コーヒーがお好きな方は多いと思いますが、コーヒー豆はどのような畑で収穫されるかご存じでしょうか?レギュラーコーヒーに使うアラビカ種のコーヒーは強い日射しに弱いため高木の日陰で栽培されるので、コーヒー農園には日陰をつくるためにある程度の樹木が植えられています。そのためやり方次第では日本の里山のような場所にすることも可能で、最近は野鳥に配慮した環境でコーヒーを栽培する農園が増えてきています(図1)。こうしたコーヒーには認証制度があり、バードフレンドリー・コーヒーやレインフォレストアライアンスといった認証団体の基準に従って生物多様性に配慮して生産されたコーヒーを日本でもよく見かけるようになってきました。(図2)。しかし、こうしたコーヒーのほとんどは中南米やアフリカで生産されてて、アジアではまだこのようなコーヒー生産は広まっていません 。私たちが飲むコーヒーが、東南アジアで越冬する夏鳥の生息地を守りながら栽培された製品なら、コーヒーを片手に過ごす時間 がさらに豊かなものになると思いませんか? そんな夢を実現させようと、バードリサーチではフィリピンの山岳地帯で焼き畑によって森林が失われた場所に植林をして、野鳥が棲める環境でコーヒー栽培をする農園作りに協力しています。
フィリピン、コーディレラ地方の森林破壊
コーヒーは赤道近くの標高が高い場所で栽培される作物です。有名な産地ではありません が、フィリピンルソン島の山岳地帯でもコーヒーの生産が行われています。プロジェクトの第一歩はどのような環境のコーヒー農園に野鳥が多いか を調べることです。 この地域の農業支援をしている現地NGO、コーディレラグリーンネットワーク(Cordirella Green Network, CGN)と協同で調査をスタートしています。将来は日本に飛来する夏鳥の越冬地を守るコーヒーとしてブランド価値を高め、日本での販売を広げることで、農家の生活向上と野鳥保護を両立させることがねらいです。
このプロジェクトを実施しているベンゲット州の山岳地帯(図3)は世界遺産にもなっている棚田で有名な地域で、かつては稲作をしながら自給自足の生活が営まれていました。しかし2000年代に入ってからから換金作物のハヤトウリの栽培が増え始め、棚田をウリ畑に変えるだけでなく急斜面の森林まで伐採してハヤトウリの単一栽培をするようになりました(図4)。その結果、増産のせいでハヤトウリの価格が下がり、さらにウリ科植物の病気が広がったことで、農民は貧困に陥ってしまったのです。CGNはハヤトウリ畑だった場所に植林をして里山のような環境で多様な作物を栽培する森林農法を支援していて、コーヒーはその主力になる産物です。ハヤトウリなどの野菜類に比べると、コーヒーは価格が安定していて、さらに病気や台風で大被害を受けるリスクが低いため、農家にとって確実な収入源になります。多品種を生産することで収入を安定させることが、農家がコーヒー生産をはじめる動機になっています。
私たちが知っているような夏鳥はいるのか?
このプロジェクトは、日本を含む東アジアで繁殖してフィリピンで越冬する夏鳥だけでなく、現地の留鳥もなるべく多く生息できる森林をコーヒー農園で維持することが目標です。そうは言っても、やはり私たちが知っている夏鳥がいるかが気になりますね。2019年12月に現地を訪れたとき、まず出会ったのがアカモズで、どこへ行っても鳴き声が聞こえるほどたくさんいました。視察の途中で出会った子どもが食べるために捕まえたアカモズを持っていたので、観察してみると、日本の亜種とは違って亜種シマアカモズのようでした(図5)。このアカモズは私たちのお弁当と交換して逃がしてあげました。それから農家の人たちに図鑑のイラストを見せて知っている鳥を教えてもらったところ、ノゴマがいることが分かりました。警戒声にちなんだ「キーリン」という名前で呼ばれていて、この地域で比較的よく見られるようです。地元の伝承では、キーリン、キーリンという鳴き声が聞こえたら、その年最後の台風がやって来るのだそうです。ノゴマの姿を見ることはできませんでしたが、キーリンという鳴き声は私も聞くことができました。そのほか、eBirdのwebサイトで検索したところ、ルソン島の山間部はキビタキ、オオルリ、エゾビタキ、サシバなどの記録がありました。
ICレコーダーを使って聴き取り調査
現地視察のあとプロ・ナトゥーラ・ファンドから助成金をもらえることになり、いよいよ調査を実施しようとしていた矢先に、コロナウィルスの感染拡大が起きてフィリピンへ渡航できなくなってしまいました。そこで、フィリピンにICレコーダーを送ってCGNのスタッフにコーヒー農園や自然林で録音してもらう方法で生息種を調べることにしました。コーディレラ地方の農業は小規模な家族経営で行われていて、コーヒー農園の自然環境も農家ごとにさまざまなことから、どのような環境の農園に野鳥の種数が多いかを調べて、農園の植生管理の参考にしようという目的です。聴き取りはフィリピンの自然保護NGOであるConservation Innovationsに協力してもらい、繁殖期に25科42種の生息が明らかになりました。出現が多かった種を図6に掲載します。さえずりを調べる録音調査は2021年3~4月の繁殖期に行なったため、今回の調査での記録種は留鳥がほとんどでした。
録音地点の中では自然林で最も多い種数が記録され、コーヒー農園は4~20種までばらつきがありました(図7)。現地へ行けなかったので農園の環境にどのような違いがあるかは分かりませんが、いちばん種数が多かったのは古くからコーヒーを生産している農園だったので、樹木の成長によって植生の複雑さが増しているのかもしれません。それから記録された野鳥には食虫性の種が多いことが分かりました(図8)。食虫性の野鳥がいる農園ではコーヒー栽培に大きな被害を出しているコーヒーノミキクイムシの発生が軽減されることが知られていますので(Karp et al. 2013)、そうした利点を農家に伝えて、野鳥の種数が少なかった農園でもこれらの種が生息できる植生管理をしていくことが今後の目標になります。
持続可能なコーヒー生産に向けて
このプロジェクトでは野鳥の生息環境の回復だけでなく、コーヒーの品質や生産性の向上への取り組みが重要な課題になっています。こちらの分野は長年CGNが取り組んできたもので、農業指導や収穫後のコーヒー豆の処理に必用な機材の提供などが行われています。こうして生産力と品質を向上させることが、農家の収入を増やし、持続可能なコーヒー栽培を広めることにつながります。CGNがコーヒー生産を支援して豆の買い付けをしている農地は村々に散らばっていますが、合わせると200ヘクタールほどあるそうです。ここで野鳥を保全するモデルになるような環境管理を行い、そうした手法をアジアのコーヒー農園に提供していきたいと考えています。コロナ感染も落ち着いてきたので、この2月に3年ぶりにフィリピンを訪問して、コーヒー農園の視察とプロジェクトを次のステップへ進めるための相談をしてきます 。
本稿のアカモズの識別は水村春香さんに助言をいただきました。お礼申し上げます。
引用文献
Selene Escobar-Ramírez, Ingo Grass, Inge Armbrecht, Teja Tscharntke. 2019. Biological control of the coffee berry borer: Main natural enemies, control success, and landscape influence. Biological Control 136: 103992,