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極北で繁殖するシギ・チドリに与える気候変動の影響

バードリサーチニュース2018年11月: 4 【論文紹介】
著者:守屋年史

 東アジアーオーストラリア地域を大きく南北に移動するシギ・チドリ類は、中継地の生息環境の減少、越冬地での密猟など様々な困難に遭っています。また近年は繁殖地である北極圏に与える気候変動の影響も注目されてきています。2016年にオランダのVan Gils博士の研究グループが北極圏で繁殖するコオバシギについて、温暖化により年々雪解けが早まり、コオバシギの繁殖時期と餌の発生のピークが合わず、生まれてくる幼鳥が小型化しているという報告を行いました(Van Gils et al. 2016)。気温の上昇とともに熱の放散を促す必要があるので、この小型化は体積比で体表面を大きくなるため、結果的に有利な適応と考えられていました。しかしながら小型化した幼鳥は嘴も比例して小さく、越冬地で地中に深く埋まった貝などの餌をうまく採食できず、生存率の低下を招いておりマイナスの影響を受けていました。今回はシギ・チドリの巣に対する気候変動の心配な影響についての別の報告を紹介します。

 

写真1.ヨーロッパトウネンの巣:調査中の写真をお借りしました.(ロシア・レナ川デルタ) Photo by 澤祐介

 チェコ、イギリス、ロシア、ハンガリーの研究グループは、世界の21種のシギ・チドリ類の38,191巣の状況を過去70年に遡って文献などを使って調べました(Kubelka et al. 2018)。その結果、巣が捕食に遭う割合は1950年代から世界中で増加しており、1999年までは43±2%、その後2000~2016年まででは57±2%にも増加していました。さらに、地理的傾向にも変化があり、1999年まで高かった熱帯地域や南部の温帯地域の巣の捕食率よりも、北部温帯地域でほぼ2倍、北極圏では3倍と2000~2016年の間に逆転していました。

 

何が起こっているのか?

 冬期の寒冷化によって餌動物が減少しモリフクロウの繁殖個体数が減少する(Millon et al. 2014)など気候変動は食う食われるの相互作用に影響を与えていると考られていました。そのため、研究グループは巣の捕食の増加は気候変動がきっかけなのかを調べました。シギ・チドリ類が生息する環境の温度変化を調べたところ、巣が捕食に遭う確率は周囲の環境温度および温度変動の増加と関連していました。この結果は、レミングなどが積雪による影響(温暖化によって水蒸気量が増え、寒冷地では積雪量が増えると予想されている)で個体数を減少させ、キツネなどの捕食者がレミングの代わりにシギ・チドリ類を襲うことが増えること(Aharon-Rotman et al. 2015)や、捕食者の分布や密度が変化すること。また、植生が変化して巣が見つかりやすくなったりしていることなどに気候変動が影響を与えていると考ています(Gilg et al. 2012)。

 

気候変動の影響は短期間で収まらない

写真2.6月のロシア極北・レナ川デルタの環境 Photo by 佐藤達夫

 気候変動の影響は、今後も長期に広範囲におよぶことが予想されるため、極地で繁殖するシギチドリにとって捕食率の増加は打撃です。しかも夏が短い極北では再繁殖も難しいので、温暖な地域より個体数の減少を引き起す可能性も考えられます。また、本来有利であった北極圏が逆に繁殖に不利な場所となってくるため、大きな労力を払って極北に移動するメリットがなくなっていくことも考えられます。今後、渡りの行動が変化したりといった生態などへの影響もあるかもしれません。

 

極北沿岸で繁殖する日本のシギ・チドリ

 日本には極北沿岸で繁殖するシギ・チドリ類が21種渡来しますが、そのうちトウネン、キョウジョシギ、ハマシギ、オバシギなど12種については、繁殖が終わった秋の渡り時期(8~9月)における個体数が減少傾向にあります。個体数の変化が見られなかったミユビシギ、オオハシシギなどの極北沿岸の繁殖種もいましたが、増加傾向にある種は北緯50度以南が繁殖地の中心となる種に限られていました。やはり極北沿岸でなにか変化が起きているのかもしれません。現在、シギ・チドリ類の減少について分析を進めており、極北の気象も関連がないか調べています。減少している種は、どの種も増減しながら減少していますが、2010年付近でいくつかの種が同じように増加して再び減少しており(図)、要因を探す手掛かりにならないかと考えています。

図 極北沿岸で繁殖し減少傾向にある12種の秋期の個体数指標の変化(階層ベイズモデルによる分析の平均値を2017年を基点に示す。モニタリングサイト1000シギチドリ類調査のデータから作成)

極北で繁殖する渡り鳥保護の国際的な枠組み

 北極圏に接する国々や先住民団体などで構成された北極協議会には、CAFF(Conservation of Arctic Flora and Fauna)という日本もオブザーバ国として参加している極北の生物多様性ワーキンググループがあります。CAFFは極北の鳥類を扱う国際的な渡り鳥保護の枠組み『北極渡り鳥イニシアティブ(AMBI:Arctic Migratory Birds Initiative)』を策定していて、サルハマシギ、ハマシギ、ヘラシギ、オオソリハシシギ、コオバシギ、オバシギをシギ・チドリ類の保護優先種として掲げ、生息地の保全や個体数の把握などを目的に活動しています。日本は長期間継続されているモニタリングの体制があるためその結果を活かし、国外の渡りルートに関して日本としてできる対策はないか、気候変動という大きな脅威についてフライウェイ全体で取り組んでいくことが重要だと考えられます。


引用文献

Aharon-Rotman, Y., Soloviev, M. Y., Minton, C. D. T., Tomkovich, P. S., Hassell, C., and Klaassen, M. (2015). Loss of periodicity in breeding success of waders links to changes in lemming cycles in Arctic ecosystems. Oikos 124, 861–870.

Gilg, O., Kovacs, K. M., Aars, J., Fort, J., Gauthier, G., Grémillet, D., Ims, R. A., Meltofte, H., Moreau, J., Post, E., Schmidt, N. M., Yannic, G., Bollache, L. (2012). Climate change and the ecology and evolution of Arctic vertebrates. Ann N Y Acad Sci. 2012 Feb;1249:166-90.

Kubelka, V., Šálek, M., Tomkovich, P., Végvár, Z., Freckleton, R. P., Székely, T. (2018). Global pattern of nest predation is disrupted by climate change in shorebirds. Science Vol. 362, Issue 6415, pp. 680-683.

Millon, A., Petty, S.J., Little, B., Gimenez, O., Cornulier, T., & Lambin, X. (2014). Dampening prey cycle overrides the impact of climate change on predator population dynamics: a long-term demographic study on tawny owls. Global change biology 20(6):1770-81.

Van Gils, J. A., Lisovski, S., Lok, T., Meissner, W., Ozarowska, A., de Fouw, J., Rakhimberdiev, E., Soloviev, M, Y., Piersma, T., Klaassen, M. (2016). Body shrinkage due to Arctic warming reduces red knot fitness in tropical wintering range. Science, 352(6287), 819–821.