太平洋岸でコアジサシ激減中

バードリサーチニュース2016年2月: 3 【活動報告】
著者:奴賀俊光
写真1 コアジサシ

写真1 コアジサシ

 コアジサシ(写真1)は日本へ繁殖のためにやってくる夏鳥です。5~7月頃、海岸の砂浜や、河川敷、造成地などの裸地に集団営巣します。そのような裸地は、翌年には雑草が繁茂したり、工事やレジャー等の人為的な影響により、毎年確実な営巣環境をコアジサシに提供できるわけではありません。そのため、コアジサシは営巣場所を毎年のように変えることもあります。営巣環境の消失や営巣環境の悪化から、環境省レッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています(環境省自然環境局野生生物課 2002)。
 環境省の全国的な調査が1995年~2011年まで行われましたが、毎年調査地の数や場所が変わるため、調査地や方法が一定ではなく、全国の状況は把握できませんでした(環境省自然環境局 2010, 2011)。現在でも全国的な調査は行われていないため、国内に何羽いるのか、実際にどのくらい減少しているのか、国内のコアジサシの現状は不明のままです。
 毎年のように営巣地を変えるという習性がコアジサシの調査を難しくし、現状把握を困難にしている一因と考えられます。この問題を解決するためには、コアジサシが営巣地を変えても、新しい営巣地がこちらの調査範囲内に入っていて、その地域のコアジサシの動向を把握できる状態にあることが必要です。つまり、ある程度広範囲での調査が必要になると考えられます。今回、千葉県太平洋岸を対象として行った
広範囲調査の事例と、その結果わかったコアジサシの動向をご紹介いたします。

千葉県太平洋岸での個体数変動の例
 千葉県太平洋岸の砂浜では、毎年コアジサシが飛来し、繁殖が確認されています(小川ほか2004, 三沢ほか2005, 奴賀ほか2006, 桑原ほか2007, 桑原2011, 浅川ほか2004, 2005, 2006)。そこで、2000年から2015年までの千葉県太平洋岸のコアジサシのコロニー(集団営巣地)の位置と規模(成鳥の個体数)をまとめてみました。

図1 調査地

図1 調査地

 千葉県太平洋岸において、人工構造物等のコアジサシの営巣環境として不敵な場所や太平洋に流れ込む河川を境界として(Nuka et al. 2005, 奴賀ほか2006)、海岸線数kmごとにA~Oまで15か所の調査地を設定しました(図1)。現地調査と文献調査により、繁殖期の5~7月のコロニーの位置と最大個体数をわかる範囲で記録しました。各年のコロニーの位置を図2に、各調査地の個体数変動を図3に示します。15か所の調査地のうち11か所でコロニーが形成されたことがわかりました。コアジサシは、毎年千葉県太平洋岸のどこかには飛来して、繁殖していますが、調査地ごとでは年により0羽から数百羽へ一気に増加したり、逆にいなくなったりと、個体数に大きな変動が見られました。1か所のコロニーや、例えば望遠鏡で観察可能な1km程度の範囲を観察しているだけでは、地域のコアジサシの動向を把握することは難しいと考えられます。

図2 コロニーの位置と規模

図2 2000年から2015年までのコロニーの位置と規模

図3 2000年~2015年までの各調査地の個体数変動

 

図4 千葉県太平洋岸のコアジサシの個体数変動

 そこで、各調査地の個体数を合計して千葉県太平洋岸全体の個体数の経年変化を見てみると、コアジサシは16年間で約3000羽から1000羽以下まで、およそ3分の1に減少していました(図4)。図2からも、過去には1000羽以上のコロニーがあったのに、最近では500羽以上のコロニーでさえ無いことがわかります。この結果が必ずしも全国のコアジサシの動向を反映しているわけではありません。各地でコアジサシを観察している方からも、コアジサシはずいぶん減った、という話をよく聞きますので、全国的にも千葉県太平洋岸のようなことが起きているかもしれません。

