日本で越冬する二種のハクチョウ類のうち、オオハクチョウは湿地を好む習性が強く、浅海域に生育するアマモや湖沼の水草類を好んで食べます。他方のコハクチョウは水田を餌場にすることが多く、稲の落ち籾や二番穂、水田に生える雑草などを食べています。これらは一般的な習性ですが、両種とも状況に応じて湿地や水田を餌場として利用することもよく見られます。ところが、埼玉県深谷市を流れる荒川で越冬するコハクチョウは川底の石に付着した藻類を食べているようなのです。こうした習性は日本の他の越冬地では知られていないことです。
深谷市のコハクチョウ
埼玉県には二か所のハクチョウ飛来地があります。ひとつめが今回ご紹介する深谷市の荒川で、群馬県と接する埼玉県の北端に位置しています。もう一か所はそこから約20km南にある県中部の川島町を流れる越辺川(おっぺがわ)です。川島町のコハクチョウは他の越冬地と同じく、朝飛び立って水田の落ち穂を食べ、午後になると越辺川に帰ってきます。ところが、深谷市のコハクチョウは日がな一日川に居て、川底の付着藻類を食べているらしいのです。付着藻類は光合成をする単細胞や多細胞の小さな生物の群集で、川底の石がヌルヌルしているのは藻類が張り付いているせいです。今年1月に石川県羽咋市で開催された日本白鳥の会の集会で、深谷市在住の並木さんご夫婦からその話を伺って、ぜひ見てみたいと思い、並木さんの案内で2月25日に深谷市の荒川にある飛来地を観察してきました。
コハクチョウの越冬地になっている場所は深いところでも大人の腰ほどの水深で、コハクチョウは数か所に分散して越冬しており、最大で200羽くらいになるそうです。この日は川本中学校そばの河川敷から30羽ほどの群れ(写真1)を観察しましたが、ほとんどの個体が水中に首を入れて採食を続けていました。股まである長靴を履いて採食していた付近の川底を見て回ったところ、話に聞いていたように付着藻類に覆われて、ヌルヌルしています。水草は生えておらず、付着藻類のほかには餌になりそうな植物は見当たりませんでした。撮影した付着藻類の写真(写真2)を、日本国際湿地保全連合の加藤将さんに見ていただいたところ、珪藻類の群集ではないかということでした。このような藻類が見られる河床は珍しいものではないようですが、なぜ深谷市のコハクチョウが藻類を主要な餌にしているのでしょう。
給餌をやめてもコハクチョウの数は減らず
深谷市では、合併前の旧川島町のころから行政がコハクチョウに給餌をしていていましたが、鳥インフルエンザ対策の一環で、2007年3月を最後に給餌は中止されています。しかし並木さんたちによると、深谷市に飛来するコハクチョウの数はその後もあまり変わっていないということです。いまでも個人的な給餌は行われているので付着藻類だけを食べているわけではないのですが、市の給餌場があったころに多かったオナガガモがほとんど見られないことから、現在の給餌量はかなり少ないのではないかと思われます。
付着藻類の採食は給餌をしているころから観察されているそうなので、給餌中止後に始まった習性ではなさそうです。周囲の水田は宅地化が進み、他のコハクチョウ越冬地のような広い水田がありません。もしかすると、昔は水田で採食していたのが次第に利用できる場所が減ってしまい、藻類を食べるようになったのかもしれません。来シーズンはコハクチョウの終日観察をして、藻類の採食にかける時間や、給餌がどのくらいあるかなどを調査してみたいと考えています。