バードリサーチでは、海外から移入され各地で野生化しているコブハクチョウの生息状況を調べる業務を、千葉県からの委託で行なっています。今年度は3年目の調査で、千葉県北部を中心にコブハクチョウの分布域が広がる様子がわかってきました。
手賀沼はコブハクチョウ銀座
千葉県北西部にある手賀沼と下手賀沼には、多くのコブハクチョウが生息しています。千葉県が毎年1月に実施しているガンカモ類の生息調査(通称、ガンカモ一斉調査)で計数された手賀沼のコブハクチョウの個体数推移を見ると、1996年から2019年の間に個体数が増えていることがわかります(図1)。手賀沼周辺ではコブハクチョウの餌付けが多く、餌付けと個体数増加の関係が指摘されています。2020年と2021年のガンカモ一斉調査では数えられた個体数が少なくなっていますが、この調査地点の他にも手賀沼全域を調査した私たちの調査では、この3年間では大きな個体数の変化はありません(2019年 168羽、2020年 168羽、2021年 166羽)。ガンカモ一斉調査は1月、私たちの調査は5月なので傾向が異なっている原因はわかりませんが、もしかすると2020年と2021年のガンカモ一斉調査のタイミングでは、この記事の後で触れる給餌場にコブハクチョウが集まっていて、それが数えられなかったためなのかもしれません。
手賀沼からコブハクチョウが分散し、周辺地域で増えている!?
JK61という個体は2018年に山階鳥類研究所と東海大学、我孫子市鳥の博物館による共同調査で捕獲され、個体識別用の首輪を装着されました。手賀沼で標識された個体ですが、2019年には隣接して流れる利根川の下流側に約50 km離れた香取市へと移動し、それ以降今年まで移動先で記録されています(図2)(参照pdf:あびこ鳥だより spring 2019 )。
この個体がいる香取市周辺では、2019年には7羽のコブハクチョウが記録されましたが、その後個体数が増加しており2020年には12羽、2021年には29羽が記録されました。調査はコブハクチョウの生息に適していそうな水田や水路や河川や湖沼で行っていますが、図3の白丸の地点のように調査したものの個体が確認されなかった場所も多くありました。図3の範囲では今回の調査期間中に少なくとも4ペアが繁殖中で、まだまだコブハクチョウが増加する余地がありそうなこの地域では今後も数を増やすことが心配されます。
餌付け→増える→農業被害 の流れを変えたい
コブハクチョウが香取市周辺で個体数を増やしている要因として、人からの給餌が挙げられます。給餌はコブハクチョウの繁殖成績を高める他、特に冬季の生存率を高めている可能性があります。また、香取市に限らず手賀沼周辺や手賀沼の東にある将監川でも、近隣や遠方から来る人がコブハクチョウに多くの餌を与えています。
こうして数を増やしたコブハクチョウは、特に田植えの直後などに水田に侵入して稲を食べることで農業被害を生むようになってきました(図4)。ハクチョウ類はもともと、陸上や水中の植物を主食としているので、植えられたばかりの稲は柔らかくて美味しいのでしょう。
こうした背景のもと、抱卵中の卵を偽の卵(擬卵)と置き換えて繁殖抑制をする方法が周辺自治体によって進められています。しかし、千葉県北部のコブハクチョウの数は成鳥だけでもすでに200羽近くに達しており、今後擬卵交換のみによって個体数を減らすことは大変難しい状況です。そこで、コブハクチョウへの餌付けを減らし、繁殖成績や生存率が高い現状を変える必要がありそうです。
コブハクチョウの周知と餌付け問題への対応が必要
調査中には、コブハクチョウに餌やりをしている人とお話する機会が何度かありました。それで分かったのは、特に新しく分布を広げ、個体数を増やしつつある場所では、頻繁に見かけるようになったコブハクチョウに愛着が湧いて餌をあげているようになる、というパターンでした。それでなくても大きくて存在感のある鳥なので、在来のハクチョウ類が渡去した後の春から秋にかけてコブハクチョウを見かけたらつい愛着が湧くという気持ちはよくわかります(写真5)。
千葉県にはたくさんのコハクチョウが渡来する本埜白鳥の郷(もとのはくちょうのさと)や夏目の堰などがあり、ハクチョウ類への関心が高い地域であるようです。一方で、田植えの時期には北へと渡っていくコハクチョウやオオハクチョウと、渡らずに繁殖し、水田への侵入などで問題となっているコブハクチョウの違いについてはよく知られていないようでした。
まずは、同地で繁殖するコブハクチョウと越冬するコハクチョウなどとの違いや、渡らないコブハクチョウは数が増えると食害の影響が大きくなり農家との間に軋轢を生んでしまうことを、地元の方たちに伝えていくことが大事だと感じています。
コブハクチョウへの餌やりは一律で禁止して良いか?
個人的に行われる小規模な餌やりの他に、コブハクチョウにて大量の給餌を行なっている場所があります。そこには常時100羽程度のコブハクチョウが集まっています(図6)。大量の給餌はコブハクチョウの繁殖成績や冬季の生存率を高め、個体数の増加と周辺地域への分散の源になっていると考えられます。
こうした場所ではすぐに給餌を完全にやめるべきでしょうか?コブハクチョウ対策として、できる限り殺処分を避けつつ個体数管理を実現する上で、大量の餌付けにどう対処すべきかを考えてきました。
コブハクチョウが多く集まっている場所で突然すべての餌やりをやめた場合、心配なことがあります。
一つは、餌がなくなったコブハクチョウがこれまでよりも多く農地に侵入する可能性です。給餌をやめた時に、給餌場に集まっているコブハクチョウたちが餌を求めて一斉に周辺の農地に侵入し、被害が大きくなることが目に見えます。
もう一つは、餌が足りなくなった個体が周辺のみならずさらに遠方に分散してしまう可能性です。先に紹介した標識個体JK61の例のように手賀沼から他の場所に移動した例が確認されていますが、同じようにこれまた100羽くらいのコブハクチョウがいろんな場所に散らばってしまうと、いよいよ収拾がつかなくなりそうです。また、分散した先ではおそらくまた周辺住民による餌付けを受けることが考えられ、新たな繁殖地となることも容易に予想できます。
バードリサーチでは、給餌を突然全面禁止とするのではなく、給餌量を減らしたり、給餌する時期を限定したりして段階的にコブハクチョウの個体数管理を進められないかと模索しています。擬卵交換などの方法で繁殖抑制を進めることは重要で継続すべきだと考えますが、さらに並行して、個体識別をして行動を調査し、農地への侵入を防ぐ方法を検討することなども必要です。今後も、農家や給餌をする人、行政など関係者と合意を形成しながらコブハクチョウの管理に関わっていこうと思います。