バードリサーチニュース

フィリピンにおけるサシバの渡りの現状と保護活動の取り組み

バードリサーチニュース2016年9月: 3 【レポート】
著者:山﨑 亨(アジア猛禽類ネットワーク会長)

 アジアに生息する猛禽類とその生息環境をまもるために「アジア猛禽類ネットワーク」は活動しています。その活動の中で,日本で繁殖するサシバがフィリピン北部で大量に密猟されていることがわかってきました。2014年からはじまった普及啓発活動の結果,2016年の春から地元の大学生が中心となったサシバやアカハラダカの調査と密猟監視活動が行なわれることになりました。また地元行政機関とも連携したエコツーリズムが2017年春から始まることになりました。

アジア猛禽類ネットワークとは

 アジアは生物の多様性と豊かさに富む地域ですが,森林伐採・アブラヤシ等の大規模なプランテーション化・環境汚染等が急速に進展し,多くの野生動物が絶滅の危機にさらされている地域でもあります。猛禽類は食物連鎖の頂点に位置し,その保護は自然環境の保護や生物多様性の保全につながると期待されます。そこで,アジアにおける猛禽類の研究と保護を進めるため,1998年に日本で第1回シンポジウムが開催されました。これを契機に,翌1999年にアジア各国の猛禽類研究者によって,アジア各国が連携して,アジアに生息する猛禽類の分布や生態を明らかにし,科学的なデータに基づく自然環境の保全を推進することを目的とした「アジア猛禽類ネットワーク」が発足しました。2016年現在,31ヶ国約250名の会員で構成されています。

東南アジアにおける猛禽類の渡り

写真1 タイ南部のチュムポーン(Cumphon)における猛禽類の渡り

写真1 タイ南部のチュンポーン(Chumphon)における猛禽類の渡り

 アジア猛禽類ネットワークは,アジアの固有種や各国にまたがって分布する猛禽類を対象に,各国が連携した共同調査を実施しています。共同プロジェクトの中でも,とくに各国の連携なしでは目的を達成できないのが「猛禽類の渡りの解明」です。地球環境基金の助成を受け,2012-2013年に「東南アジア各国の連携による猛禽類の渡りルートの解明と自然環境保全」として,東南アジア各国が連携して秋の渡りの現地調査を実施しました。
 その結果,東南アジアには大きく分けて東ルートと西ルートが存在することがわかりました(図1)。日本で繁殖するサシバは主に東ルート,ハチクマは西ルートを利用し,越冬地に渡ります。
 タイ南部のチュンポーン(Chumphon)のように,地理的に狭窄部であり,ほとんどの個体が一定の範囲を通過する場所では,渡りの全容をほぼ把握することができますが,それ以外の多くの場所ではルートが分散してしまい,すべてを把握できないことから,この結果はまだまだ不十分です。しかし,これほどの規模で東南アジア全域で連携した猛禽類の渡り調査が実施されたのは初めてであり,これまで知られていなかった情報を数多く知ることができました。

図1 東南アジアにおける猛禽類の渡り協同調査(2012-2013)の結果

図1 東南アジアにおける猛禽類の渡り協同調査(2012-2013)の結果

 

日本で繁殖するサシバの渡り

 日本で繁殖するサシバは,里山での開発や耕作放棄地の増加等によって,個体数が年々減少しているとして,2006年に絶滅危惧Ⅱ類に指定されました。また,環境省の「サシバ保護の進め方」では,「サシバの保護には繁殖地だけでなく,越冬地・中継地の保全が不可欠であり,海外の越冬地・中継地の情報収集にも努め,国際的な協力を図っていく必要がある」とされています。しかし,日本で繁殖するサシバが越冬地や越冬地での生息場所などその全容は,完全には分かっていません。
 アジア猛禽類ネットワークの調査で,サシバの渡りルートには,中国からインドシナ半島を経由してマレー半島へと移動する西ルートと日本と中国から台湾を経由してフィリピンに向かう東ルートが存在することが明らかになりましたが,日本で繁殖するサシバのほとんどが東ルートを利用し,琉球列島だけでなく,台湾やフィリピン以南でも越冬する個体がいることが,フィリピン各地で実施されている猛禽類の渡り調査からわかってきました。

