鳥の生息状況を調べる方法として、ICレコーダーなどをフィールドに設置して、毎日自動で鳥の声を録音し、後でそれを回収して聞き取り、鳥類相やさえずり頻度の季節変化を調べる方法があります。頻繁に通うことができない場所の調査が可能になる強力な手法です。この方法によって蓄積される録音音源を聞き取る作業は、野外で聞くのとは違い、集中力を要する仕事ですが、これを実行していく体制をつくることができれば、その力を最大限に発揮させることが可能になります。そこで、聞き取ることに長けた人として思い浮かぶのが、視覚障害者の方たちです(ひらめいたのは、僕ではなく東大の石田健さんですが)。視覚障害者の方たちとのコラボというアイデアは5年以上前からいただいていて、長らく眠らせていたのですが、昨年、調査研究支援プロジェクトなどでもご協力いただいている株式会社モンベルの方にご紹介いただき、奈良県視覚障害者福祉協会とコンタクトを取ったところから、アイデアを形にしていくために動き出しました。
しかし、いきなり鳥の声を覚えて調査を手伝ってもらう、ということができるわけではありません。そこで、まずは、視覚障害者の方たちに鳥の声を楽しんでもらい、興味をもってもらうことから始めることにしました。種数が多いと難しいという理由で、種数が限られる高山の鳥のモニタリングを最初のステップと考えました。それにつながるように、講座で話す内容は山の鳥にしました。今回は、奈良県視覚障害者福祉協会との共催で、参加申し込みの受け付けや会場の確保、点字資料の作成まで、ほぼすべての準備をしていただき、11月3日と4日の両日、奈良県社会福祉総合センターにて、視覚障害者の方やその付き添いの方などのべ62人の方たちに話をしてきましたので、ご報告いたします。
講座は、健常者の方も来られるので、鳥の姿が見えても見えなくても楽しめる内容にしなければいけません。それでも、主な対象は視覚障害者の方たち。どうすれば、音で楽しんでもらえるのか、経験ゼロながらいろいろ考えて工夫してみました。登山に行って鳥の声を聞くというストーリーで、山の麓から山頂に到着するまでの間に通る6つの環境と、そこで聞こえてくる鳥の声を紹介する構成にしました。登場させた鳥の種類は30種。環境によって棲んでいる鳥が違うことやその理由、名前の由来や特徴的な行動などを交えながら1時間半ほど話しました。その後は、クイズタイム、鳥の声を流して、その声の主を2択で選ぶものを10題ほど準備しました。
実際の鳥の姿は、口で説明してもピンとこないと思い、NPO生態教育センター葛西臨海公園鳥類園の小島みずきさんに協力していただき、木にとまっていたり、翼を広げて飛んでいる形に作られた鳥の剥製をお借りして、皆さんに触っていただきました。また、初日は名古屋大学の鈴木麗璽さんと研究室の学生さんに、4つのスピーカーを用いて、いろんな方角から鳥の声が聞こえてくる空間の再現を会場の一角に設けてもらい、キビタキやオオルリなどがさえずる森や、オオヨシキリがそこかしこで鳴く河川敷を体験してもらいました。今回の講座のきっかけとなるアイデアを提供してくれた石田さんには埼玉県の秩父の山中から駆けつけていただき、フクロウやアオバトなどの鳴きまねを披露していただきました。
講座終了後、視覚障害者の方には、アンケートをお願いしました。講座ではいっぱい笑っていただき、アンケートでもほとんどの方に楽しかったと答えていただきました。鳥の声の聞き分けについては、約半数の方が少しは出来たかなと答え、残りの半数の方が、あまりできなかったと回答されていました。クイズは楽しんでもらいながらも、もっと学びたいという意欲を引き出す仕掛けとしても考えていたので、登場させる鳥の種類やクイズの出題の仕方は悩んだポイントでした。難しすぎず、簡単すぎず、一問も正解できない人はいないように、でも、全問正解できる人はほどんどいないようにと考えた狙いが上手くいきました。
図2 鳥の声の聞き分けと次回の講座の内容についてのアンケートの結果。
今回の講座が、僕にとってたくさんの視覚障害者の方たちと接する初めての機会でした。参加いただいた方たちと直接話をしたり、会場での様子を拝見し、いろいろな方がいることを肌で感じ取れました。画面表示をオフにした状態で、iPhoneの画面をもの凄い早さでフリックしながら操作し、あっという間にバードリサーチのホームページの鳴き声図鑑に辿りつき、その中からお目当ての鳥の声を見つけ出して再生する方や、これまたすごい早さで点字を打ってアンケートの回答を記入される方、声ですぐに誰かわかったり、かすかなもの音で他人の行動を正確に捉える方などがいて、総じて音に対する感覚や空間認識、記憶などに優れた方が多い印象を持ちました。期待していた以上にたくさん学ぶことができた充実の2日間でした。この経験をもとに、今後も視覚障害者の方たちとのコラボを続けていく予定でいます。こうした活動に興味を持っていただける方がいましたら、ぜひご協力ください。よろしくお願いいたします。