鹿児島県出水市の干拓地はナベヅルとマナヅルの越冬地として有名な場所ですが、越冬数が1万羽以上と多く、正確な個体数を数えることが難しくなってきています。また、高病原性鳥インフルエンザが発生すると、調査の中心になっている中学生の参加が減るために羽数調査が中止になってしまいます。そこで、バードリサーチと出水市ツル博物館の協同実験として、ドローンを使ってツルの個体数をカウントすることを試みました。
年々増加する越冬数
出水で越冬するツルのほとんどはナベヅルとマナヅルです。毎年10月中旬になると、まずナベヅルの飛来が始まり、続いてマナヅルがやってきます。両種ともかつては日本国内の水田地帯で越冬していましたが、いまでは定期的に多数が飛来するのは出水市だけになっています。両種が国内で越冬できる場所は減ってしまいましたが、出水で越冬するナベヅルとマナヅルの個体数は戦後増え続け、1997年以降は毎年1万羽を超えるようになりました。ナベヅルの繁殖地は中国とロシアの国境を流れるアムール川流域から北にかけての山間部にある湿地で、中国南部や朝鮮半島でも越冬しますが、総個体数の約9割にあたる約1万3千羽が出水に飛来していると考えられています。他方のマナヅルの繁殖地はナベヅルとも少し重なりますが、アムール川流域からその南側と、ロシア、モンゴル国内にかけての地域で繁殖しており、総個体数の半数にあたる3千羽前後が出水に飛来していると考えられています。ナベヅルもマナヅルも広大な繁殖地では個体数を把握することができないため、越冬個体の多くが集中する出水で調査される個体数が、両種の保全のために重要な基礎データになっています。
1960年から中学生たちがツルのねぐらで調査を続けている
ツル類は夜間、河川や池などの浅い水面をねぐらにする習性があります。出水のツルたちも日中は干拓地で落ち籾や雑草などを食べていますが、ねぐらには水面が必要なため、人為的に水を張ってある二カ所の水田で夜を過ごしています。この水田ねぐらはどちらも2ヘクタールほどの広さで、ねぐらとその周辺を囲うようにフェンスを建ててあり人が近づくことはできません。出水に飛来するほとんどのツルが夜はねぐらにやってくるので、この場所が個体数を数える調査地になっています。出水では1960年の冬から、地元の鶴荘学園(旧 荘中学校)と高尾野中学の生徒たちが、鹿児島県ツル保護会や専門家の協力を受けながらツルの個体数調査を続けてきました。中学生の調査では、ふたつのねぐらを取り囲むように生徒たちを配置し、ねぐらから飛び出していくツルを数えるという方法が採られています。ただし、ツルは夜明け前の空が白み始める時間に飛び立つため、薄暗い中、一瞬でツルの種類を識別して数えるには、かなりの熟練が必要です。そこで、中学生のカウントでは種類は識別せずに総個体数を数え、鹿児島県ツル保護会などの熟練した調査員がナベヅルに比べて数が少ないマナヅルだけをカウントして、その差からナベヅルの数を推定しています。
ドローンでねぐらを空撮
ドローンで調査をするにあたり、いちばん心配だったのが、ドローンがツルを驚かせないかということでした。ねぐらにいるツルは警戒心が強く、フェンスのそばで観察する人がたてる音や、車のライトに驚いて、飛び立ってしまうこともあります。そこで調査の前日、夕方早い時間にねぐらに戻っていたツルを対象に、実際に撮影するときと同じ高度70mにドローンを飛ばしたときのツルのようすを観察したところ、ツルたちはドローンを見上げることもなく、ほとんど気にしていないようでした。そして、いよいよ調査当日の12月6日です。ツルが飛び立ち始める前に撮影を終えなければなりませんが、あまり暗くては写真を撮れませんから、ツル博物館館長の松井勉さん、学芸員の原口優子さん、出水のツルと野生生物研究会の溝口文男さんと一緒にツルの気配を観察しながら、周囲が薄明るくなるのを待ちました。そして日の出から30分前の6時半ごろ、ねぐらから約300m離れた場所から70mの高さに上昇させたドローンをねぐらに近づけ、写真を撮影しながらゆっくりと飛行させました。しばらくして、ツルが見える場所で観察している溝口文男さんからの携帯電話で、ツルたちのようすに変わりがないという連絡を受けたときにはホッとしました。
人とドローンの長所を活かして調査を続ける
出水には「荒崎」と「東干拓」の二カ所にねぐらがあります。12月6日にこれらのねぐらをドローンで撮影した写真に写っていたツルは、ナベヅルが13,829羽、マナヅルが1,496羽でした。一方、12月2日の中学生の目視調査では、ナベヅルが13,107羽、マナヅルが1,009羽でした。ドローン調査のマナヅルの数は目視調査の1.5倍になっていますが、このころはマナヅルの飛来数が増加し続けている時期なので、目視調査から4日の間にさらにマナヅルが増えた可能性を考えると、両方の調査結果は近いものだと言えそうです。
ドローン調査は操縦者と補助員の二名がいれば実施することができ、ねぐらにいるツルの数が正確に分かるのですが、調査手段として不十分なところもあります。例えば、出水市の干拓地は風の強い場所なので、ドローンを飛ばせないような強風が続く時期もあります。小雨が降ってもドローンは飛ばせません。ツルがもっと暗い時間から飛び立つようだと、人の目では見えてもドローンのカメラでは撮影ができませんから、撮影の成否はその日のツルの飛び立ち時刻にも左右されます。一方、目視調査はさまざまな状況に柔軟に対応しつつ行うことができるという強みがあります。目視調査の結果をドローン調査と比較して個体数が過剰・過小になる割合を補正することで、さらに精度を高めることもできるでしょう。それから、こうした技術的の問題とは別に、50年以上続いている出水市の中学生による調査は、大きな教育的、文化的意義を持っていると言えるでしょう。今回の調査の経験を踏まえ、鹿児島県ツル保護会では、目視調査とドローン調査を組み合わせて、越冬期のツルの個体数をモニタリングする方法を検討していく予定です。