北海道から北日本のハクチョウ飛来地で、かつて給餌場での餌やりは冬の風物詩で、観光名所になっている場所もありました(図1)。野鳥に餌を与えることにはいろいろな意見がありますが、きらきら光る羽毛の1本1本が見える距離でハクチョウやカモを観察することができて、私は彼らの美しさに感動したものです。しかし、今ではそうした光景が見られる場所は少なくなりました。鳥インフルエンザ対策として2008/09年の冬から、ほとんどのハクチョウ給餌場で給餌が自粛されるようになったためです。野鳥に餌をやることに法的な規制はありませんが、都道府県から「お願い」という形で出された自粛要請により、すべてではありませんが、多くの給餌場の運営組織が給餌を中止しました。その結果、ハクチョウと一緒にいたオナガガモの越冬分布が激変し、かつて東北地方全体で越冬していたオナガガモの多くが茨城県と千葉県に集中するようになっています。今年3月のニュースでオナガガモの分布に変化が起きたことをお伝えしましたが、現在作成中の環境省のモニタリングサイト1000ガンカモ類調査の報告書で詳しい解析を行っていますので、新たに分かってきた内容をご紹介しましょう。
北海道・東北地方のオナガガモが関東へ移動
前回の記事では、給餌自粛後にオナガガモが茨城県、千葉県や西日本に移動していることを紹介しましたが、オナガガモの越冬数は関東より北に多いので、今回はこの地域での個体数変化を詳しく分析することにしました。毎年1月中旬に実施されている環境省のガンカモ類の生息調査(通称、ガンカモ一斉調査と呼ばれています)の記録を使って、2006年1月から2017年1月までのオナガガモの個体数を統計的に分析したところ、オナガガモが有意に減少したのは北海道、青森、秋田、岩手、山形、福島、群馬、埼玉の8県、増加したのは茨城、千葉、栃木の3県でした。東京でも減少しているのですが、鳥インフルエンザによる給餌自粛が起きる以前から東京の都市公園ではカモ類への給餌縮小が続いていたため解析対象から除外しています。これらの県の個体数変化を図1に示します。個体数が減少している県では給餌自粛が広まった2008/09年(2009年1月の調査に対応)から個体数が大きく減少しています。岩手・宮城では同時期に一時的な個体数の増加が起きてから再び減少していいます。一方、茨城・千葉では給餌自粛から数年経過してから個体数の増加が起きています。
オナガガモの増減があった越冬地は、給餌の有無と関係があったのでしょうか。各県で解析期間中の最大個体数が上位の5地点につき、給餌と個体数増減の関係を調べました(図3)。「給餌場あり」は行政や民間団体の組織的な給餌がある場所で、給餌が自粛された場所と継続中の場所があるはずですが、すべての場所について給餌の継続状態まで確認することができなかったので、給餌場があるかどうかだけで分類していますが、各地のWebサイトの情報をみたところ、多くの場所で給餌が中止されているようでした。個体数の増減については、給餌自粛前の2006~08年と現在に近い2015~17年の各3年平均値の差が2倍以上である場合に増加または減少、それ以外を不変と定義しました。すると、オナガガモが減少した越冬地は給餌をしている場所が多いのに対して、増加した越冬地は給餌のある場所もない場所もあって、給餌とは関係がなさそうなことが分かりました。
オナガガモは雪の少ない地域に移動した
図4は、ガンカモ類の生息調査が実施される直前の各年1月1~15日の最大積雪です。このグラフを見ると、オナガガモは積雪の深い県から、雪がほとんど積もらない県へと移動したことが分かります。給餌場は水田地帯の河川や湖沼にあり、彼らは給餌を受ける以外にも水田へ行って落ち籾などを食べていたのですが、雪が積もると水田で食物を探すことが難しくなります。給餌がなくなれば雪深い場所に留まる理由もないため、雪の少ない地域へ移動したのだと考えられます。実はオナガガモだけでなく、ハクチョウ類も給餌自粛後は雪の少ない太平洋側、特に宮城県で数が増えているのですが、オナガガモほど大きな変化は見られません。体が大きく首が長いハクチョウ類は、雪が積もっていても水田で採食できるからだと思われます。以上の結果はモニタリングサイト1000の報告書で詳しく解説されますので、公開されたら改めてお知らせいたします。
茨城県と千葉県に越冬が集中することへの危惧
次に、給餌自粛の結果として起きたオナガガモの越冬地移動について私が危惧していることを説明したいと思います。ひとつめはオナガガモへの影響、ふたつめは人間への影響です。
給餌自粛前に全国で20万羽いたオナガガモが現在は15万羽になっています。個体数の減少には複合的な原因があるでしょうし、オナガガモの新しい越冬地で調査から漏れている場所もあるかもしれません。しかし突然に給餌がなくなったことでオナガガモの死亡率が高まった可能性があります。個体数が減少した7県では2008年の9万羽から給餌が自粛された2007年には5万羽になり、2017年には2万羽になりました。何万羽ものオナガガモが移動を始めて千葉と茨城に定着するまでのあいだには、よい餌場を見つけられずに命を落とした個体も多かったかもしれません。下記の動画は千葉県の夏目の堰をねぐらにしているオナガガモが近くの水田で採食しているようすです。一月後半になって、もう落ち籾がないためか、水田の泥を掘り稲の根を食べているようです。千葉、茨城、栃木のオナガガモは2008年の1万7千羽から2017年には5万7千羽へと増加しているので、この地域に十分な餌があるのかも心配です。
動画は2018/01/29千葉県東庄町にある夏目の堰そばの水田で撮影。
もうひとつの危惧は、オナガガモの越冬地移動により高病原性鳥インフルエンザが養鶏場に侵入する危険を高めたかもしれないことです。茨城県と千葉県は全国有数の養鶏業が盛んな県です。図5に示すように、オナガガモは以前は養鶏場が少ない県に多かったのですが、いまは養鶏場が多い県で多くなっています。オナガガモが高病原性鳥インフルエンザを運んでいるかは分かっていませんが、給餌自粛が鳥インフルエンザ対策として行われたことを考えると、目的に反する結果になってしまったかもしれません。
科学的な知識に基づく野生生物管理が必要
前述したような問題は、本来ならば給餌自粛を実施する前に検討しておくことではないでしょうか。野鳥への給餌を減らす試みには参考になる事例があります。北海道の釧路湿原周辺では冬期にタンチョウに給餌を行ってきました。しかしタンチョウが集まる場所で伝染病が発生する危険などを考え、越冬地を分散させる目的で2015-16年の冬から給餌量を毎年10%削減し、5年で半分の量にまで減らすことが行われています(“餌減らしてタンチョウ分散” 朝日新聞2015年11月20日)。この計画は専門家の検討によって立案され、さらに段階的に給餌量を削減しているあいだも影響調査を続けて、給餌量の削減はタンチョウの生息状況を見定めながら判断することになっています。野生生物に生息地を変えさせるような施策を実施するには、科学的な知識に基づく計画立案と、実施段階でのモニタリング調査による弾力的な計画の修正が必要です。何が起きるかを予測をしないで突然に給餌をやめたことで、オナガガモにも養鶏場にも悪影響を及ぼしている可能性があります。いまからでも現状の調査を行い、今後の計画を立てることが必要ではないでしょうか。