神出鬼没のコアジサシ
 コアジサシは、繁殖期の初めに撹乱や卵の捕食によって繁殖が失敗すると、近隣の別の場所へ移動して再び営巣することが知られています。これまで0羽だった場所に突然数百羽のコロニーができることもあります。繁殖期内でも40km程度なら移動すると考えられているため(Fujita et al. 2009)、その地域の個体数を把握するためには、1つのコロニーだけの調査では難しく、近隣の複数のコロニーやコロニー候補地を同時に調査することが必要です。今回の調査対象とした範囲は端から端まで60km以上あります。どのくらいの範囲を調査する必要があるのかは調査地の環境や地形によっても変わると思いますが、ある程度広範囲での調査や既存データの集約を行うことによって、その地域のコアジサシの動向が初めて見えてきます。
 詳しく調べた訳ではありませんが、今回のような広範囲での具体的なコアジサシの個体数変動を示した文献は見当たらないそうです。千葉県太平洋岸では激減しているコアジサシですが、神出鬼没な性質のため、もしかしたら他の場所では急増している、なんて場所もあるかもしれません。
 今回の事例のように、ちょっと周辺のフィールドへ視野を広げて観察記録などの比較をしたりしてみると、今まで気づかなかった鳥の動向が初めて見えてくることもあるかもしれません。

謝辞
佐藤達夫さん、長屋ゆみ子さん、寺野淑子さん、布留川毅さんからは観察記録を提供していただきました。お礼申し上げます

引用・参考文献
Fujita, G., Totsu, K., Shibata, E., Matsuoka, Y., Morita, H., Kitamura, W., Kuramoto, N., Masuda, N., Higuchi, H. 2009. Habitat management of little terns in Japan’s highly developed landscape. Biological Conservation, Volume 142, Issue 9, Pages 1891-1898.

Nuka, T., Norman, C. P., Kuwabara, K. and Miyazaki. T. 2005. Feeding behavior and effect of prey availability on Sanderling Calidris alba distribution on Kujukuri beach. Ornithological Science 4: 139-146

環境省自然環境局. 2010. 平成22年度コアジサシ保全方策検討調査業務報告書.

環境省自然環境局. 2011. 平成23年度コアジサシ保全方策検討調査業務報告書.

環境省自然環境局野生生物課. 2002. 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-2鳥類. 財団法人 自然環境研究センター, 東京.

桑原和之. 2011. 多摩川河口域の鳥類相の長期的変遷と保護に関する研究. 公益財団法人とうきゅう環境財団.(http://www.tokyuenv.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/05/6cbb2a851a509366ff89ca967e97b06a.pdf) (2015.5.22ダウンロード)

桑原和之・奴賀俊光・箕輪義隆・高木武. 2007. 飯岡海岸の鳥類相, 2000-2004年. 我孫子市鳥の博物館調査研究報告16: 1-23.

三沢博志・桑原和之・小川和子・奴賀俊光・綾富美子・泉宏子・本間征・高島斎二・箕輪義隆. 2005. 一宮川河口干潟およびその周辺の鳥類目録.我孫子市鳥の博物館調査研究報告第13巻: 77-136.

小川和子・桑原和之・綾富美子・奴賀俊光・泉宏子・本間征・横林庸介. 2004. 千葉県一宮川河口干潟の鳥類. 我孫子市鳥の博物館調査研究報告12: 151-187.

浅川裕之・桑原和之・三沢博志. 2004. 千葉市野鳥の会会報 コアジサシ通信(7, 10, 11, 12号).

浅川裕之・桑原和之・三沢博志. 2005. 千葉市野鳥の会会報 コアジサシ通信(41, 44号).

浅川裕之・桑原和之・三沢博志. 2006. 千葉市野鳥の会会報 コアジサシ通信(77, 78, 79, 83, 85号).

奴賀俊光・佐藤達夫. 2015.千葉県太平洋岸のコアジサシコロニーの変遷と個体数変動. 日本鳥学会2015年度大会自由集会W08砂浜の絶滅危惧種シロチドリ、コアジサシの現状. 日本鳥学会2015年度大会講演要旨集: 228.

奴賀俊光・箕輪義隆・富谷健三. 2006. 新川から南白亀川までの九十九里浜の鳥類 1998-2003年. 我孫子市鳥の博物館調査研究報告14: 1-64.

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