このシリーズでは毎回、研究者自身に、発表した英語論文について解説してもらいます。
今回は北海道大学大学院 農学院 博士前期課程2年の北沢宗大さんに解説してもらいます。この論文は、鳥類にとっての耕作放棄地の価値を定量化した研究で、2018年に日本鳥学会が発行するOrnithological Scienceに掲載されました。現在、農業従事者の減少などが原因となり、日本やヨーロッパ地域などでは耕作放棄地が増えています。私たちはこのような土地とどのように向き合うべきなのでしょうか。北沢さんは生物多様性という切り口から、耕作放棄地の評価を試みています。
【加藤貴大 編】
紹介する論文: Kitazawa M., Yamaura Y., Senzaki M., Kawamura K., Hanioka M., Nakamura F. An evaluation of five agricultural habitat types for openland birds: abandoned farmland can have comparative values to undisturbed wetland. Ornithological Science, 2019, 18: 3-16.
人口減少・生物多様性の危機とむきあう
テレビや新聞では、毎日のように「日本の人口減少問題」が取り上げられています。税収の落ち込みによるインフラの整備問題、人手不足問題、そして年金問題など、頭を悩ませる問題ばかりです。日本の人口が過去1,200年以上も前からずっと増加し続けてきたことを踏まえると、昨今の人口減少は、過去1000年以上なかった緊急事態と捉えてもよいのかもしれません。
ところで、かつてない緊急事態を迎えているのは日本の人口だけではありません。野生生物もまた、多くの種が絶滅、そして個体数を減らしており、現在は「6度目の生物の大量絶滅期」と呼ばれることもあります。なかでも、特に危機的なのが、湿原生態系です。世界の湿原面積は、過去300年間で80 %以上も減少し、これに伴って多くの湿原性生物の個体数が減少しています。
これは、日本においても同様です。国内では過去100年間で1,000 km2、すなわち琵琶湖2個分の面積の湿原が、農地や宅地などに転換されたために消失しました。このような湿原の消失は、湿原性生物を脅かす最たる要因です。実際に、オオジシギやタンチョウ、チュウヒ、マキノセンニュウなど、湿原や草原に棲む鳥たちの多くが、絶滅危惧種として指定されています。この人口減少・大量絶滅時代に、わたしたちはどのように立ち向かえばよいのでしょう。
耕作放棄地を評価する
ひとつのカギになるのが、「耕作放棄地」です。増加する人口を養うために、これまでに多くの湿原や森林が農地に転換されてきました。しかし、昨今では農村部から人口が流出・減少し、耕作されない畑や水田、すなわち「耕作放棄地」が増加しています。現在では、日本の農地の10 %が耕作放棄されてしまっています。今後も加速する人口減少は、耕作放棄地の面積を増加させるかもしれません。
さて、この耕作放棄地をよくみてみるとミズバショウやヨシなどの湿性植物が生えています(図1)。そして、湿性植生が回復してきた耕作放棄地では、タンチョウのような絶滅危惧鳥類も観察できます(図2)。もしかしたら、耕作放棄地は湿原・草原性鳥類の生息地として機能しているのかもしれません。人口減少下で増加している耕作放棄地に、鳥類の生息地としての、新たな価値を見いだせるのではないでしょうか?
