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保護区の選定のために ~東京都の重要生息地の抽出の試行~

バードリサーチニュース 2021年9月: 2 【活動報告】
著者:植田睦之(バードリサーチ/全国鳥類繁殖分布調査事務局)

2030年までに国土の30%を保護区にするという目標を環境省が出しました。現在の保護区は約20%なので,かなり保護区を拡げていく必要があります。
 その目玉になりそうなのが「OECM」という制度の導入で,これは民間の土地などで生物多様性の保全に貢献する場所を認定する制度です。全国鳥類繁殖分布調査でもアマサギやコサギなど農地や里地に生息する種が減っていて,こうした種に対してはこれまでの保護区の考えでは保全できそうになく,とても重要な取り組みと思います。それとあわせて,これまでで通り「どこが重要な場所なのか」を考えて,保護区を指定していくことも重要です。

 保護区は,鳥だけでなくほかの生物の生息状況も合わせて選ぶ必要がありますが,鳥は比較的生息情報が多く,そういったアプローチがしやすい分類群だと思います。重要な場所の選定方法としては,希少種や集中渡来地を選ぶのが比較的容易なアプローチで,バードリサーチでも既存情報からそういった選定もしてきました(三上ほか 2012)。また,普通種の減少が目立つ中,全国鳥類繁殖分布調査の結果を使って全種を対象に生息地予測などしながら大きなスケールでの重要な生息地を推定したりもしました(Naoe et al. 2015)。
 先月のニュースレターでも紹介したように,2017年から現地調査を行なってきた東京都繁殖分布調査では,より詳細な面的な情報が得られました。そのデータを使えば,東京の全繁殖種を対象とした重要な場所を抽出することができそうです。そこで,そんな試みをしてみました。

 

保護区候補の抽出方法

 東京都鳥類繁殖分布調査は,2017年から2021年まで現地調査が行なわれた調査で,東京本土部では,1,138メッシュで調査を行ないました。また,2016年からアンケート情報を収集し,現地調査が行なわれていない577メッシュの鳥の生息情報を収集することができました(図1)。調査には237人の方の参加があり,たくさんの方の参加なしにはできない調査でした。ありがとうございました。

 

図1 東京都鳥類繁殖分布調査で現地調査およびアンケート調査による情報収集が行なわれたメッシュ。

 

 「保護区候補」の抽出は,これらの東京の面的な鳥の生息分布の情報を使って「全種について少なくとも10km2の生息地(絶滅危惧IA類の基準に相当)を確保する」という基準で抽出しました。そこで,まず東京都繁殖分布調査の繁殖ランクC以上のメッシュ(繁殖しているかその可能性のあるメッシュ)が10メッシュ以下の種については,記録された全メッシュを保護区候補として選択しました。全メッシュを選択しても確保できる生息地が10km2以下だからです。続いて,11メッシュ以上で確認されている種については,確認メッシュ数が少ない種から,それまでに選択されたメッシュでの生息メッシュ数を確認しました。そして,それが10よりも少ない場合は,足りない分のメッシュを追加しました。たとえばヨタカについては,既に選択されているメッシュで8メッシュの記録があったので,10km2の生息地を確保するには,2メッシュを追加しなければなりません。この追加にあたっては現地調査での確認個体数を基に,上位2メッシュを選択し,追加しました。個体数が同一のメッシュが複数がある場合もありますが,そうした場合は,人間活動の少ない場所の方が保護区にしやすいと考えられるので,より山地部の多い西側のメッシュを優先に選択しました。この作業を外来種および旅鳥や冬鳥を除く全種についてくりかえしました。

選ばれた129メッシュ

 抽出作業の結果,129メッシュが選ばれました(図2)。西部の山地部のメッシュが多く選択され,郊外部にも部分的にまとまって選択されたメッシュがありました。それは多摩川沿いの場所やカッコウの記録された農地と林が混在するような場所でした。また都心部も同様に湾岸部や江戸川・荒川といった河川沿いのメッシュがまとまって選択され,点々と選択されている場所は,公園の池などでサギ類が記録された場所でした(1か所はハヤブサ)。

図2 選ばれた保護区の候補メッシュと,そこで記録された種数。青枠はウミネコで選択されたメッシュ

 

 この抽出の問題点の1つとしては,特に,山地部は調査が林道や登山道に沿って実施されているので,それ以外の場所が選ばれないということがあります。それを避けるためには,Naoe et al. (2015) のように,生息モデルでの推測を行なって,調査をしていないメッシュの生息種も予測して,それをもとに選定を行なう方法もあります。ただ,道のある場所の方が開発される可能性も高いので,優先順位としてはこれでも良いのかもしれません。
 また,図2に青枠で示した場所はウミネコにより抽出された場所です。ウミネコは最近になって分布するようになった鳥で,かつ,ほかの鳥がそれほど多くない都心部に分布するため,ウミネコとして6メッシュが選択されました。東京では分布を拡大させている種のために,保護の重要性は高くない種に対して,こうした多くのメッシュが選択されるのは,あまり効果的ではないようにも思います。近年分布を拡大しているイソヒヨドリも同様の可能性が考えられましたが,分布がウミネコほど特殊ではないためか,イソヒヨドリにより選択されたメッシュはありませんでした。したがって,ウミネコのように全体に影響を与える例はかなり特殊な例かもしれませんが,対象種をどうするかも検討の余地がありそうです。

 今回は10km2の生息地を最低確保するためという基準で抽出してみましたが,ほかにも,希少種を中心にした抽出や,生息種数の多い場所など様々な基準が考えられます。また実際的には保護区は点々と設定するよりはまとめて設定した方が効果的だとか,土地利用や経済的なことを考慮しなければなりません。それでもこの東京都鳥類繁殖分布調査のデータは様々なことを検討していくうえで重要な基礎データになると思いますので,全国鳥類繫殖分布調査のデータと合わせ,様々なことに活用されていくようにしていきたいと思います。データは研究や保護施策のためには公開できるよう準備中です。そうしたことをしたい方はバードリサーチまでご連絡ください。。