バードリサーチニュース

日本の森の鳥の変化:キクイタダキ

バードリサーチニュース 2023年6月: 2 【レポート】
著者:植田睦之

ユーラシア大陸の中高緯度地域に広く分布

図1 2010年代のキクイタダキの分布状況。:繁殖を確認,:繁殖の可能性高い,:生息を確認,:越冬期に分布。植田・植村(2021),植田ほか(2022)を改変。写真:三木敏史

 キクイタダキはユーラシア大陸の高緯度から中緯度の地域に広く分布する鳥です。日本では近畿地方以北で繁殖し,本州では標高の高い比較的寒冷な場所に生息しています。越冬期は全国に広く分布し,低地や島嶼部でも見られるようになります(図1)。

低標高の場所で分布を拡大

 全国鳥類繁殖分布調査(植田・植村 2021)の結果ではキクイタダキの記録メッシュ数は,1970年代の78メッシュから1990年代は111メッシュ,そして2010年代は153メッシュと分布が拡大しています。キクイタダキの分布はどのような場所で変化しているのでしょうか? 気候変動に伴って垂直分布を上げていたり,雑木林等の生長に伴い垂直分布を下げていたりする種がいるので,全国鳥類繁殖分布調査の結果を使って,標高別の分布変化について集計してみました。垂直分布は緯度によって異なります(同じ種でも北の地域では低標高の場所に生息する)。そこで,ここでは,関東から近畿の範囲で1990年代と2010年代にほぼ同じルートで行なわれた現地調査地の結果を比較してみました。

図2 全国鳥類繁殖分布調査における関東から近畿にかけての標高別のキクイタダキの出現状況と1990年代から2010年代にかけての分布の変化

 まず,記録率から,キクイタダキが標高の高い場所を好む種であることがわかります(図2上)。標高が下がるにつれて記録率が下がっていくからです。そうした主要な生息地である高標高の場所では,キクイタダキはそれほど増加していませんでした。標高1500m以上の場所では,1990年代も2010年代も記録された調査地が大部分を占めていました。それに対して,500-1000mの標高が低い調査地では,2010年代の調査で新たに記録されたコースが半分以上を占めていました(図2下)。近年キクイタダキはこれまであまり生息していなかった標高の低い場所に分布を拡げつつあると言えそうです。

人工林へ分布を拡大

図3 2010年代に新たにキクイタダキが記録された調査地と1990年代と2010年代ともに記録された調査地の周囲の植生比率

 500-1000mの低標高でキクイタダキが定着しているのはどのような林なのでしょうか? コース周辺の林の植生比率を集計すると,1か所だけ二次林が優占するコースがありましたが,それ以外は人工林が優占する場所でした(図3)。自分の経験でも,スギ・ヒノキなどの針葉樹人工林で最近キクイタダキのさえずりを聞くようになった場所を複数知っていますので,こうした人工林に新たに定着してきているのだと思います。
 1990年代と2010年代ともに記録された調査地は自然林が優占していました(図3)。前述したように,キクイタダキは標高の高い亜高山帯に多く生息するので,これらの多くは亜高山針葉樹林と考えられます。それとよく似た環境として,針葉樹人工林が選ばれているのかもしれません。

図4 日本の森林面積および森林蓄積量の変化(林野庁の統計資料をもとに描く)。森林面積が変わらず,蓄積量が増えていることから,人工林が大径木化しているのがわかる

 日本の森林,特に人工林は成熟が進み大径木林になっています(図4)。こうした人工林の生長によりキクイタダキにとって好適な生息地が低標高の場所にできつつあるのでしょうか? それとも一見良さそうな環境なので定着はしているけれども,亜高山針葉樹林と比べると繁殖成績が悪かったりするのでしょうか? 低標高の人工林に分布を下げていると考えられている種はキクイタダキ以外にもキバシリやヒガラなどもいます(植田 online)。そうした鳥たちの将来を明らかにするためにも,簡単にできることではありませんが,人工林での繁殖成績なども明らかにしたいところです。どうやったらそうしたことを明らかにできるか含め,考えていきたいと思います。

 

引用文献

植田睦之・植村慎吾 (2021) 全国鳥類繁殖分布調査報告 日本の鳥の今を描こう 2016-2021年.鳥類繁殖分布調査会,府中市.

植田睦之・奴賀俊光・山﨑優佑 (2023) 全国鳥類越冬分布調査報告2016-2022年.バードリサーチ・日本野鳥の会,国立市・東京.

植田睦之(online)低標高に分布を拡げた鳥.NPOバードリサーチYouTubeチャンネル.