ツグミの飛来時期はなぜ変動するのか?
ツグミ(Turdus eunomus)は、シベリア方面から日本に渡来し、冬を過ごした後、春になると北へ戻る冬鳥です。バードリサーチの季節前線ウオッチでは例年、ツグミは11月頃に日本で初認されることが多いのですが、2023年には10月中に初認のピークが観察され、2024年は12月にピークが来るなど、ここ数年は、年による変動が大きくなる傾向が見られました(参考:2014~2023年のツグミの初認ピーク変化2023年)。
このように、年ごとに変動があるため、短期的な変化だけでは気候変動に対するツグミの渡来時期の経年変化を促えるのは難しく、長期的な視点での研究が求められます。また、年ごとの変動だけでなく、地域ごとの違いも考慮する必要があると考え、地域ごとにデータを分けて分析を行いました。
初認ピークの変化:中部地方年々遅く初認される

図1.初認のピーク日模式図
2010~2024年の初認きデータを確認したところ、関東地方と中部地方の報告数が多かったので(https://blog2.bird-research.jp/?p=735)、今回では主にこの2地域のデータを用いて分析することにしました。年ごとの初認時期を比較するため、最も多く報告された日=「初認のピーク日」を渡来時期の指標としました(図1)。
その結果、 中部地方では、年を追うごとに初認のピークが遅くなる傾向が確認されました(図2)。 一方で、関東地方では明確な傾向や有意な相関は見られませんでした。

図2.初認のピーク経年変化。左,中部地方;右,関東地方。
ツグミの初認変化と気温の関係:中部地方では、秋の気温が高い年ほど初認のピークが遅くなる傾向
先行研究では、秋の渡りのタイミングには一貫性のあるパターンが存在しないことが報告されています(Chambers et al., 2014)。
また、いくつかの仮説として:
- 気温の上昇により繁殖できる環境の信号や生理的な準備が早まり、渡りの時期が前倒しになる
- 気温の上昇により繁殖期が延び、繁殖の回数が増えることで、一部の幼鳥の渡りが遅れる
といった、気温変化を要因とする仮説が挙げられています。
そこで、気象庁の季節区分別気温データ(https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/aut_jpn.html)を用いて、初認のピーク日と秋季気温の相関を分析した結果:(1)中部地方では、秋の気温が高い年ほど初認のピークが遅くなる傾向が確認されました(図3)。(2)関東地方では有意な相関は見られませんでした。

図3.初認のピーク日と秋季気温の関係。左、中部地方;右,関東地方。
長期観察者のデータから山地の多い地域の初認が早まっている
ここまで使用した解析データには、毎年の観察場所が決まっていないため、ばらつきが生じる可能性があります。そこで、より正確な傾向を把握するために、全体データの中からさらに絞り込みを行い、同じ県内で8年以上観察を続けている「長期観察者」の記録に注目して分析を行いました。
長期間にわたり記録を続けている参加者のデータを分析したところ、継年の変化が統計的に有意である場所がいくつかが確認されました。
その中でも、初認が早まっている(年ごとに負の相関が見られる)記録では、観察範囲に標高200m以上の山地が比較的多く含まれていることがわかりました。一方で、初認が遅くなっている(年ごとに正の相関が見られる)記録では、200m未満の平地が多くを占めていました。
また、鳥を見ている人たちのあいだでは、「平地ではまだ見かけない年でも、山の方ではすでにツグミが来ている」とよく言われていますが、こうした実感と今回の結果は一致しています。
なお、長期観察者の記録数には限りがあるため、本分析では、地域内の平均標高が200m以上の地点を「山」、200m以下の地点を「平地」として分類を行いました。
まとめと今後の課題
今年度では、「平地でのツグミの渡来が遅い年でも、山の方には早く来ている」という声をよく耳にしました。その現象は、気候変動による環境の変化と関連している可能性があります。例えば、年々気温が上昇することで、標高の高い地域でも食べ物が豊富になり、ツグミがすぐに平地へ降りてこなくなっている可能性が考えられます。ただし、この仮説を検証するためには、植物の分布や食物環境の変化も含めたさらなる解析が必要です。
おわりに
ツグミをはじめとする野鳥の行動は、私たちの暮らしや自然環境の変化を映し出す重要な“鏡”です。
今後も多くの方々に継続的な観察をお願いし、その記録が積み重なることで、鳥たちの生態への理解が深まり、未来の自然を守るための貴重な知見となることが期待されます。
引用文献
Sparks TH, Mason CF (2001) Dates of arrivals and departures of spring migrants taken from Essex bird reports 1950–1998. Essex Bird Rep 1999:154–164
Kobori, H., Kamamoto, T., Nomura, H., Oka, K., & Primack, R. (2012). The effects of climate change on the phenology of winter birds in Yokohama, Japan. Ecological Research, 27(1), 173–180. https://doi.org/10.1007/s11284-011-0891-7
Chambers, L. E., Beaumont, L. J., & Hudson, I. L. (2014). Seasonal changes in climate and avian migration timing. Climatic Change, 124(3), 671–683.
Husby, A., Kruuk, L. E. B., & Visser, M. E. (2009). Climate change and breeding: Disentangling environmental and genetic responses. Ecology, 90(10), 2715–2725.
Redlisiak, M., Remisiewicz, M., & Nowakowski, J. K. (2018). Long‐term changes in migration timing of Song Thrush Turdus philomelos at the southern Baltic coast in response to temperatures on route and at breeding grounds. International Journal of Biometeorology, 62(10), 1809–1820.