バードリサーチニュース

図書紹介:「おしどり夫婦」ではない鳥たち 濱尾章二著

バードリサーチニュース2018年10月: 4 【図書紹介】
著者:佐藤望

 「おしどりは毎年ペアを変えているから、オシドリ夫婦って言葉は使わない方がいい」
鳥の研究を始めた頃に指導教員にオシドリの生態について教えてもらって衝撃を受けた事を今でも覚えています。それから10年以上、鳥の研究を行ってきましたが、たくさんの驚きに出会いました。
 今回はそんな鳥に関する驚きが満載の、「「おしどり夫婦」ではない鳥たち」を紹介します。本書は鳥の様々な行動がどういう理由で進化してきたのかを国内外の研究成果を紹介しながら解説されています。国内の研究者が多く登場するのが本書の特徴で、バードリサーチの植田、佐藤の若かりし頃の研究もでてきます。

 多くの鳥は人と同じように一夫一妻制で、両親が子育てをしますが、それだけではなく、不倫や浮気、子殺しなども行います。本書では、それらをどういう理由で行っているのか、なぜ、進化してきたのかを行動生態学の視点から解説しています。また、まだメカニズムが明らかになっていないオスメスの産み分けに関する知見などの最新の研究も紹介されています。最先端の研究はなんとなく難しいように敬遠されがちですが、本書では非常に分かりやすく解説されており、おそらく鳥類の知識がほとんどなくても楽しむことができると思います。専門的な本でありがちな、最初は分かりやすいけど、だんだん難しくなって途中で投げ出したくなる、という事はありません。専門家でない方がつまずきやすいところを丁寧に説明しています。

 本書は国内の研究事例が非常に多いのが特徴です。たとえば1章では上田恵介氏、著者の濱尾章二氏、成田章氏、2章では長谷川克氏、油田照秋氏、藤岡正博氏、中村雅彦氏の研究が紹介されています。またそれぞれがどのような調査をしていたのかも詳細されています。1例を上げると、4章に登場する佐藤については「ガッツのある若者で、マングローブ林を歩き回って巣を探し、卒業研究としてこの研究をまとめました。さらに大学院では、熱帯での托卵研究を発展させようと、独力でニューカレドニアに調査地を設置し、協力体制を作り上げ、(以後省略)」と紹介されています。これは、あとがきに書かれている「目を覚ましている時間の大半は研究のことを考えているという生活を何年もして仕上がったのが、この本で紹介したひとつひとつの研究成果」という事を一般の方に伝えたかったのでしょう。こういった努力量を知る事ができるのも本書の特徴でしょう。

 次にバードリサーチが行っているプロジェクトにも関連する研究が紹介されている、5章の「人間生活の影響」について紹介します。ここでは都会に繁殖しているシジュウカラなどの苦労話?の例をあげています。たとえば、都会の餌(幼虫)は環境が豊かな場所の餌よりもカルテノイドの含有量が3割少なく、都会で育った雛は色が鈍いそうです。また、カルテノイドは環境によるストレスに対抗する際にも消費されるため、重金属や騒音などによるストレスが多い都心では、カルテノイドが他の環境よりも多く消費されやすい事が考えられます。2章で紹介されている通り、カルテノイドの摂取量と体の色の鮮やかさと関係しており、メキシコマシコでは鮮やかなオスほどメスにもてます。カルテノイドが不足しやすい都会では、様々な苦労が想像できます。

 都会の子育てが大変なのは、以前、バードリサーチがおこなった「子雀ウォッチ」調査の結果からも読み取れます。全国から406の記録があつまり、そのうち、商業地では巣立ち雛数は1.41羽、住宅地では1.81羽、農村では2.13羽でした(三上ら2011)。都会のスズメもカルテノイド不足などが巣立ち雛数と関係しているのかもしれません。

 そして最後は地球温暖化の影響について紹介されています。新潟県で27年間、コムクドリの初卵日を調べた結果、産卵開始半月ほど早くなったことが紹介されています。地球温暖化は植物の開花や昆虫の発生時期や分布にも影響を及ぼしているため、繁殖期に必要な餌資源を獲得するために、繁殖期を変えていると考えられます。しかし、本書では繁殖期を調整しきれていない鳥(マダラヒタキ)についても紹介しており、これは渡来時期を調節できていない事が原因だそうです。バードリサーチでも季節前線ウォッチを継続的に行っており、これまでのデータから鳥類の種類によって、気温と渡りの時期が相関している種(ツバメなど)とそうでない種(ホトトギスなど)がいる事が分かってきています。

 最後は半分、バードリサーチの宣伝になってしまいましたが、本書は一貫して読みやすく、多くの最新の研究が分かりやすく紹介されています。この本の前提にある、行動生態学は実は理論的な学問なので、理解するのは実は難しいのですが、本書は実例を出しながら、かみ砕いて説明しており、気づいたら、行動生態学の基本的な考えである、「種にとって有利か不利かとは関係なく、個体にとって自分の子を多く残す性質であることが、進化においては重要(はしがきより)」を理解できているかもしれません。バードリサーチの会員さんにはもちろんですが、鳥類学や進化に興味のある、高校生や大学生には是非、読んで頂きたい1冊です。

「おしどり夫婦」ではない鳥たち 濱尾章二著
濱尾章二 著
岩波書店
1,200円(税抜)