野鳥の個体数と幼鳥率は個体群変動を予想する手がかりになる数値ですが、大半の種では野外観察で成鳥と幼鳥を識別できないため個体数だけのモニタリング調査を行っています。ハクチョウ類では当年生まれの幼鳥は灰色をしているため成鳥と幼鳥を区別して数える調査が行われていますが、そのおかげで日本で越冬するオオハクチョウとコハクチョウはロシアにある繁殖地の気温が上昇した年に幼鳥率が高まることが分かりました。そのため、両種の個体数がこれまで増加を続けてきたのは繁殖地の気候が温暖化していることが一因であることが考えられています。ハクチョウ類と同じ極東ロシアで繁殖するマガンも数が増えており、同じように温暖化の影響があるのかもしれません。一方、カモ類も同じ地域で繁殖していますが、ハクチョウ類やマガンに比べると、それほど数が増加している種は見当たりません。カモ類の幼鳥率が分かれば、彼らの個体数が増えない理由の手がかりになるはずです。ガン類やハクチョウ類と違ってカモ類は成鳥と幼鳥の羽色の違いが小さいため野外観察で識別することが困難ですが、ヒドリガモのオスは雨覆の色の違いから成鳥と幼鳥を識別することができます。この識別方法を使って実施した、昨年に続いて2年目になるヒドリガモの幼鳥率調査の結果を報告します。
調査地と調査方法
2018年1月から4月にかけてオスのヒドリガモの成鳥・幼鳥を数える調査を行い、24名の調査員の皆さんから全国36カ所の調査結果が届きました(図1)。調査地は関東と関西に多くなっていますが、ヒドリガモは寒い地方では越冬数が少ないので、関東以西に調査地が多いのはそのせいと考えられます。西日本の中国以西の調査地が少ないのはやや残念でした。調査方法は、ヒドリガモのオスが20羽以上いる生息地でオスの成鳥と幼鳥の数を数えるというものです。ヒドリガモのオスは、成鳥の雨覆が白色、幼鳥は褐色をしているので区別が可能です(図2)。雨覆が隠れている場合もあり、距離が遠いと雨覆が隠れているのか褐色なのかの区別が付きにくいので、近距離で観察することが必要です。
2018年のヒドリガモ幼鳥率
2018年1-3月の幼鳥率は0~57%で中央値は14%でした(図3)。4月は調査件数が少ないので中央値の集計には含めませんでした。それから、昨年の調査では1~3月にかけてわずかながら幼鳥率の上昇が見られましたが、今年の調査では3月末から4月にかけて幼鳥率が高くなった調査地がありました(図4)。1月に幼鳥率が30%以上だった4つの記録は同一調査地なので、偶然幼鳥の多い場所があったのかもしれません。しかし春に幼鳥率が高かった4つの記録は別の地点であるため、この時期の調査地点数は少ないものの、幼鳥率が高まっている可能性があります。
ガンカモ類の幼鳥率
そもそもガンカモ類の幼鳥率はどのくらいなのか、報告されている事例を見てみましょう。モニタリングサイト1000ガンカモ類調査、アメリカユタ州の狩猟調査、イギリスの野外観察で分かったガンカモ類の幼鳥率を表1にまとめました。海外の調査についてですが、北米大陸では狩猟されたカモの性別と年齢を行政機関が継続的にサンプル調査しています。幼鳥の方が狩猟されやすいため、渡りの経路を進むほど幼鳥が撃たれて減っていく状況になっており、幼鳥率は南へ行くほど、さらに季節が進むほど下がっていきます。表1の数字は幼鳥率が低い南部のユタ州において、さらに秋より幼鳥率が下がる12月に狩猟されたカモの幼鳥率です。狩猟により幼鳥率が下がるのはヨーロッパでも同様で、繁殖地に近いデンマークからイギリスへ渡るヒドリガモでは、途中で幼鳥の方が撃たれやすいためにデンマークよりもイギリスの方が幼鳥率が低くなっています。それから注意すべきなのは、幼鳥率は調査方法によって異なるということです。イギリスの調査で狩猟、罠による捕獲、野外観察の3つを比較したところ、幼鳥は撃たれやすいので狩猟で回収されたヒドリガモでは幼鳥率が高く、捕獲と野外観察は同程度でした。
表1.ガンカモ類の幼鳥率
種名 | 地域 | 時期 | 手法 | 幼鳥率 | 文献 |
オオハクチョウ | 日本 | 2017/18 | 野外観察 | 18%(中央値) | 環境省. 2018 |
マガモ | ユタ州(米国) | 1946/47-1949/50 | 狩猟 | 27%(平均値) | Bellrose et al. 1961. |
オナガガモ | ユタ州(米国) | 1946/47-1949/50 | 狩猟 | 25%(平均値) | Bellrose et al. 1961. |
コガモ | ユタ州(米国) | 1946/47-1949/50 | 狩猟 | 25%(平均値) | Bellrose et al. 1961. |
ヒドリガモ | イギリス | 1987/88-2001/02 | 野外観察 | 20-30%(平均値) | Mitchell et al. 2008. |
日本のヒドリガモ幼鳥率は低いのではないか?
