ハジロ類のスズガモ、キンクロハジロ、ホシハジロは、全国で越冬している身近な潜水ガモです。潜水ガモ類全体では海洋性の種が多いのですが、ハジロ類は陸地と沿岸部に生息していて、食物にしている貝や無脊椎動物の多い浅い水域が大規模な生息地になっています。ところが、そのような場所でハジロ類の大きな減少が起きていることが分かりました。モニタリングサイト1000の第3期とりまとめ結果から、ハジロ類に迫っている危機について説明しましょう。
3種ともに大規模生息地で大きく減少
環境省と都道府県が毎年1月に実施しているガンカモ類の生息調査の1996年~2017年(1月調査)のデータを使用して、全国総数の経年変化を見てみました(図1)。スズガモとキンクロハジロは2000年代半ばに個体数が増えた後、2000年代後半から減少が続いています。そしてホシハジロは一貫して減少していることが分かりました。
潜水ガモ類は大きな群れを作る習性があり、3種の大規模な生息地はエサとなる貝類や水底の無脊椎動物が豊富な、浅い水域に重なっています。具体的には、東京湾、浜名湖、伊勢・三河湾、琵琶湖、児島湖、中海・宍道湖、有明海が大規模な生息地になっており、上記の総数の減少はこれらの大規模生息地での個体数減少が大きな部分を占めています。ではこれらの場所での個体数変化を見てみましょう(図2)。上記と同様にガンカモ類の生息調査の1996年~2017年のデータを使用していますが、琵琶湖はより正確な個体数が調査されている日本野鳥の会滋賀支部の記録を使用しています。滋賀支部の調査は2005年1月から始まったので、その時点と2018年1月のデータを比較しました。
スズガモは、東京湾、浜名湖、伊勢・三河湾、児島湖で減少しています。有明海では諫早湾で記録上は増加していますが、1997年4月に防潮堤が締め切られる以前は多くのスズガモがいたそうなので、いったん諫早湾を離れていた(沖にいてカウントできていなかった可能性もあるでしょう)個体が湾内や付近の海面をねぐらに利用するようになったのでしょう。キンクロハジロは琵琶湖と中海・宍道湖で減少しています。ホシハジロは大規模生息地のほとんどで減少しましたが、有明海の諫早湾と佐賀県の干拓地周辺で2000年代後半から増加しています。
底生生物が減少したせいでハジロ類が減ったのか?
3種の潜水ガモ類は貝、無脊椎動物、水草などを食物にしており、主食とする食物は生息地の環境によって多様に変化します。ただし傾向としては、スズガモは貝類を好み、キンクロハジロは貝類、水生昆虫、ユスリカの幼虫などを食べ、ホシハジロは同様の動物質のエサに加えて水草を食べる割合が高いようです(岡・関谷1997など)。中海では、秋の飛来当初はホシハジロの方がキンクロハジロよりも大きなサイズのホトトギス貝を食べます。そして冬になってホトトギス貝が減ってくると、キンクロハジロは様々な貝類を食べるのに対して、ホシハジロはアサリを食べる割合が高くなるように(Sekiya et al. 2000)、同所では異なる食物資源を利用することでニッチを分けているようです。しかし、底生生物を食物とする3種がそろって減少している場所が多いということは、これらの場所の底生生物全般が減少しているせいではないかと思われます。
例えば、スズガモの最大の生息地だった東京湾では2000年台半ばからアサリの漁獲が減少していて(鳥羽2017)、これはスズガモの減少期と一致しています。キンクロハジロの最大の生息地だった中海・宍道湖では2006年以降にヤマトシジミが減少しており(國井 2011)、こちらもキンクロハジロの減少期と一致しています。ホシハジロも多くの場所で減少していますが、諫早湾と佐賀県干拓地周辺では増加しています。これは淡水化された諫早湾の調整池でユスリカが大量発生していて、その幼虫のアカムシが新しい食物資源になっている可能性があります。こちらの2010年のブログ記事で、諫早湾のユスリカの大量発生は3年連続だと書かれているので、2008年頃から大量発生が始まっていたとすると、この地域でのホシハジロの増加時期とも一致します。
オスの割合が高いと繁殖地で天敵による捕食が増えている可能性がある
ホシハジロの繁殖地は、中国東北部とロシアにまたがる地域から西のヨーロッパまで広がっています。実はヨーロッパでもホシハジロが大きく減少していて(Fox et al. 2016)、さらに1989-90年と2016年の調査を比較すると近年はオスの比率が高まっていることから、繁殖期に捕食されて命を落とすメスが増えている可能性が指摘されています(Brides et al. 2017)。カモ類はメスだけが育雛をするため、その時期のメスは天敵に襲われやすいのです。
バードリサーチが2016年に行ったカモの性比調査でもホシハジロの性比はかなりオスに偏っていました。ヨーロッパの調査でもホシハジロの性比は昔からオスに偏っているので、性比の経年変化を調べなければメスの死亡が増えているかは分かりません。しかし日本のホシハジロのオスの割合は中央値が69%で、ヨーロッパの2016年1月の調査の平均値に近い数字です。このことから、日本へ飛来するホシハジロの繁殖地で捕食圧が高まっている可能性も考えられます。日本へ渡ってくるカモの中でホシハジロの繁殖地は最も低緯度にあって人間活動の影響を受けやすいため、湿地の開発などによってホシハジロの営巣地に天敵が近づきやすくなっているのかもしれません。日本でも性比の経年変化が調べられるとよいと思いますので、昔のホシハジロの雌雄別の個体数を記録している方がいらっしゃれば、ぜひバードリサーチにご連絡ください。
以上のようにハジロ属の潜水ガモ3種は急速な減少を続けており、彼らが越冬する日本の浅い水域で環境の悪化が進んでいることが懸念されます。一方、本州の生息地で減少が起きているのに比べて、有明海ではキンクロハジロとホシハジロの個体数に増加傾向が現れています。しかし近年、有明海では貝類の減少や海苔の不作が多発する「有明海異変」と呼ばれる現象が起きているので、安心はできません。この地域のカモ類の実態を把握するため、バードリサーチでは地元の野鳥保護団体などに協力していただいて、有明海・八代海のカモ合同調査をモニタリングサイト1000の一環として2020年1月に実施します。11月24日には佐賀市で調査の説明会を開催しますので、興味のある方はぜひご参加下さい。説明会についてはこちらのサイトをご覧下さい。
参考文献
Brides K, Wood K A, Hearn R D & Fijen T P M. 2017. Changes in the sex ratio of the Common Pochard Aythya ferina in Europe and North Africa. Wildfowl 67: 100–112.
Fox A D, Caizergues A, Banik M V, Devos K, Dvorak M & Sjenic J. 2016. Recent changes in the abundance of Common Pochard Aythya ferina breeding in Europe. Wildfowl. 66: 22–40.
國井秀伸. 2011. 宍道湖における突発的な水草の分布拡大について. 日本湿地学会大会要旨. http://www.j-wetlands.jp/wetlands/meeting/2011/08/332/
岡奈理子, 関谷義男. 1997. ハジロ属鳥類(キンクロハジロ,ホシハジロ,スズガモ)の採食行動と食性を中心とする生態. ホシザキグリーン財団研究報告書. 1: 85–97.
Sekiya Y, Hiratsuka J, Yamamuro M, Oka N, & Abe M. 2000. Diet selectivity and shift of wintering common pochards and tufted ducks in a eutrophic coastal lagoon. Journal of Marine Systems. 26: 233–238.
鳥羽光晴. 2017. アサリ資源の減少に関する議論への再訪. 日本水産学会誌. 83: 914-941.