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温暖化でヤマガラの繁殖成功率は低くなる?

バードリサーチニュース 2022年10月: 1 【活動報告】
著者:植田睦之

巣にエサを運ぶヤマガラ(撮影:三木敏史)

 バードリサーチでは,環境省のモニタリングサイト1000事業と連携して,埼玉県の秩父演習林のブナ林で,ヤマガラの繁殖時期のモニタリングをしてきました。この調査は2010年から継続して実施してきたのですが,ここ2年は,演習林の林道が崩落し,巣箱を調査地まで搬入することが難しくなり,実施できていませんでした。林道が復旧し,今年,3年ぶりに調査を実施することができました。
 これまでの調査で,ヤマガラは暖かい年ほど早く繁殖することがわかっていました。これは一見すると温暖化にもうまく対応できているように思えます。しかし,データがたまったことで,暖かい年には繁殖成績が悪くなる可能性も見えてきました。

巣箱の底の温度ロガーで繁殖をモニタリング

 この調査を実施しているのは,奥秩父の標高1200mに位置するブナ林です。こうした高標高の場所は,気候変動の影響を受けやすいだろうと,鳥類相の変化とあわせて,巣箱による繁殖時期のモニタリングも継続しています。夜にはコノハズクの声も聞くことのできるとても良い環境の場所ですが,それだけに,アクセスも大変で,調査地に足しげく通うのは簡単ではありません。そこで,温度ロガーを使ってヤマガラの繁殖時期をモニタリングしています(植田 2014)。巣箱の底に分厚い硬貨くらいのサイズの温度ロガーがつけてあって,2時間に1回温度を計測し,記録しています(図1)。ヤマガラが巣箱に営巣し,抱卵を始めるとヤマガラの体温でわずかに巣箱の中の温度が上がります。そして,ヒナが生まれるとヒナの体温で温度がさらに上がります。そして巣立つと温度は外気温と変わらなくなります。こうした変化を見ることで,巣箱のヤマガラがいつ巣立ったのか,そして,繁殖に成功したのかどうかがわかります(図1)。

図1 温度ロガーの記録の例,巣箱内の温度と外気温との差でヤマガラの育雛状況がわかる。写真左側は温度ロガーと造巣中のヤマガラの巣。右側は孵化したヒナ。ヒナが孵化すると,親が巣から外に出るためか,一時的に温度が下がり,その後ヒナの成長とともに上昇。ヒナの羽毛が生えそろうと,その断熱効果で巣箱内の温度がやや下がってきて,巣立つと外気温と変わらなくなる。

 

暖かい年は繁殖が早く,繁殖成績が悪い

図2 ヤマガラの巣立ち日,繁殖成功率と積算気温の関係

 こうして蓄積したデータを集約すると,ヤマガラの巣立ち時期は,ヤマガラが繁殖を開始する時期である4月末までの積算気温(1月1日からの5度以上の気温を積算したもの)と相関し,暖かい年ほど早く繁殖するすることがわかりました(図2a)。積算気温は植物や昆虫の生育とも関係が深いので,それに応じて変化しているとすると,ある程度温暖化に対応できそうに思えます。しかし,そうでもないかもしれないというデータも出てきました。暖かく,早く繁殖した年は繁殖成功率が低いという傾向が見えてきたからです(図2b)。もしそうだとすると,温暖化が進むとヤマガラの繁殖失敗が多くなり,ヤマガラが減ってしまうことにつながるかもしれません。
 失敗の原因は,この調査では巣箱の温度を見ているだけでなのでわかりません。しかし,失敗した巣には卵が残されており,産卵期から抱卵期にかけての失敗と考えられること,巣内は荒らされておらず,テンなどによる捕食ではなさそうなことを考えると,早い時期に放棄されたのだと思われます。暖かい年に早く繁殖した場合,寒さがぶり返して雪が降ったりすることがあります。そんな時に放棄してしまうのでは,と想像しています。現状では秩父のヤマガラはやり直し繁殖はしないようです。しかし,繁殖が早くなれば,やり直し繁殖もするようになるかもしれません。そうすると,繁殖失敗の影響は小さくなってくるかもしれず,ヤマガラ個体群への影響は単純ではないかもしれません。今後も継続してモニタリングをして,影響を明らかにしていきたいと思います。

 

コラム:温暖化が進むとどれくらい繁殖が早くなる?

 気温と繁殖状況の関係が見えてくると「温暖化がすすむと将来どうなってしまうのだろう」と思いますよね。「農研機構 メッシュ農業気象データシステム」https://amu.rd.naro.go.jp/では,日本全国の気温などの将来予測が公開されています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による温暖化予測にはいくつかのシナリオがありますが,ここには最も気温上昇の低いシナリオ(RCP2.6)と高いシナリオ(RCP8.5)の予測が公開されていて,その情報をもとに推測してみました。

図3 温暖化シナリオ別のヤマガラの巣立ち時期の将来予測。オレンジが気温上昇の低いシナリオ,赤が高いシナリオに基づく予測。○が現在は実測値,各年代は5年分の予測日,横線が中央値。

 現在より気温が高くなってもヤマガラの気温に対する繁殖時期の反応が同じように続くことを仮定して,データ量の多い,繁殖時期について相関式をもとに将来の繁殖時期を推測すると,2050年では現在よりやや繁殖時期が早くなる程度でそれほど変化はありませんが,気温上昇の高いシナリオでは,2100年には半月ほど早くなりました(図3)。
 実際は相関式で予測できるほど単純なものではない可能性もありますし,また,最大排出量の2100年の予測では,潜在自然植生が現在の植生であるブナ帯ではなく,照葉樹林帯になってしまうほどなので,影響は大きそうです。将来そうならないためにも,個人レベル,世界レベルでの温室効果ガスが増えないようにする取り組みをしていく必要がありますね。