オオハクチョウは4-6歳で初めて繁殖し、個体群全体で見ると数十パーセントしか繁殖していません。それに比べてヒドリガモ1歳から繁殖できるため個体群の大半が繁殖に参加しているはずなのに、日本のヒドリガモの幼鳥率がオオハクチョウと同程度というのは低いという気がします。イギリスのヒドリガモ幼鳥率やアメリカ南部のカモ類の幼鳥率に比べても低めです。そこで幼鳥率が低い理由を三つ考えてみました。ひとつめは幼鳥が多く死んでいる場合で、繁殖地の捕食圧が高い可能性と、狩猟圧が高い可能性があるでしょう。後者については、近年の日本のヒドリガモの狩猟数は毎年3千羽程度なので幼鳥率に影響を与えるほどとは考えられませんが、ロシアは狩猟が盛んに行われているため、日本に渡る前に撃たれる幼鳥は多いかもしれません。環境省のガンカモ類の生息調査で見てもヒドリガモの数は最近10年ほどは減少傾向にあるのですが(図5)、幼鳥の死亡率が高いためなのかもしれません。ふたつめは、日本は越冬地の北限にあるため幼鳥が少ないのではないかということです。ヒドリガモの越冬分布は中国南部までありますから、幼鳥は餌の草本や水草が豊富な南の地域に多いのかもしれません。三つめはこの調査の識別精度が正しくない場合で、オス幼鳥の中には雨覆が褐色ではなく、成長と同じ白色になっている個体がいるかもしれないということです。イギリスで調査されたヒドリガモはすべての幼鳥の雨覆が白かったのかもしれませんが、鳥類では繁殖個体群が違うと換羽の進行が異なるため、日本で越冬するヒドリガモの繁殖個体群の中に幼鳥の雨覆の換羽が早い個体群がいたとしたら、幼鳥を成鳥と見誤る結果になったのかもしれません。それから月が進むにつれて幼鳥率が上がるのは、前述のように南に幼鳥が多い場合は彼らが北上してきているせいかもしれません。あるいは成鳥の方が早く繁殖地への移動を始めるので、幼鳥が取り残されたからだということも考えられます。
この二年の調査は、個体数を数える従来のモニタリングに加えて、群れの年齢構成を調べるという新しい試みでした。飼育されているヒドリガモや、狩猟されたヒドリガモを調べることで幼鳥の雨覆が白くなることがあるかを確認した上で、将来は継続的な幼鳥率のモニタリングを実施していけないかと考えています。
参考文献
Bellrose F, Scott T, Hawkins A & Low J (1961) Sex ratios and age ratios in North American ducks. Illinois Natural History Survey Bulletin 27:391–486.
Mitchell C, Fox AD, Harradine J & Clausager I (2008) Measures of annual breeding success amongst Eurasian Wigeon Anas penelope. Bird Study 55:43–51.
環境省(2017)第47回ガンカモ類の生息調査報告書. 環境省自然環境局生物多様性センター, 山梨県.
環境省(2018) 平成29年度モニタリングサイト1000ガンカモ類調査 2016/17調査報告書. 環境省自然環境局生物多様性センター, 山梨県.