バードリサーチニュース

南北で異なる有明海・八代海のカモ分布 有明海・八代海のカモ類合同調査報告

バードリサーチニュース2020年6月: 2 【活動報告】
著者:神山和夫

 以前のバードリサーチニュースで、全国的に減少しているホシハジロとスズガモが有明海北部で増えているという話題を紹介しました(BRnews 2019年10月:2)。このときの分析には、環境省と都道府県が毎年1月に全国で実施している「ガンカモ類の生息調査」を利用しましたが、この調査は県ごとに調査体制が異なり、九州では長崎県をのぞいて鳥獣保護員や県職員の皆さんによって調査が行われています。調査員は必ずしも野鳥のカウントに慣れている方ばかりではないので、大規模な調査ではガンカモ類の数と分布が把握できていない可能性があり、全国で減少が続いているハジロ属の現状を把握するためには、さらに詳しい調査が必要だと考えられました。幸いなことに、有明海とその南につながる八代海沿岸では地元の野鳥団体が長期のモニタリング調査を行っている場所があったため、沿岸の野鳥保護団体とバードリサーチが協力して(表1)調査日程を合わせ、さらに未調査区間でも調査を行うことで、海域全体を網羅した「有明海・八代海のカモ類合同調査」を2020年1月に実施しました。なお、この調査は環境省のモニタリングサイト1000の一環として実施しました。長崎県の調査については同時期のガンカモ類の生息調査(長崎県野鳥の会が実施)の暫定値を使用しています。

表1.有明海・八代海のカモ類合同調査 参加団体

都道府県 調査団体
長崎県 長崎県野鳥の会
佐賀県 日本野鳥の会 佐賀県支部
福岡県 日本野鳥の会 筑後支部
熊本県 日本野鳥の会 熊本県支部
鹿児島県

出水のツルと野生生物研究会
出水市ツル博物館クレインパークいずみ

とりまとめ バードリサーチ

 

南北で異なるカモ類の分布

 今回の合同調査で分かったことのひとつは、海域の南北でカモの種構成が異なることです。北部の長崎県諫早市から佐賀県にかけては、ツクシガモ、スズガモ、ホシハジロが多く生息していました。一方、南部の熊本県・鹿児島県にはマガモ、カルガモ、オナガガモ、ヒドリガモといったマガモ属の種が多く生息していました。なぜ、こうした違いが起きているのでしょう。原因として考えられるのは、南北で食物資源が違っていることです。

図1.有明海・八代海のカモ類の個体数分布

 

ツクシガモとハジロ属は浅海域に、マガモ属は落ち籾がある水田に集まっている

図2.干潟で採食しているツクシガモ(撮影 中村さやか)

 有明海の特徴である広大な干潟。埋め立てで減ったとはいえ、北部の佐賀県沿岸には現在も広い干潟が残されています。この干潟を餌場にするカモの代表がツクシガモで、今回の調査で見つかったツクシガモの大半は佐賀県で記録されました。北部に多いスズガモとホシハジロは潜水して水底の貝や無脊椎動物を食べる種で、諫早湾から佐賀県沿岸にかけての入江や調整池で大きな群れが見つかりました。北部は干潟が多いことでも分かるように浅い海域が多いため、ハジロ属は夜間に浅海域で採食し、日中は波の静かな場所で休息しているようです。さらに今回の合同調査では熊本市以南の海域でも数千羽のホシハジロが記録された場所がありましたが、その付近も北部と同じように浅瀬が多い海域でした。
 南部に多かったマガモやオナガガモといったマガモ属の種は、稲の刈り入れが終わった水田を主要な餌場にしていることが知られています。稲が刈られた後の水田には多くの落ち籾が残っていて、それが冬場の餌になっているのです。有明海・八代海では北部も南部も広い干拓地が水田になっていますが、冬期の利用形態が異なっています。北部の水田は裏作をするのが一般的で、冬でも青々とした麦畑になっていて落ち籾がないのです。一方、熊本から鹿児島にかけての南部は水田の裏作が少ないので、カモたちは冬の水田で落ち籾を食べることが可能で、これがマガモ属が北部に少なく南部で多くなっている理由ではないかと考えられます。裏作の正確な面積は分かりませんが、有明海北部の平野の大半を占める佐賀県は耕地利用率が131%(2017年)と九州でも群を抜いて高く、それに比べて南部の熊本県は96%、鹿児島県は92%です。100%を超える面積は裏作なので、この数字からも北部で冬季の休耕田が少ないことの一端が分かると思います。

 

本州で激減したホシハジロは有明海・八代海に移動したのか?

 ガンカモ類の生息調査によると、ホシハジロは全国で個体数が減少した2000年代後半に長崎県と佐賀県で増加している傾向が見られています(図3左)。今年1月の合同調査とガンカモ類の生息調査で佐賀県のホシハジロ個体数を比較すると、生息調査でもホシハジロの把握率は低くなさそうなので、生息調査で判明した北部海域の個体数変化は概ね正しいと考えてよさそうです。ただし北部で個体数が増えていることしか分からないのでは、ホシハジロが本州から九州へと越冬地を変えた結果とも、有明海・八代海の内部でホシハジロの移動があったとも考えらます。ガンカモ類の生息調査では熊本以南でほとんどホシハジロが記録されておらず、合同調査もまだ1年目なので、海域全体でホシハジロがどのように変化したかを知ることができません。しかし南部の八代干拓では日本野鳥の会熊本県支部と八代野鳥愛好会が1980年代からガンカモ調査を続けているので、その記録を見せていただいたところ、ここでも2000年代後半にホシハジロの増加が起きていることが分かりました(図3右)。海域の北と南で同時期からホシハジロの増加が起きているということは、本州で減少したホシハジロの一部が移動してきた可能性がありそうです。

 このように現在はホシハジロにとって重要な生息地になっている有明海・八代海ですが、有明海では2000年頃から有明海異変と呼ばれる生態系の変化が起きています。養殖海苔の不作や魚介類の不漁による水産業への被害をニュースでご覧になった方もおられると思いますが、海底の調査によると広範囲で底生生物の減少が続いているため、ホシハジロの餌への悪影響が心配されます。今後も調査を続けることで、この海域のカモ類の個体数と分布の変化を把握していきたいと考えています。

図3.左:本州と佐賀・長崎県のホシハジロ個体数(ガンカモ類の生息調査)。右:八代干拓のホシハジロ個体数(日本野鳥の会熊本県支部と八代野鳥愛好会)。

 

参考文献

東 幹夫ほか. 2020. 諫早湾潮止め後20年間の有明海底生動物群集変化の総括的研究. 自然保護助成基金助成成果報告書. 28:1-10.

農林水産省九州農政局. 2019. 見たい!知りたい!九州農業2019.