夏鳥のさえずりがにぎやかな季節になりました。夏鳥とは春から夏にかけて日本でヒナを育てる渡り鳥のことで、小鳥類では昆虫を主食にしている種が多く、日本で食物が少なくなる冬のあいだは主に温暖な東南アジア等で越冬しています 。こうした夏鳥を保全していくには、日本の繁殖地と東南アジアの越冬地、そして両方をつなぐ中継地の環境を守ることが必要です。最近10年ほどで、小鳥類の渡りルートの解明が進んできたのでその一部をご紹介しましょう。
超小型追跡装置の登場で小鳥の渡りルート解明が進んだ
小鳥類の追跡は昔から足環を使って行われてきましたが、ジオロケーターという1gにも満たない追跡装置が開発されたことで渡りルートの解明が進み始めました。 ジオロケーターはGPSのように正確な緯度経度を記録するシステムではなく、超小型の照度計のようなもので、照度と記録時間とを内蔵メモリに保存する仕組みになっています。このデータから日の出と日の入り時刻が分かり、そこから緯度経度を計算できるのです。しかし軽量化のため電波によるデータ送信機能がありませんから、装置を付けた鳥を再捕獲してメモリから読み出さないといけません。日の出・日の入り時刻を使った緯度経度の推定は数百キロ程度の誤差が出ることや、昼夜の長さが等しい夏至と冬至の前後では緯度が不明になるという欠点はあるものの、現在の追跡装置では最小のものになっています。それでは、これまでにジオロケーターで追跡された夏鳥の渡りルートを見てみましょう。渡りルートの地図は研究報告の文献を元にして、複数個体の渡りルートのおおまかな外周を囲ってあります。正確なルートの図は各文献を参照してください 。鳥の写真は三木敏史さんに提供していただきました。
コムクドリは巣箱を使う習性があるので、翌年に同じ繁殖地の巣箱にもどってきたところを再捕獲することができます。2012年と2013年に新潟市でジオロケーターを装着した12個体の追跡調査によると、繁殖を終えたコムクドリは7月に新潟から移動を始めましたが、すぐ海外へ渡るのではなく、いったんは新潟より西の九州までの範囲で夏の間を過ごしてから9~10月に渡りを開始しました(Koike et al. 2016)。そして南西諸島、台湾、中国の福建省を移動して10月下旬までに越冬地のフィリピン中南部とボルネオ島に到着しました。春の渡りは3月下旬に開始され、秋と同じコースを通って日本に戻ってきました。
ノビタキは2014年に北海道でジオロケーターが装着されました。翌年に帰還した12個体のデータによると、ノビタキは本州へは向かわず北海道から海を越えて大陸へと渡り、ハンカ湖周辺に一時滞在したあと、中国内陸を通って南下し、ベトナムで越冬していたことが分かりました(Yamaura et al. 2016)。
チゴモズは2018年に秋田県でジオロケーターを装着した3個体の追跡が行われました。秋の渡りでは3個体とも本州を南下後に朝鮮半島を通って中国大陸を南へ進み、インドシナ半島を経てボルネオ島に到達しました(谷口ら 2020)。そのうち1個体だけは春の渡りのデータも得られていて、ボルネオ島から南のジャワ島に移動してから、スマトラ島、インドシナ半島を経て、台湾、南西諸島を通り、ふたたび秋田へ戻ってきました。チゴモズの追跡調査はその後も継続中ですので、最終結果の発表を楽しみにしています。
バードウォッチング記録も渡りルートの手がかりに
夏鳥の渡りルートは追跡装置を使った調査のほかに、バードウォッチング記録からも推測することができます。繁殖分布が広い種では渡り・越冬範囲のどこが日本で繁殖する個体群の居場所か分かりませんが、繁殖分布が日本周辺に限られる種は、海外で観察された場所が中継地や越冬地である可能性が高いと考えることができます。さえずらない越冬期は識別が難しい種もありますから、鳴き声を聞かなくても姿形を見間違えないと思われる種について、世界中のバードウォッチャーが記録を登録しているeBirdのデータを使って観察記録のマップを作ってみました。
キビタキは日本と朝鮮半島、中国沿岸部で繁殖し、フィリピンからインドネシアにかけて越冬していることが分かります。インドネシアはeBirdの観察記録が少ないので、この地図ではジャワ島にしか点が落ちていませんが、実際の越冬分布はもっと広いかもしれません。面白いのは、黄色で示した秋の記録は台湾~フィリピンに多く、オレンジで示した春の記録がインドシナ半島から中国南部沿岸に多いことです。山浦悠一さんたちが実施したキビタキのジオロケーター追跡でも、このような時計回りの渡りが確認されているそうです。