フィリピンにおけるサシバの渡りと密猟

 近年,フィリピンではアジア猛禽類ネットワークの地元メンバーが積極的に渡り調査を実施しています。その結果,フィリピンのルソン島北部のカガヤン州とイロコス州では秋の渡りよりも春の渡りの時期にサシバが多く集結し,北または北西に渡っていくことがわかりました。
 サシバが集結する場所は主にココヤシの群生地です(写真2)。この時期に開花するココヤシの花や新芽を食べるために大発生して群がる大型コガネムシ(写真2)がサシバにとって格好の獲物となっていて,春に北の繁殖地に渡っていく前にサシバが集結していたのです。

写真2 サシバが春の渡り時に集結するココヤシ林とサシバが捕食する大型のコガネムシ

写真2 サシバが春の渡り時に集結するココヤシ林とサシバが捕食する大型のコガネムシ


 ところが,その集結したサシバを地元住民が伝統的に食料や遊びとして密猟しているというショッキングな事実も明らかになりました。2015年,その実態について,地元の大学生が聞き取り調査等を実施した結果では,春の渡り時期(3月中旬~4月中旬)に少なくとも3,500-5,000羽ものサシバが主に夜間に射殺されている可能性があるとのことでした(写真3)。

写真3 密猟者と密猟者に翼を撃たれたサシバ

写真3 密猟者と密猟者に翼を撃たれたサシバ

 

サシバの保護に向けた取り組み

 越冬地や渡りルートであるフィリピンの一部で多数のサシバが未だに殺戮されているという事実は,日本で生息環境の悪化によって年々減少しているサシバの存続にとって,きわめて憂慮すべき事態です。
 過去には日本の宮古島や台湾でもサシバの密猟が行われていました。しかし,地元の方々や関係機関の尽力により,現在では密猟はなくなり,逆に地域の貴重な自然資源としてみなされるようになりました。そして,渡りの時期には多くの観光客でにぎわい,サシバをデザインした様々なグッズも販売され,観光資源となっています。
 フィリピンでも,壮観なサシバの渡りを貴重な自然資源としてエコツーリズム等に活用し,密猟をなくそうと,2014年から調査と普及啓発の活動をはじめました。そして,2015年からは地元の大学や行政機関等も加わり,密猟を根絶する緊急プロジェクトを開始しました。

・渡りのモニタリングと密猟監視活動

図2 サシバ密猟根絶緊急プロジェクトの実施地域

図2 サシバ密猟根絶緊急プロジェクトの実施地域

 サントリー世界愛鳥基金の支援を得て,フィリピン北部のパガッドパッド(Pangudpud)とサンチェス・ミラ(Sanchez Mira)の2地区(図2)で,地元のCagayan州立大学とNorthwestern大学の大学生が中心となり,2016年3月12日から4月下旬まで毎日連続して,密猟の監視をするとともに,サシバおよびアカハラダカの渡りのモニタリングを行ないました。
 その結果,ルソン島北端部に近いパガッドパッドでは3月12日-4月30日の50日間で,サシバが37,636羽,アカハラダカが41,907羽記録され,サンチェス・ミラでは3月12日-4月15日の26日間でサシバが35,006羽,アカハラダカが3,843羽記録されました(図3)。サシバの渡りのピークは3月中下旬,アカハラダカのピークは4月中下旬であることもわかりました。サンチェス・ミラでアカハラダカが少ないのは,アカハラダカの渡り時期の途中でモニタリングが終了したためです。
 また,こうした調査を行なったことは,密猟の防止の効果もありました。大学生が連続して密猟監視を兼ねた猛禽類の渡り調査を実施したことにより,ハンターの中には恐れをなして逃げる者もいたそうです。

