従来、オオタカは人による攪乱に敏感で、人の活動が少ない地域で繁殖する種と考えられてきました(Kenward 2006)。しかし、近年、日本や欧州では都市部で繁殖を行うようになり(Kenward 2006; Natsukawa et al. 2017)、バードウォッチャーやカメラマンには、ストレスに強い鳥?と誤解を生じさせるような状況が発生しています。東京都でも都市部のオオタカ繁殖地の多くが観察者や撮影者によく知られており、立入制限のない巣付近には多数の観察者や撮影者が常に集まる状況があります。そのため、今回の研究では東京都で繁殖するオオタカを対象として、人の接近が難しい巣と容易な巣の繁殖成功率を比較することにより、このような人の接近がオオタカの繁殖に影響を与えているかを確認するとともに、繁殖の成否に関する原因について報告しましたので紹介します。
板谷 浩男, 夏川 遼生, 守屋 年史. 2022. 営巣林への立入制限は都市近郊に生息するオオタカの繁殖成功を促進する. 日本鳥学会誌, 71巻 2号 p.185-191. https://doi.org/10.3838/jjo.71.185
住宅地の多い都市部でオオタカ調査
調査は、2017年と2018年に東京都多摩地域の合計面積279.6 km2の森林を踏査してオオタカの営巣地を探しました(図1)。調査地の土地利用は森林7.6%、開放地(畑地、水田、草地)15.3%、水域1.1%、市街地(住宅地、舗装道路)76.0%であり、地形は平地となだらかな丘陵地で構成されている都市部の住宅地域です。
本研究では、人の接近しやすさの指標として、営巣地付近への立入制限の有無、巣から人家までの距離、巣から舗装道路までの距離を計測し、これらと繁殖成否の関係性を解析しました。なお、立入制限はロープやフェンスにより物理的に立入を制限している場合とし、オオタカの観察や撮影のために積極的に近づく攪乱と散歩のような偶然近づく攪乱の両方を抑制しているものを示しています。
人の接近が制限された巣は繁殖成功度が高い
調査地では2017年と2018年の両方でそれぞれ18か所の巣を確認しました。これらのうち17か所では2年連続で営巣を確認し、残りの2か所では単年のみの営巣を確認しました。繁殖成功率は2017年に44.4%(n=18)、2018年に50.0%(n=18)、両年の合計では47.2%でした(n=36)。解析の結果、立入制限の有無のみが繁殖成否と有意な正の関係があり、立入制限区域内にあった巣の繁殖成功率は66.7%(n=24)であるのに対し、区域外にあった巣の成功率は21.4%(n=12)であり、約3倍高くなるという結果が示されました(図2)。ただ、今回の研究では、実際の人の接近回数や滞在時間を計測できていないため、あくまで営巣地付近における制限の有無のみを評価しており、さらなる詳細な検討をする必要があります。それでも、過去の研究から都市近郊で繁殖するオオタカ個体群が、人があまり近づかない林で繁殖し、なわばり内に市街地が含まれる割合が低い傾向にあることと考え合わせると、オオタカが都市に進出しても、人に対して完全に慣れてしまうわけではないということを確認できました。また、人の接近が猛禽類の繁殖失敗を招くことは、非都市部で行われた先行研究(Arroyo et al. 2017)では実証されており、今回の研究により都市部(住宅地)であっても、同様の結果になることが示されました。
人と野鳥の正しい距離感とは
東京近郊の自然公園や保全緑地では、人の活動によってオオタカが営巣を放棄してしまった事例もあり、人が近づけないようにする規制は効果があると考えられます。自然公園や保全緑地では、そこに生息する種の保全も考える必要があります。また、近年の技術の進歩によりデジタルカメラの性能が向上し、誰でも手軽に野鳥の撮影ができるようになってきました。しかし、一方で、野鳥を撮影するということは、対象となる野鳥に対して、大きなプレッシャーを与えている可能性があります。特にオオタカなどの猛禽類は些細なことで繁殖を放棄してしまうことがあります。カッコイイ猛禽類や美しい野鳥を撮影することは、野鳥と関わる中でとても楽しいことですが、何気なく双眼鏡やカメラをむけるだけでも、対象となる種は警戒し緊張してしまいます。撮影する際、観察する際に、頭の片隅で対象としている野鳥のことを考えて、一歩だけでも身を引いてみてください。それが、その種を保全することに繋がるかもしれません。
引用文献
Arroyo B, Mougeot F & Bretagnolle V. 2017. Individual variation in behavioural responsiveness to humans leads to differences in breeding success and long-term population phenotypic changes. Ecol Lett 20: 317–325.
Kenward RE. 2006. The Goshawk. T & A D Poyser, London.
Natsukawa H, Ichinose T, Higuchi H. 2017. Factors affecting breeding-site selection of Northern Goshawks at two spatial scales in urbanized areas. Journal of Raptor Research 51: 417–427.