世界の渡り鳥についての書籍を寄贈いただきましたので、ご紹介します。「大図鑑」というタイトルから、いわゆる図鑑をイメージしたのですが、中を開いてみると図鑑とは趣の異なるものでした。Tiplingさんと大勢の写真家による渡り鳥たちのダイナミックな世界が目に飛び込んでくる一冊で、久しぶりにページをめくりながらゾクゾクしました。翼を羽ばたかせる音が聞こえてきそうな躍動感あふれる写真、静まりかえった朝や熱をはらんだ南国の空気感が伝わってくる写真・・・、羽の輪郭まで捉えた大きくて美しい海外の鳥の写真には、「これを見に行きたい!」と思わせられました。
著者のUnwinさんは英国王立鳥類保護協会(RSPB)発行の図鑑なども手掛けており、その幅広い知識をもとに、世界の渡り鳥の中から、渡りの全貌を説明するために67種を選んで解説されています。さまざまな地域のさまざまな鳥の渡りを理解できる構成が、さらに旅情をかきたててくるのだと思います。解説にはたくさんの研究成果が盛り込まれ、渡りに要した時間や距離などについても詳しく数値が示されていて知的な満足感もあります。
ヒマラヤ山脈を越えて渡るインドガン
インドガンはアネハヅルと同じようにヒマラヤ山脈を越えて渡る鳥で、山脈の北側で繁殖し、インドの沿岸などで越冬する鳥です。2012年にイギリスのバンガー大学の研究チームによる調査で、追跡したうちの1羽が標高7290mの高度まで上昇して山脈を越えたことや(多くの個体は山頂部を避けて谷沿いに越えて行くので(Hawkes et al. 2013)、5500mまで上昇すれば十分のようです。もと論文では谷沿いを行く様子が図で示されているので英語が読めなくても一見の価値ありです。)、海抜0mから7時間でヒマラヤ山脈を越えたことをこの本では紹介しています。インドガンのこの急な上昇を達成するには、体の仕組みも適応していないといけません。そこで、他のガン類より翼面積が広くて上昇気流を捉えやすい翼を持つだけでなく、肺が大きかったり、心臓の左心室の毛細血管が多いことなど、空気の薄い環境で酸素を体に届けるための仕組みを持っていることも研究成果を踏まえて解説しています。
大きな渡りと意外な渡り
北極と南極を行き来するキョクアジサシについては、ジオロケーターによる研究によって1年間で9万kmも移動していることや、ヨーロッパからアフリカの西海岸を南下したキョクアジサシがそのまま南極大陸に向かわず、アフリカ大陸南端の喜望峰を回って東に向かい、オーストラリア近海まで飛んでから南極に向かった事例なども、細かく解説されています。イングランド北東部で標識された個体が3か月後にオーストラリアで回収されたことも合わせて記載されており、鳥の渡りが最新の技術だけでなく、大勢の市民調査による努力によって解明されている様子も伝わってきます。
一方、大陸を股にかけたダイナミックな渡りだけでなく、距離の短い渡りについても紹介されています。アフリカ南部のザンビアを流れるザンベジ川とルアングワ川沿いなどの崖にカワセミのような巣穴を掘って集団繁殖するミナミベニハチクイは、面白い渡りをします。南半球なので季節が逆転しますが、8月から11月まで繁殖した後、一度南に向けて約1,000km移動し、南アフリカ協和国やモザンビークのサバンナに分散して滞在します。ところが、3月になると繁殖地を飛び越えておそらく繁殖地の1,000km以上北にあたるタンザニアやコンゴ民主共和国など赤道近辺 まで移動して非繁殖期を過ごし、 8月になってから再び繁殖地に戻るそうです。
膨大な情報に基づいているようですが、引用文献は示されていません。ざっと見た感じ、2015年ぐらいまでの論文が情報源で、ここ数年に発表された研究成果は盛り込まれていないようでした。金額や本の大きさからして、鳥類学者を目指している大学生向けではなさそうです。ただ、いやでも目を世界に向けてくれる本ですし、成長する一歩を後押ししてくれることは間違いありません。自分で買うにはちょっと勇気がいる本なので、鳥に興味を持っている中学生や高校生、なかなか会えない友人などへのプレゼントにどうでしょうか。
実物でなければ、この本の良さは伝わりません。ぜひ、大型書店で蔵書しているところを探して、手に取ってみてください。
引用文献
Hawkes L. A., Balachandran S., Batbayar N., Butler P. J., Chua B., Douglas D. C., Frappell P. B., Hou Y., Milsom W. K., Newman S. H., Prosser D. J., Sathiyaselvam P., Scott G. R., Takekawa J. Y., Natsagdorj T., Wikelski M., Witt M. J., Yan B. and Bishop C. M. 2013. The paradox of extreme high-altitude migration in bar-headed geese Anser indicus. Proc. R. Soc. B. 280:20122114.
http://doi.org/10.1098/rspb.2012.2114