頂点捕食者は自然環境のシンボルとして,保全の対象となってきました.例えば,開発地の現地調査でオオタカが確認されれば,注目され,重点的な調査が必要となります.それはなぜでしょうか.頂点捕食者であるオオタカを支えている環境は,その他の多くの生物も支えていて,オオタカのバックグラウンドには,豊かな自然環境が控えていると考えられるからです.しかし,その考えには様々な意見があり,見解が統一されていませんでした.夏川さん達は,この課題について,これまでに発表された関連の報告を基にメタ解析(複数の成果を統合し,仮説の一般性を定量的に評価する統計手法)を行いました.さて,シンボルは,本当に豊かな自然環境を表していたのでしょうか?
紹介論文
Natsukawa H, Sergio F. 2022. Top predators as biodiversity indicators: A meta-analysis. Ecology Letters 25: 2062–2075. DOI:https://doi.org/10.1111/ele.14077
背景
現在は地球上に生命が誕生して以来6度目の大絶滅期と考えられており,生物多様性の保全が喫緊の課題となっています.生物多様性を保全するには多様性の高い地域を特定する必要がありますが,それに伴う網羅的な生物相調査は時間や予算,労力が限られるため困難な場合がほとんどです.そのため生物多様性を効率的に評価する方法として,指標種(高い生物多様性の指標となる種)の使用が提案されています.数ある指標種候補の中でも,頂点捕食者(以降,捕食者)が特に有望視されています.この理由は主に3つです.
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捕食者は魅力的な形態であることが多いため,様々な国や地域で熱心に調査されており,既に膨大な分布情報が蓄積されていることがあげられます.そのため捕食者が指標種となるならば,既存情報をもとに生物多様性の高い地域を迅速に特定できます.
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捕食者の魅力は市民や行政による保全活動への理解と資金の拠出を促進するため,彼らに注目することで保全目標達成への近道になりえます.
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捕食者は希少種であることが多く,生態系内において掛け替えのない役割を果たすため,彼らの生息地の保護が法制度で義務化されやすいことも重要です.これにより捕食者と同所的に生息する種も自動的に法的な保護を受けることになります.
したがって「捕食者が指標種として機能する」という仮説が実証されることで,潤沢な保全資金を確保し,法的に約束された,効率的な生物多様性の保全を実現できる可能性があります.こうした理由から多くの研究で指標種としての捕食者の実用性が評価されてきました.しかし,これらの成果は一貫性を欠いており,賛成派と反対派の間で論争が続いています.そこで今回紹介する研究では,既存研究のメタ解析(複数の成果を統合し,仮説の一般性を定量的に評価する統計手法)を実施することで,「捕食者が指標種として機能する」という仮説を総合的に検証し,その指標性能が向上もしくは低下する条件の特定を試みました.
頂点捕食者は高い生物多様性の指標になる
まず,指標種としての捕食者の実用性を検証した論文を検索し,合計33編を発見しました.本研究では生物多様性の尺度を種数とした論文のみを対象にしました.33編の論文のうち,26編(78.8%)が鳥類の捕食者(猛禽類25編とコウノトリ目1編)に関するもので,他の分類群に属する捕食者の研究は限られていました(図1).また,メタ解析に必要な比較データ(捕食者の生息地と非生息地間の生物多様性の差)を提示した論文は33編中18編であり,そのうち17編(94.4%)が鳥類(猛禽類16編とコウノトリ目1編)に関するものでした(図1).そこで猛禽類に関する比較データを提示している16編の論文をメタ解析の対象としました.
上記16編の論文から抽出した77件の比較データを使用して,捕食者の生息地と非生息地間における生物多様性の標準化平均値差を算出し,メタ解析を実施しました.標準化平均値差とは比較データにおける平均値の差を標準化したもので,この値が0より大きい場合は捕食者の生息地の方が非生息地よりも生物多様性が高く,0より小さい場合は生息地の方が非生息地よりも低いことを示します.その結果,全体的に捕食者の生息地では非生息地よりも生物多様性が高くなりました(標準化平均値差=0.82,図2a).また,捕食者と背景分類群(生物多様性を定量化する際に対象とした分類群)間の相互作用の強さによって指標性能が変化しました.具体的には,捕食者の指標性能は,餌資源や主要な生息地といった彼らの生活に必要な資源を提供する背景分類群(例えば,鳥類を専食する捕食者と鳥類の組み合わせや,樹上に営巣し,森林内で狩りを行う捕食者と木本植物の組み合わせ)を対象とした場合に高くなり(図2bの「相互作用 強」と「相互作用 中」),そうした資源を提供しない背景分類群(例えば,魚食性の捕食者とチョウ類の組み合わせ)を対象とした場合に低くなりました(図2bの「相互作用 弱」).
さらにメタ解析に使用できなかった検証事例を含めたうえで(すなわち利用可能なすべての情報を使用したうえで)結論を導出するべく,2つの補完的な解析を実施しました.具体的には,猛禽類に関する25編の論文から抽出した123件の検証データとすべての捕食者に関する33編の論文から抽出した153件の検証データからなる2つの集団を対象に,捕食者が指標種として機能するとしたデータと機能しないとしたものの頻度を評価しました.検証データとはメタ解析に使用した比較データと使用できなかった形式のデータ(例えば,捕食者の個体数と生物多様性の関係性に関する相関データ)を統合したものを指します.これらの補完的解析の結果もメタ解析のものと同様であり,捕食者の指標性能は餌資源や主要な生息地といった彼らの生活に必要な資源を提供する分類群を対象とした場合に高く,そうした資源を提供しない分類群を対象とした場合に低いことが強調されました.
以上のことから捕食者を指標種として活用することにより,生物多様性保全に貢献できると考えられます.ただし,他の指標種候補と同様に,あらゆる分類群の保全に有効とは限らないことは認識する必要があります.言い換えれば,捕食者の限界を適切に理解したうえで使用することで,生物多様性の高い地域を効率的に特定できると考えられます.
今後の課題
本研究では,賛否両論あった「指標種としての捕食者の実用性」を初めて総合的に評価することができました.その一方で,猛禽類以外の捕食者に関する論文が少ないという課題も明らかになりました.今後は他の分類群に属する捕食者を対象とした研究を進めることが重要です.異なる分類群に属する様々な捕食者の研究事例を蓄積することで,より一般性の高い結論に到達することが可能になると考えられます.
主な発見
●全体的に頂点捕食者は高い生物多様性の指標になることが多い.
●頂点捕食者の指標性能は餌動物や生息地といった彼らに必要な資源を提供する分類群を対象とした場合に特に高くなる(具体例として図3にオオタカの事例を記述).
引用文献
Burgas D, Byholm P, Parkkima T. 2014. Raptors as surrogates of biodiversity along a landscape gradient. Journal of Applied Ecology 51: 786–794.
Natsukawa H. 2020. Raptor breeding sites as a surrogate for conserving high avian taxonomic richness and functional diversity in urban ecosystems. Ecological Indicators 119: 106874.
Natsukawa H, Yuasa H, Komuro S, Sergio F. 2021. Raptor breeding sites indicate high plant biodiversity in urban ecosystems. Scientific Reports 11: 21139.
Sergio F, Newton I, Marchesi L. 2005. Top predators and biodiversity. Nature 236: 192.