バードリサーチニュース

日本の森の鳥の変化:アオゲラ

バードリサーチニュース 2023年5月: 1 【レポート】
著者:植田睦之

分布を拡げているキツツキ類

図 1 アオゲラの分布の1970年代から2010年代にかけての変化。:繁殖を確認,:繁殖の可能性高い,:生息を確認。写真:三木敏史

 アオゲラは本州から屋久島にかけて分布する日本固有種です(図1)。屋久島と種子島に生息するのが亜種タネアオゲラ,九州と四国に生息するのが亜種カゴシマアオゲラ,本州に生息するのが亜種アオゲラと,3亜種に分けられています(日本鳥学会 2012)。
 アオゲラに限らず,アカゲラやオオアカゲラなど大型キツツキ全般にいえることですが,北海道・本州・四国・九州といった本土部に分布し,それ以外の島嶼にはごく一部を除き,ほとんど分布していないのが特徴です。特にアオゲラは,アカゲラやオオアカゲラよりも本土に近い島にのみ分布していて,かつ約1万年前に終わった第四氷期に陸続きだった島にのみ分布しています(樋口 1980)。

図2 キツツキ類の分布の変化。コゲラ・オオアカゲラ・アオゲラ:三木敏史,アカゲラ:藤井薫,クマゲラ:土屋尚,ヤマゲラ:貞光隆志

図3 地域別のアオゲラの全国鳥類繁殖分布調査の現地調査での記録状況の違い

 全国鳥類繁殖分布調査の結果(植田・植村 2021)では,アオゲラが記録されたメッシュ数は1970年代の463メッシュから,1990年代は528メッシュ,2010年代は674メッシュへと増加していました。こうした増加もキツツキ類共通の傾向で,ヤマゲラは1990年代に一時記録メッシュ数が減っていましたが,いずれの種も2010年代にかけて,分布を拡大させていました(図2)。日本の森林は成熟化が進んでおり,営巣に十分な太い木が増えていることや,枯れ枝,枯れ木の増加で,食物条件もよくなるなど,今の日本はキツツキ類にとって良い状況にあるのだと思います。また,全国鳥類繁殖分布調査の現地調査の記録を1990年代と2010年代で地域別に比較すると,中部太平洋側以北では,2010年代になってアオゲラが記録されるようになったコースの割合が高くなっておおり,アオゲラが南方系の種で,北に分布を拡大する傾向があることが伺えます(図3)。

 

平野部でも分布が拡大

図4 東京都でのアオゲラの分布の変化。1970年代から継続して現地調査が行なわれているメッシュのみの生息状況を示した。:繁殖を確認,:繁殖の可能性高い,:生息を確認

 本州以南に広く分布し,分布も拡がっているアオゲラですが,現時点でも分布の空白域になっている地域があります。それが関東地方の平野部から房総半島にかけてです。全国鳥類繁殖分布調査の現地調査での関東地方のアオゲラの記録率は28%と低く,次いで低い中部太平洋側(57%)の半分以下です。関東の平野部は,農地や住宅地が中心で,そこに樹林が点在しています。こうした環境は樹林性のアオゲラにとっては生息地として適していなかったのだと思われます。また,房総半島は山地と森があり,アオゲラにとっては十分な生息環境があると思われますが,海と関東平野によりアオゲラのその他の生息地から隔離された「島」のような場所です。そのため,アオゲラは島に生息していないのと同様に,生息しないのだと思われます。
 ただし,平地部の公園に植栽された樹木や,雑木林が利用されなくなったことで,大径木の樹林となり,平野部の林も樹林性の鳥にとって十分な生息地となってきていて,樹林性の鳥が増えてきています(植田 2021)。アオゲラも同様で,1990年代からこうした樹林に分布を拡げています。東京都繁殖分布調査の結果(植田・佐藤 2021)を見ると,1990年代,2010年代と山地部から住宅地へと徐々に分布が拡がっているのがわかります(図4)。ただ,そのスピードは,コゲラやエナガなどほかの種と比べると緩やかです。

図5 全国鳥類繁殖分布調査と全国鳥類越冬分布調査にもとづくアオゲラとアカゲラの繁殖期と越冬期の分布の変化

 アオゲラが平野部で急速に分布を拡げられないのは,留鳥性が強いことが原因かもしれません。図5に全国鳥類繁殖分布調査と全国鳥類越冬分布調査(植田ほか 2023)の分布図を示しました。アカゲラは北方系の種のため,関東では標高の高い場所に分布し,低地にはあまり分布していないのですが,それでも越冬期には繁殖期に見られなかった場所に分布を拡げているのがわかります。それに対して,アオゲラはほとんど冬期にも分布がかわりません。北方系の種であるアカゲラは厳寒期に移動する習性を持っているのに対して,南方系のアオゲラはそのような習性を持たないために,越冬期に分布が変わらないのでしょうか? 外来鳥の分布では,越冬期に越冬地を変えるソウシチョウと,留鳥性の強いガビチョウでは,越冬期に越冬地を変えるソウシチョウの方が急速に分布を拡大させました(植田 2015)。アオゲラの留鳥性の強さが,分布拡大のスピードにも影響しているのかもしれません。

ナラ枯れで分布が変化する?

 そんな関東地方にカシノナガキクイムシが媒介するナラ菌によるナラ枯れが2010年代後半から拡がってきています。佐渡ではナラ枯れが増えた時期に,それまでいなかったアカゲラが定着・増加し,現在は普通種となっています。関東でもナラ枯れの増加で食物が増え,アオゲラの分布拡大が加速するのでしょうか? それともナラ枯れの影響や対策で樹林が若齢化して,アオゲラの生息地が制限されることになるのでしょうか? 今後の変化に注目して情報収集を続けていきたいと思います。

引用文献

樋口広芳 (1980) 日本列島におけるキツツキ類の移住と共存.山階鳥類研究所研究報告 12: 139-156. 

日本鳥学会 (2012) 日本鳥類目録改訂第7版.日本鳥学会,三田市.

植田睦之 (2015) ガビチョウとソウシチョウの分布拡大パターン.重要生態系監視地域モニタリング推進事業(モニタリングサイト1000)森林・草原調査第2期とりまとめ解析報告書: 186-187.環境省自然環境局生物多様性センター,富士吉田市. 

植田睦之 (2021) V字回復を遂げた東京の樹林性の鳥 東京都鳥類繁殖分布調査 1970年代からの変化.バードリサーチニュース 2021年8月: 1

植田睦之・佐藤望 (2021) 東京都鳥類繁殖分布調査報告 2016-2021.バードリサーチ,府中市.

植田睦之・植村慎吾 (2021) 全国鳥類繁殖分布調査報告 日本の鳥の今を描こう 2016-2021年.鳥類繁殖分布調査会,府中市. 

植田睦之・奴賀俊光・山﨑優佑 (2023) 全国鳥類越冬分布調査報告2016-2022年.バードリサーチ・日本野鳥の会,国立市・東京.