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アカハジロがヒシの実を食べる行動

バードリサーチニュース2019年5月: 3 【レポート】
著者:又野淳子(日本野鳥の会大阪支部、バードリサーチ会員)

表1.大阪でのアカハジロの飛来数。(環境省 ガンカモ類の生息調査)

 アカハジロは最も希少なカモの一種で、世界の総個体数はわずか250-1000羽と推定され、IUCNレッドリストでは最も危機的ランクが高い絶滅危惧ⅠA類(CR)に選定されています。中国東北部から長江流域にかけて繁殖し、越冬地は主に中国国内ですが、日本でも越冬期に少数の飛来が観察されます。種の保全に必要な基本情報のひとつは食性ですが、アカハジロの食性に関する情報は少なく、潜水して動植物質の食物を食べるらしいという他には具体的な食物内容はほとんど分かっていないようです(del Hoyo 2014)。大阪府では1985年以降、ほぼ毎年アカハジロの飛来が続いており(表1)、2018/19年越冬期には高槻市中部の溜池で1羽のオスが越冬していました。この個体がヒシの実を食べる行動を観察したので報告します。

小さな溜池に飛来

 アカハジロが飛来した溜池は、市街地から少し外れた学校や集合住宅近くに位置し、周囲約330m、広さ約7,100m2です。西側は古墳、東側は川沿いに道路があり、南側には別のため池があります。アカハジロはメジロガモやホシハジロとの交雑個体がよく見られますが、当池の個体は頭部が光沢のある暗緑色であること、胸部があずき色(赤褐色)であることなどから純粋なアカハジロだと考えています。

日中はヒシの実を食べて過ごす

 当池のアカハジロは盛んに潜ってはヒシの実を採っていました(写真1)。池の水は黄緑色で透明性は無く、潜ると薄茶色の泥の波紋ができることから、目視ではなく、嘴で探っているのではないかと思われました。毎回ヒシの実が採れるということでもなく、何もくわえずに浮き上がってくることもあります。ヒシの実を採ることができたときは、水面で長い間モゴモゴしたのち飲み込んでいました。おそらくトゲをとっているのではないかと推察しました。口を開けたときに舌が見えました。肉色の舌の先端近くの両側に黒い斑点が一対、舌の中ほどに薄い黒斑がさらに一対ありました(写真2)。アカハジロがヒシの実を採る行動は、昨年オス1羽が飛来した大阪府堺市のため池でも確認されています。ヒシは中国にも分布する植物なので、アカハジロが飛来する湖沼でヒシを維持することが本種の保全に役立つかもしれません。

写真1.潜水してヒシの実をくわえてきたアカハジロのオス。

写真2.アカハジロの舌にある黒斑(左)。写真3.ホシハジロのメスに求愛するアカハジロのオス(右)。

夜は別の池をねぐらにしている

表2.アカハジロとホシハジロが餌場の溜池を飛去した時刻。

 カモ類は夜行性で昼間は水面で休息していると言われることがありますが、この溜池のアカハジロとホシハジロは昼間にヒシを食べています。しかし一日中この池で過ごしているのではなく、夜になると池から姿を消しているようなのです。何時ごろに池からいなくなるかを調べたところ、表2のように日の入り10~20分後に、アカハジロとホシハジロはまとまって泳いで池をあちこち移動した後、一斉に南西へ飛去したのです。飛去先は、この池から直線距離で600m西方にある比較的大きいため池(周囲約510m、約10,200m2)ではないかと思いました。そこで2月28日17時20分に餌場の池でアカハジロのオス1羽、ホシハジロのオス3羽とメス9羽を確認して、そして17時35分に西方の池にはヒドリガモ13羽とキンクロハジロ7羽しかいないことを確認した後、西方の池でアカハジロとホシハジロが飛来しないか待ちました。すると18時15分に南の方からスーッと水面に下りたカモの群れがあり、暗闇の中、ホシハジロのオス3羽とメス7羽を確認しました。アカハジロは確認できませんでしたが、昼間この池にはいなかったホシハジロが確認でき、その数が採食地の池とほぼ合うことから、アカハジロも一緒に飛来して、ここをねぐらにしているのではないかと推察しました。しかし、この西方の池への飛来はその後4日間観察を続けたものの、以後はホシハジロもアカハジロも飛来を確認することはできませんでした。ただそのうち2回はキンクロハジロが飛来することが確認できましたので、この池は夜間カモが利用する場所のようです。この池はコンクリート張りですが、池の半周ほどにはヨシが生え、その近くでカモが休む姿を確認できました。この池の他にアカハジロが夜間に利用している池があるのか、夕暮れ時に周辺の溜池や古墳や御陵の堀10箇所を調べましたが、確実な飛来を確認することはできませんでした。

 一方、採食地の池で早朝に観察をしていると、3月14日5時39分に当池に南方からアカハジロのオス1羽、ホシハジロのメス6羽が飛来しました。この溜池は夜間も人が立ち入ることは無く人の脅威はないと考えられます。しかし東を自動車道路に接しているため、夜中は車のヘッドライトが差し込みます。また、名神高速道路に近く、静かな環境とはいえません。カモたちは、夜間に光や騒音があると安心して眠ることができないので、より安全な場所をねぐらに選んでいるのかもしれません。

その他の行動と滞在期間

 アカハジロを初めて確認したのは2019年1月11日でした。採餌しないときはほとんど寝ており、たまにおなかを見せて羽づくろいをしたり、翼を広げて伸びをしたりし、その際、喉の白斑が確認できました。また同じ池に来ているホシハジロをオス、メスの区別無く首を低くして追いかけたり、メスに向かって首を上下させる求愛行動も見られましたが(写真3)、執拗ではありませんでした。常にホシハジロの群れの真ん中に居て、寝ている間に群れから外れると、あわてて群れの真ん中へ移動する行動が何度も見られました。アカハジロは3月18日まではホシハジロのメス7羽とともにいましたが、19日はホシハジロのメス4羽のみでした。おそらくホシハジロのメス3羽とともに飛去したのではないかと思われます。

当池の他の鳥の行動

 当池でアカハジロ以外の水禽類で頻繁に観察されたのは、カルガモ、ホシハジロ、オオバンでした。そのうちホシハジロとオオバンもヒシの実を採り(写真4)、オオバンはさらに魚やザリガニも食べていました。

写真4.ヒシの実を食べているオオバン(左)。写真5.当池で採集したヒシの実(右)。

参考文献

del Hoyo, J. Elliott, A. Sargatal, J. Christie, DA & Kirwan G. (eds.). 2014. Handbook of the Birds of the World Alive. Lynx Edicions, Barcelona. オンライン http://www.hbw.com 2019/5/21参照.

Wetlands International. 2019. Waterbird Population Estimates. オンラインhttp://wpe.wetlands.org 2019/5/21参照.