バードリサーチニュース

移り変わるコブハクチョウの繁殖地

バードリサーチニュース 2023年10月: 3 【活動報告】
著者:神山和夫

図1.営巣するコブハクチョウのつがい。2022年4月、千葉県香取市。

 コブハクチョウは西はヨーロッパから東は朝鮮半島までユーラシア大陸に広く分布している種ですが、日本に生息するコブハクチョウのほとんどは飼育個体が野生化した外来種だと考えられています。春になると卵を産んでヒナを育てる姿を見かけますが(図1)、継続的に繁殖に成功して数が増えているのは一部の地域に限られるようです。

 

繁殖地のほとんどは給餌されている場所

 環境省のガンカモ類の生息調査の記録を見ると、日本全体のコブハクチョウの数は少しずつ増えてきているようです。しかし特定の繁殖地で数が増え続けるのではなく、繁殖が成功している場所が移り変わっていることが分かります(図2)。ガンカモ類の生息調査は1月に実施されているので越冬期の記録になりますが、繁殖地には年間を通して多くのコブハクチョウがいる場合が多いので、およその傾向は表していると考えてよいでしょう。なお実際の全国総数はこれより多いのですが、それについては別の機会に説明したいと思います。

図2.コブハクチョウの総数と主な生息地の個体数(ガンカモ類の生息調査)。1度でも20羽以上の数がいた生息地を抽出した。赤系の色がかつて数が多かった繁殖地で、青・緑系の色が現在数が多い繁殖地。

 このグラフからは、各生息地のコブハクチョウの数は安定しておらず,一時期個体数が増えた繁殖地が衰退して、また別の場所で増えていることが見て取れます。かつて繁殖して群れが大きくなっていた北浦、霞ヶ浦、東郷池、藺牟田池などは、現在はほとんどコブハクチョウがいなくなっています。一方、現在でも繁殖数が多いのは、山中湖、手賀沼、牛久沼、小川原湖、松川浦などです。なお松川浦については後述しますが、ここは越冬期だけに利用されている場所です。

 ここで特徴的なのは、図2に見られる生息地は小川原湖を除いて人が給餌をしている場所だということです。コブハクチョウは体重が10キロ以上にもなる大型の水鳥で、あまり水域から離れることがなく、水草や岸辺の草を主食にしています。コブハクチョウの繁殖が成功している場所に給餌されているところが多いのは、日本には水草が豊富な湖沼が少ないからなのかもしれません。繁殖地として衰退した場所の中には、北浦のように、鳥インフルエンザ対策で給餌が減らされた場所が見られます。そして現在繁殖がうまくいっている生息地には十分な量の給餌が続けられている場所が多いのです。このことから、コブハクチョウの繁殖成功は、かなり給餌に依存しているのではないかと考えられます。しかし近年に生息数が増えている場所に松川浦と小川原湖があり、ここは他の繁殖地とは状況が異なっているようです。

 

小川原湖湖沼群では自然の食物で繁殖か?

図3.小川原湖のコブハクチョウ親子。ヒナは水草をくわえている。(撮影:阿部誠一)

 コブハクチョウ繁殖地は給餌がされている場所が多いと書きましたが、青森県の小川原湖湖沼群では少量の餌をもらっている場所もありますが、他の繁殖地のように群れ全体が給餌場に集まるほどの依存度ではないようです。それはおそらく、ここには豊富な水草があるからではないかと推測しています。繁殖期に私が見に行ったときにもコブハクチョウは人に近寄っては来ず、水草を食べているようすが見られました(図3)。小川原湖湖沼群には、現在100羽前後のコブハクチョウが生息しています(図4)。

 

図4.小川原湖湖沼群のコブハクチョウ年最大値(モニタリングサイト1000)

 小川原湖湖沼群で繁殖をはじめた当初のコブハクチョウはウトナイ湖からやって来たらしく、初期のころに繁殖が記録された1989年の3月には、ウトナイ湖で装着された可能性がある緑の首輪をしたコブハクチョウが記録されていて、その後もウトナイ湖で標識されたJK40という首輪のコブハクチョウがヒナを連れているのが観察されています。ウトナイ湖は日本で初めてコブハクチョウの大きな繁殖群が形成された場所で、1987年には90羽まで増えましたが、その後は急速に減少して現在は数羽しかいません。急に減ってしまった理由は分かっていませんが、ある程度の個体が小川原湖湖沼群へ移って行ったのかもしれません。小川原湖湖沼群でも主要な繁殖地が当初の鷹架沼から小川原湖へと移っていることから、食物資源とは別の理由でも繁殖地を変えている可能性があるかもしれません。

 ところで、小川原湖湖沼群のコブハクチョウは、11月の調査では100羽前後いますが、1月には個体数が減っていて、2018-2020年度では小川原湖湖沼群で減った数と1月の松川浦の個体数がほぼ同じになっているのです(図5)。首輪などの標識を付けていないので確定的ではありませんが、両地域のあいだで渡りがあるのではないかと考えています。

図5.11月と1月に小川原湖湖沼群と松川浦にいるコブハクチョウの数。(横軸は年度)

 水草を主食にして繁殖するコブハクチョウは島根県の宍道湖でも見つかっていて、繁殖期には数十羽の群れがいるそうですが、ここも渡りがあるのか冬期は数が減るため図2のグラフに表示されていません。近年、水草が増えている湖沼が多いようなので、今後こうした場所でのコブハクチョウの動向に注意する必要があるでしょう。

 分析にあたり、小川原湖湖沼群の記録や写真を阿部誠一さんに提供していただきました。お礼申し上げます。

 

参考文献

豊田暁 (2020) <宍道湖一周>コブハクチョウ、夏のカウント数. スペキュラム197:2. 日本野鳥の会島根県支部.