図3 サシバとアカハラダカの春の渡り調査結果

図3 サシバとアカハラダカの春の渡り調査結果


・日本で繁殖するサシバが密猟されていた

写真4 密猟されたサシバに装着されていたGPS送信機

写真4 密猟されたサシバに装着されていたGPS送信機

 この調査期間中,私は3月18日から24日まで現地に滞在していましたが,日本で繁殖するサシバが実際に密猟されているという事実に遭遇しました。ハンターの知人であるという地元の方が私たちのいる調査場所に来られ,3月5日に銃殺されたサシバに装着されていた機器の写真を見せてくれました(写真4)。その機器には,慶応大学の樋口先生の刻印があり,樋口先生によると,この個体は2013年4月24日に福岡県糸島市で捕獲され,2015年の繁殖期までは糸島市で観察されていたサシバでした。つまり,皮肉にも今回,この個体がフィリピンで射殺されたことで,日本のサシバが実際に密猟にあっていることが証明されたのです。そして,わずかな個体にしか装着されていないGPS送信機付きの個体が密猟によって射殺され,私たちの知りえることになったことは,偶然というよりも,現実に多量のサシバが射殺されていることを裏付けるものであると,危惧せざるを得ませんでした。

・密猟を防ぐための普及啓発活動
 サシバの渡りの全容を把握する調査は大学生等の努力によって大きな成果を上げることができましたが,密猟をなくすことはそれほど簡単に達成できるものではありません。サシバ猟は古くから伝統的に行なわれてきたものであり,ハンターの数も100名程度もいると言われており,完全に密猟をなくすには様々な取り組みを総合的に実施することが必要です。
 そのため,高校生・大学生・教員・地元の行政関係者を対象にサシバの保護をテーマに普及啓発のための講演会を2014年から開催しています。その成果が出始めていて,驚くべきことに2016年3月にCagayan州立大学で開催した講演会には,ハンター数名が参加し,そのうち5名が密猟をやめることを宣言したのです。さらに,その5名は密猟を完全になくすためには,市長・警察・環境省・アジア猛禽類ネットワークが共同で密猟根絶のための取り組みを推進することが必要であると提案しました。これを受けて,サンチェス・ミラの市長とハンターとの会合が行なわれました。市長は,これまでも選挙公約にエコツーリズムの推進を掲げていたものの,サンチェス・ミラには見事な滝や洞窟といった素晴らしい自然景観がないため,これを実現することができておらず,サシバを資源としたエコツーリズムを推進することを約束してくれました。

写真5 ハンター・市長との会談(右側の写真の左が著者,右が市長)

写真5 ハンター・市長との会談(右側の写真の左が著者,右が市長)

 その後,市長と訪れた山間部の奥深い熱帯雨林の中にある小さな小学校では,市長は「サシバは村人にとって貴重なココヤシの芽を食べるコガネムシを捕食してくれる大切な生き物なので,保護しなければならない」と子供たちに話しかけ,それに対して,一人の子供が「サシバだけではなく,他の生き物も守るべきではないのですか?」と発言したことが,とても印象的でした。その間も,サシバは集落の上に次々と集結し,タカ柱をつくりながら渡っていました。

 

2017年 最初のエコツアーがスタート

写真6 エコツアーを実施するするルソン島北部の風景

写真6 エコツアーを実施するするルソン島北部の風景

 こうした活動により,密猟が減り,奇跡的に密猟が無くなったとしても,現金収入が乏しいルソン島北部では,いつまた密猟が行なわれるかも知れません。永久に密猟をなくすためには,地元住民に自然環境保全における猛禽類の重要性を普及啓発するとともに,サシバの渡りを地域資源として位置付ける必要があります。そのためには,サシバの渡りを核としたエコツアーを実現することが不可欠であると私たちは考えており,2017年3月には初めてのエコツアーを開催します。エコツアーの期間中には市と大学が共同で「Raptor Watch Festival」を開催することも決まりました。
 古き良き時代の日本の農村風景を彷彿とさせる水田,生物多様性に富む熱帯雨林,白波がきらめく美しい海に恵まれたフィリピン・ルソン島北部。ここで大学生等を中心に進められるサシバ密猟根絶プロジェクトを成功させるため,皆様方のご支援をよろしくお願い申し上げます。
 具体的には,使用しなくなった双眼鏡や望遠鏡を大学生等に提供願いたいことと,来年から開始するエコツアーへの参加です。サシバの密猟がなくなり,日本では見られない壮観な渡りや熱帯雨林の野鳥を観察するとともに,地元の食材を満喫したり,地元の方々と交流したりするエキサイティングなエコツアーです!是非共ご参加ください。

問い合わせ先:山﨑 亨 t-yamaza@mx.biwa.ne.jp

 

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