バードリサーチニュース

ウグイスのさえずり時期への積雪の影響

バードリサーチニュース 2023年3月: 2 【活動報告】
著者:植田睦之

今年の春は暖かですね。そのためツバメの初認も今のところ早いようです。
 春の暖かさは森の鳥のさえずり時期にも影響します。2022年8月のニュースレターで書きましたが,夏鳥のさえずり時期の早遅は5月の気温の影響を受けていることことがわかっています(植田 2022)。ただ,この記事でも少し書いたように,特に,藪など森の低いところに生息する鳥については,気温だけでなく,積雪の多さもさえずり時期に関係しそうですが,その影響はわかっていません。そこで,2011年から毎年4月から6月のあいだ行なっているCyberforestのライブ音配信の聞き取り調査の結果を集計したところ,ウグイスのさえずり時期には,気温ほど強くはないものの積雪が影響していることが見えてきました。

ライブ音の聞き取り調査

 この調査は,東京大学などが行なっているCyberforestの森の音のライブ配信を聞き取って,鳥のさえずりの季節変化,日変化を明らかにする目的でバードリサーチが行なっているものです。2011年以降,毎年4月から6月まで実施していて,埼玉県秩父,山梨県山中湖,長野県志賀高原,北海道富良野を日替わりで巡りながら,毎朝聞き取りをしています。調査するだけでなく,参加することで鳥の声の学習や復習にも役立ちます。ネット環境さえあれば,どなたでも参加できますので,興味ある方はご参加ください。

https://www.bird-research.jp/1_katsudo/forest/index.html

 今回はこの中から,積雪の多い志賀高原の情報を使って,さえずり時期に積雪が与える影響を見てみました。北海道富良野のデータも使えるかと思ったのですが,富良野でウグイスやヤブサメなどが鳴き始める4月下旬には,もうほとんど積雪は無く,使うことができませんでした。

ウグイスには積雪が影響

 志賀高原に生息する鳥で,積雪が影響しそうな下層植生に生息する鳥には,ウグイスとクロジがいました。そこで,これらに加えて,この2種よりはやや遅いものの早めにさえずりだす夏鳥のキビタキについて,さえずりが活発になった日(さえずり頻度がピークの50%を越えた日)と4月や5月の平均気温,積雪深(4月1日時点,4月平均,5月1日時点)の関係について「モデル選択」という関係の深い要因を抽出する手法を使って検討しました。
 その結果,ウグイスとクロジのさえずり時期には4月の気温が強く影響していて,キビタキには5月の気温が影響していることがわかりました。キビタキのさえずり時期はやや遅いので,4月ではなく,5月の気温が影響したのだと思われます。さらにウグイスについては,気温ほどではありませんが,4月1日時点の積雪深も影響していました。それに対して,クロジとキビタキには,積雪の影響はありませんでした。

図1 ウグイスとクロジのさえずり時期と4月の気温,積雪との関係.4月1日時点での積雪深が100cm未満の年を雪の少ない年として示した。モデル選択の結果,両種で4月の平均気温が正の影響(暖かいとさえずり時期が早くなる)として選択され,ウグイスではそれに加え,4月1日の積雪深が負の影響(雪が多いと遅くなる)として選択された。ウグイス:小松周一,クロジ:三ツ井政夫

 

 図1には,ウグイスとクロジの4月の気温とさえずりが活発になった日との関係を示していますが,ウグイスでは4月1日の積雪深が1m未満の積雪の少ない年(○)の点の位置が回帰直線よりも下の方にあることが多く,積雪が少ないと早くから鳴く傾向があることがわかります。それに対して,クロジは上下に散らばっていて,あまり積雪の影響がないことが伺えます。

 なぜクロジでは積雪の影響がでなかったのでしょうか? クロジは笹薮よりも高い樹上の茂みでもさえずるなど,ウグイスより高い場所でさえずるので,ウグイスよりも積雪の影響が小さいのかもしれません。しかし,少なくとも冬に見る限り,採食は地面に近い場所でしているので,積雪が採食を通してさえずり時期に影響しそうに思います。この時期のクロジの採食行動を観察したら,その理由が見えてくるかもしれません。

積雪のさえずり時期への影響は限定的?

 志賀高原で積雪の影響が検出されたウグイスについて,北海道富良野についても解析してみました。富良野は志賀高原のようには積雪が多くないだけに,さえずり時期に影響していたのは,4月の気温だけで積雪の影響は検出されませんでした。これらの結果だけみると,一部の雪の多いところ以外では積雪はさえずり時期を決める要因として重要でないように思えてしまいます。でもそうなのでしょうか? 今回示したのは各地点での年によるさえずりの早遅という細かいスケールでの影響です。積雪の多い地域では全体的にさえずり時期が遅いなど,もっと大きいスケールでの影響を否定するものではありません。全国鳥類繁殖分布調査と越冬分布調査の分布図を比較すると,留鳥および漂鳥の繁殖期から越冬期の分布の南下度合は,藪に生息する鳥が最も大きく(図2),少なくとも積雪は,藪を利用する鳥の冬の分布に影響していそうです(寒さの可能性もありますが積雪の方がありそう)。そうした冬の分布を通して,全国スケールでのさえずり時期に積雪が影響するかもしれません。現在,気温を基にしたウグイスの初鳴き予報を出していますが(https://www.bird-research.jp/1_katsudo/kisetu/yosoku2023.html)北の方ほど予報のはまりが悪いのもそうしたことを意味しているのかもしれません。今後,広域のさえずり時期に与える積雪の影響についても考えていきたいと思います。

図2 日本に生息する留鳥および漂鳥の繁殖期と越冬期の分布変化の度合い。縦軸の数値は,繁殖期の分布の中心(緯度経度をたした値で示す)と越冬期の分布の中心との差を示し,この値が大きいほど,越冬期に南に分布を移動していることを示す。図の箱の中の横線が中央値を示し,藪を利用する種がほかの環境を利用する種に比べて,越冬期により南に移動していることがわかる。