北海道・勇払平野での検証
さっそく、耕作放棄地が鳥類の生息地としてどれほど機能しているか、北海道の勇払平野で調べてみました。100年ほど前の勇払平野には、80km2以上もの広大な面積の湿原が広がっていました。しかしながら、農地開発などの影響を受け、現在では10km2程度しか残っていません。一方で、開拓された農地のうち、いくつかは1970年代以降に耕作放棄されてしまい、この地域には、現在7km2程度の耕作放棄地が存在します。ここでは、耕作放棄地が鳥類の生息地としてどれほど機能しているかを、畑、牧草地、そして、これまでに一度も人為改変の影響を受けていない、自然湿原と比較して評価していきます。この際に比較する指標として、3 haあたりの鳥類の種数、個体数、巣立ち雛の数、そして餌資源量と初渡来日の5つを用いました。
勇払平野に25か所の調査地点(湿原: 5か所; 耕作放棄地: 5か所; 牧草地 6か所; 畑: 6か所; 太陽光発電所: 3か所)を設置し、2016年の4月から8月にかけて調査を実施しました。テリトリーマッピング法という調査手法により、調査地点の周囲3 haの範囲内で、鳥類の種数と個体数をカウントしました。また、この際に巣立ち雛を発見した場合、その数も記録しました。更に調査期間中に、囀りなどの繁殖行動を調査地点で初めて記録した日を、初渡来日として記録しました。餌資源の量は、スイーピング法(捕虫網による採捕)により、調査地点で無脊椎動物を捕獲し、その乾燥重量を調べました。
結果を見ていきましょう。耕作放棄地に生息していた鳥類の種数と個体数は、自然湿原に匹敵しました。さらに、耕作放棄地では畑や牧草地よりも多くの種数・個体数の鳥が耕作放棄地に生息していました(図3)。
調査した耕作放棄地では、ヨシなどの湿性植生が成立しており、湿原と環境が類似していました。そのため、コヨシキリやオオジュリン、マキノセンニュウといった、本来は湿原に生息する鳥たちが、耕作放棄地にも生息できたのだろう、と考えています。
他の指標については、どの土地利用でも同程度となりました。ノビタキの、つがい当たりの巣立ち雛の数は、どの土地利用でも同程度でした(図4)。餌資源量(鳥類の食物となる、無脊椎動物の重量)についても、どの土地利用でも同程度でした。また、繁殖行動を開始した日について解析した14種のうち、3種の初渡来日は湿原で早い、すなわち湿原には他の土地利用よりも早く開始していました。しかし残りの11種では、開始日は土地利用間で殆ど変わりませんでした。
人口減少時代ならではの保全策を探して
北海道の勇払平野における検証から、耕作放棄地の生息地としての価値は、残存する自然湿原に匹敵することが分かりました。また、オオジシギやマキノセンニュウといった、個体数の減少が危惧されている鳥たちに着目しても、その個体数は自然湿原に匹敵しました。私たちは、耕作放棄地を「解消するべきもの」と捉えてしまいがちです。しかし今回の研究結果から、少なくとも勇払地方の耕作放棄地は、湿原・草原性鳥類の生息地として高い価値を持っていることがわかりました。既存の湿原の保全に加え、このような耕作放棄地に鳥類の生息地としての価値を見出すことで、湿原・草原性鳥類の保全を更に進めることができると考えています。
日本の人口は、過去1,200年以上も前からずっと増加し続けてきました。そして、増加する食糧需要をまかなうため、そして住居を提供するために、常に自然は開発の危機に晒されてきました。しかし、現在は人口が減少しはじめ、土地の管理が追い付かず、それゆえに放棄されるような時代に突入しています。冒頭では、人口減少を「過去1,000年以上なかった緊急事態」と捉えました。しかし、耕作放棄地のような「余った土地」に、生物の生息地としての価値を見出すことができれば、現在の人口減少時代を「過去1,000年以上なかった自然再生の絶好の機会」である、とも捉えられるでしょう。
今後の課題:耕作放棄は正か負か
ここまでは、耕作放棄地が鳥類の生息地として高い価値を持ちうることを議論してきました。このような事例は、北海道だけではなく、カザフスタンやシベリア西部などのヨーロッパ東部の地域でも報告されています。しかし、ヨーロッパ西部や日本の本州では、耕作放棄が生物多様性への深刻な脅威であるとみなされています。例えば、日本の生物多様性国家戦略では、「里地・里山などの手入れ不足」を生物多様性の第二の危機として、その対策を促しています。なぜ、地域によって耕作放棄地への評価が分かれてしまうのでしょう。農地景観での生物多様性保全を更に進める上では、この疑問を解決することが重要です。筆者は現在、日本全国の耕作放棄地での調査を計画しています。全国の様々な地域での調査結果から、この疑問の解決を試みたいと考えています。
著者紹介
・北沢宗大 学士(農学)
・北海道大学 大学院 農学院 環境資源学専攻 森林・緑地管理学講座 森林生態系管理学研究室 修士2年
・専門は保全生態学で、農地景観における生物多様性の変化を駆動する要因とその保全をテーマに研究を進めています。