日本のカモ識別図鑑
氏原巨雄・氏原道昭 著
誠文堂新光社
ISBN 978-4-416-71557-4
カモの仲間は大きくじっとしているので観察しやすい上、オスの羽衣に特徴的な色彩があるので、バードウォッチング入門者にも識別のしやすい種です。しかし、幼鳥と秋の飛来時期の成鳥オス(エクリプス)の羽衣はメスに似ているため、種の判別はできるものの雌雄成幼の区別がわからない個体がいて、モヤモヤ感が残ってしまうことがあります。
カモ類はユーラシア大陸全体でかなり共通しているので、そのようなとき私はヨーロッパの図鑑を見てカモ類の羽衣の特徴を調べていたのですが、このたび、ついに海外の図鑑を凌駕するカモ図鑑の名作が日本で出版されました。
日本のカモ識別図鑑は、カモ54種と家禽・雑種の解説だけで全303ページ、1種について5~6ページにわたって詳しい説明が書かれています。どの種にも、まず始めに1ページ半ほどの解説文があり、それに続いて、成鳥・幼鳥の雌雄の羽衣のイラスト、さらに様々な羽衣パターンのイラスト、そして典型的な羽衣を撮影した写真が続きます。一例を挙げると、ヒドリガモの成鳥オスの特徴は雨覆が純白なことで、翼をたたんでいるときでも脇と翼の間に純白の横ラインが見えています。この白いラインはエクリプスでも同じように見えます。幼鳥オスと成鳥メスの雨覆は似ていて、白い羽縁がある褐色の羽をしていますが、幼鳥メスの雨覆では白い羽縁が目立ちません。ヒドリガモは雨覆を使って識別がいちばん明瞭で、さらに他の特徴も補助的に使えば幼鳥オスと成鳥メスの区別もできるようです。
こうした目からウロコの解説を読むと、モヤモヤ感も霧消して気分がすっきりしますが、いいことはそれだけではありません。こうした特徴を使うと、これまで総数で記録されることが多かったカモ類の群で、成幼や性別の構成を調べられるようになるのです。例えば、ハクチョウ類は当年生まれの幼鳥は羽衣が灰色で成鳥と容易に区別できるため、成鳥・幼鳥を分けたカウントがされています。そして、オオハクチョウ・コハクチョウの両種とも繁殖地が暖かい年のほうが繁殖成績が高いことや、オオハクチョウは南の越冬地の方が幼鳥が多いことなどが分かってきています。日本のカモ識別図鑑を参考にしても、カモ類の成幼を区別しながら素早くカウントするということまでは難しい種が多いと思いますが、ヒドリガモなどは比較的識別が容易そうなので、幼鳥率の調査ができるようになるかもしれません。カモの幼鳥率の調査は、欧米では狩猟者が提供する翼の標本を使って広く行われていますが、ヒドリガモは目視観察データも使われていて、幼鳥の方が撃たれやすいために、幼鳥率が高く算出されてしまう狩猟データよりも正確に群の年齢構成を表しているという指摘もあります。
日本のカモ識別図鑑は素晴らしい図鑑ですが、読んでいると情報過多で頭が混乱してしまいます。池や川に出かけて、目の前のカモで1種1種、確認しながら覚えていこうと思います。