オオルリは日本の九州以北と朝鮮半島、ロシア沿海州で繁殖し、フィリピンとインドシナ半島より南で越冬記録があります。南西諸島では渡り時期の記録も少ないので、日本へは朝鮮半島経由で渡ってくるのかもしれませんね。
エゾビタキは日本で繁殖していませんが、よく見られる旅鳥なので分布図を作ってみました。東アジアのロシアから中国にかけて繁殖地があり、越冬地はフィリピンからインドネシア東部の島々にかけての地域のようです。
中継地や越冬地の保全
1997-2002年に実施された第二回鳥類繁殖分布調査では、サンコウチョウ、サンショウクイ、アカショウビン、アオバズク、ヨタカ、ヒクイナ、チゴモズ、アカモズ、シマアオジなどの夏鳥の減少が懸念されていました(Higuchi & Morishita 1999)。2016-2021年の第三回調査ではサンコウチョウやアカショウビンのように数が回復した種もありますが、アカモズのように危機的な減少が続いている種もあり、渡りルートや越冬地を解明する必要性が指摘されています(BRNews 2020年11月: 5)。
前述のキビタキのジオロケーター追跡の発表で、山浦さんは「遠くの場所の保全問題を扱うことは持続可能な発展を達成するための重要な挑戦である。しかし、この課題は心理的な距離の増加によって妨げられる」という指摘をされています。私たちは身近な自然の問題には敏感ですが、夏鳥が越冬している海外の自然を守るために行動することは少ないのではないでしょうか。東南アジアの自然は保護区設置のような直接的な保全活動以外にも、持続可能な手段で生産された製品を選んで購入するというエシカルな消費によっても守っていくことができます。日常の消費行動を変えることで、私たちが野鳥の生息地保全に果たせる役割は小さくないのではないでしょうか。東南アジアで持続可能な農法によってどのくらいの野鳥が守られているかを明らかにするために、バードリサーチでもフィリピンの森林農法で生産しているコーヒー農園で鳥類調査を始めています(BRnews 2023年1月: 4)。
参考文献
谷口裕紀, 原田俊司, 柏原聡, 横山陽子, 大坪二郎, 田悟和巳, 樋口廣芳 (2020) ジオロケーターによる絶滅危惧種チゴモズの渡りルートの推定. いであ株式会社 i-net 56:2-3. (オンライン) https://www.ideacon.co.jp/technology/inet/2016-2020.html
山浦悠一, 庄子康, Heiko SCHMALJOHANN, 雲野明, Richard T YAO, Ding Li YONG, 河村和洋, 北沢宗大, 佐藤重穂, 青木大輔, 岡久雄二, 髙橋正義, 藤間剛, 先崎理之, 曽我昌史 (2023) 地理的に離れた国の保全活動の社会的支持をいかに促進するか?東アジアの渡り鳥の事例. 日本生態学会第70回全国大会講演要旨. (オンライン) https://esj.ne.jp/meeting/abst/70/C03-11.html
eBird Basic Dataset. Version: EBD_relFeb-2023. Cornell Lab of Ornithology, Ithaca, New York. Feb 2023.
Higuchi H and Morishita E (1999) Population Declines of Tropical Migratory Birds in Japan. Actinia 12: 51–59.
Koike S, Hijikata N, and Higuchi H (2016) Migration and Wintering of Chestnut-Cheeked Starlings. Ornithological Science 15:63–74.
Yamaura Y, Schmaljohann H, Lisovski S, et al (2017) Tracking the Stejneger’s stonechat Saxicola stejnegeri along the East Asian–Australian Flyway from Japan via China to southeast Asia. Journal of Avian Biology 2017:197-202.