カワウはこの数十年の間に分布と個体数が急増しており、全国鳥類繁殖分布調査でもその傾向が捉えられています(図1)。増えたカワウはアユなどの経済魚を捕食することで、特に内水面漁業において被害を訴える声が多くなりました。カワウがどこで何を食べるかについて、これまで色々な方法で調べられてきました。バードリサーチでは、関西広域連合という近畿圏の自治体の連合体からカワウの生息状況や被害状況の調査を受託しています。その業務の中でカワウの食性データの収集方法として、糞の中に残る餌生物のDNAを解析するという新しい方法の検証を行いました。この記事ではその様子や成果をご報告します。
カワウの食性を調べる方法として、これまでは、採食行動の直接観察、安定同位体比の分析(対象の生物の組織や糞に含まれる炭素や窒素の同位体の比率から餌生物を大まかに推定する方法)、吐き戻しやペリット、捕獲個体の胃内容物を分析する方法がとられてきました(図2)。
直接観察は観察できる機会が限られ、短い期間に多くの情報を得ることは難しい方法です。安定同位体比の分析は種レベルで餌となった魚種を同定することが難しく、吐き戻しやペリットの調査では魚の骨や鱗などを使った餌生物の同定に、餌生物に関する専門的な知識や技術が求められます。駆除された個体を解剖して胃内容物を調べる方法は最も多く行われてきましたが、銃猟禁止区域などサンプルを得られない地域や時期があり、サンプルに偏りが出るほか、捕獲個体が空胃のことがありサンプル数が少なくなることがあります。また、吐き戻しやペリット、胃内容物の調査では消化されやすい小魚が餌として検出されづらいことも大きな問題です(図3.)。このように従来のいずれの方法にも課題がありました。
そんな課題を解決できるかもしれない新しい食性解析の方法として、糞の中に含まれる餌生物のDNA(以下、糞中DNA)を解析することで食性を推定するという方法(糞中DNAメタバーコーディング)の研究が進んでいます。カワウはねぐらやコロニーを形成するので、その下で多くの糞を採取することができます。こうした生態は糞中DNAの解析によって食性を調べるにはうってつけです。関西広域連合では、漁協へのアンケート調査や被害が多い春などに漁協が実施している飛来数調査のデータ分析を行って、被害状況の把握を進めています。しかし、カワウの食性についての情報が少なく、捕食されている魚に占める有用魚種の割合の地域差や季節による違いが判っていませんでした。
この調査では、糞中DNA分析でカワウの食性を調べることの実証と並行して、関係府県の食性データを増やすという目的があり、6府県全てに採取地点を設定しました(図4)。また、内陸部と沿岸部のねぐらを6地点ずつ設定し、その間で検出される魚種に違いがあるかどうか検証できるようにしました。
糞の採取は私たちも今回が初めてでした。そこで、海鳥の研究事例などを参考に手順を整理して、採取に挑みました。糞を採取する時にはできるだけ新鮮そうな糞で、他の糞と重なっていないものを採取するように注意しました。新鮮でないと糞中のDNAが分解されてしまって良いデータが得られなくなってしまうからです。他の糞と重なっていないものを採取するのは、1個のサンプルを1羽のカワウが採食した魚種構成として扱うためです。ねぐら・コロニーの下であれば、他の場所に比べて糞が見つけやすいですが、そうは言ってもねぐら・コロニーによってはなかなか良い糞を得られず、苦労することもありました(図5 左)。そこで、ねぐらやコロニーに入る前に中洲で休憩しているカワウたちに目をつけて、彼らが止まっている位置を遠くから観察し、彼らが去った後にそこに上陸して糞を採取するということもしました(図5 右)。この方法の方が糞もより新鮮なものを得ることができました(図6)。
カワウの調査で培った経験を踏まえ「カワウの糞の採取マニュアル」を作成し、ホームページに公開しています。準備と採取と保存の方法についてまとめてありますので、参考にしていただけたらと思います。
糞に含まれる餌生物のDNA抽出や、抽出されたDNAにどんな魚種が含まれるかの解析は分析会社に外注しました。今回の解析は魚類のみを対象としており、魚類以外の生物は検出されません。カワウの餌にはテナガエビやアメリカザリガニ、カエルなども含まれることがありますが、主要な餌ではないので今回の解析対象とはしませんでした。
解析の結果、海からの距離が20km以上ある内陸のねぐらやコロニーで得られたサンプルからはほぼ淡水魚種のみが検出されました(図7)。大阪府の山田池で採取した糞からは汽水に遡上することがあるボラも検出されました(図7のF)。一方で、沿岸に近いねぐらやコロニーでは、海産魚種の割合が高い傾向にありました。それぞれ海から約8km、約10kmに位置する兵庫県の千波池や昆陽池で採取した糞から検出された魚種の特徴はサンプルによって偏りがあり、海産魚種が大半を占めるサンプルと淡水魚種が大半を占めるサンプルがありました(図7のH, J)。これらの場所は海が近い場所ですが、近くには大きな川やたくさんの溜池もある場所なので、どちらも餌場になっていたようです。また、海から約3kmと近い泉佐野新池で採取した糞は2サンプルのみですが海産魚種が検出されず、池や流れの緩やかな場所に生息する淡水魚のタモロコとフナ類が大部分を占めていました(図8のL)。泉佐野新池の周りにはため池がたくさんあり、カワチブナなどの養殖が盛んです。この糞の主は海ではなく養殖池に赴いて採食したようです。
今回試行した糞中DNAの解析によって食性を調べる方法では、調査者は野外ではカワウのねぐらやコロニーの下で糞を採取して保存するだけでよく、特にコロニーでは多くのサンプルを得ることができます。サンプルを採取できる時期や場所についても制限が少なく、カワウの食性について効率よく多くの情報を得ることができる利点があると言えそうです。課題としては、糞中DNAの割合がカワウが食べた魚の重量比を正しく表しているのか、という点が残っています。魚種によって検出されやすさに違いがあるとその影響を受けてしまうからです。この点を明らかにするためには、飼育実験が必要だと考えています。
糞中DNAメタバーコーディングによる食性解析は色々な種で試されており、最近もライチョウで糞サンプルに含まれるDNAを解析して食性を解析した研究が論文として公表されました(Fujii et al. 2022)。この研究では、13日間の調査で116個の糞サンプルを採取し、49種の植物が同定されました。この結果を胃腸内容物の調査やついばみの直接観察をした先行研究と比較すると、短期間でより多くの餌種を同定できていました。また、この方法は糞を採取するだけでサンプルを得ることができるので、一般の登山者も調査に参加できる可能性があります。
糞中DNAメタバーコーディングによる食性解析に興味がある人は準備をすれば誰でもこうした調査を実施することができます。ツバメでやってみた例をバードリサーチのツバメブログに載せています。今のところ、1サンプルあたり3万円ほどの費用で1つの糞サンプルに含まれる餌生物の情報を調べてみることができます。対象とする餌生物の遺伝情報が揃っている必要がある、対象とする餌生物の分類群が多様だと1サンプルにつき何回も解析をする必要があって高額になるなど欠点もありますが詳しくは上のブログなどをご参照ください。
参考文献:Fujii T, Ueno K, Shirako T, Nakamura M, Minami M. 2022. Identification of Lagopus muta japonica food plant resources in the Northern Japan Alps using DNA metabarcoding. PLoS One 17: e0252632.