バードリサーチニュース

奄美大島の侵略的外来種マングースの防除と鳥類の保護

バードリサーチニュース2015年9月:1 【レポート】
著者:石田 健(東京大学/奄美野鳥の会)

 奄美大島において環境省が2000(平成12)年度から実施しているマングース防除事業は,本格的な予算と組織を備えた外来種対策だ。短期間に,明白な成果をあげることに成功した。2004年頃まで分布域の拡大が続いていたマングースの個体数が急速に減少し,マングースが多い時期に姿を消していた場所でも,固有種のアマミヤマシギ,ネズミ類やアマミノクロウサギの姿、カエルの声がまた増えて来た。最終目標の「根絶」までにまだ道のりはあるものの,環境保全行政の取り組みに教訓を残している。

世界各地に導入されているマングース

図1.奄美の地図

図1.奄美の地図

 奄美大島に生息するフイリマングース Herpestes auropunctatus (Odachi et al. 2015)は,南アジア原産の雑食性哺乳類で,俊敏で丈夫な捕食者として世界各地の温暖な島々の農作物を加害するネズミ類や人身被害を多発する毒蛇の天敵として導入されてきた。少なくともネズミを多く捕食することが奄美のマングースの胃内容分析から明らかになっており,畑でネズミが減ればそれを捕食しに出て来るヘビも減るという導入効果はあり,地元住民にありがたがられているらしい。一方,自然生態系に入って在来種を捕食し,一部の在来種の個体数を大幅に減少させてしまった。奄美大島では,1979年に島の北寄りの名瀬市近郊に民間人によって放獣されたことが,記録に残っている(図1)。
 マングースが導入された世界各地のどの地域でも1年に平均1km程度の速さで分布域を拡大させている。沖縄島のマングースも,約100年かかって那覇市周辺から約100km北側のやんばる地域に分布域が到達し,時期を同じくしてヤンバルクイナの分布域縮小が確認された。 奄美大島でも地元の奄美哺乳類研究会を中心に1990年頃からマングースの個体数や分布拡大が報告され,警告が発せられていた。今から思うと,この最初の段階ですばやい防除体制がしかれていれば,少ない予算と労力で奄美大島のマングースを根絶できた可能性があった。しかし,当時は知識や情報や経験が足りず,適切な行動がとれなかった。世の中,後から考えるほどうまくはいかないものである。

マングースの在来種への影響
 筆者は,環境庁(当時)の特殊鳥類調査のために,1989年夏に奄美大島を訪れた。名瀬市近郊の金作原(きんさくばる)国有林で調査するために,東側の安念勝(あねんがち)林道を夜間に走ったら,複数のアマミヤマシギやアマミノク ロウサギを容易に観察できた。このときは,オーストンオオアカゲラが調査対象だったので,両者の個体数や観察位置を記録しなかったのは,悔やまれる。翌1990 年はアマミヤマシギが特殊鳥類調査の対象になり,林道でのカウント調査を実施したが,名瀬市に近い林道ではアマミヤマシギが姿を消していた。以来,夜間に ずっと通い続けても最近までアマミヤマシギを見ることはなかった。
 野生生物の生息状況は年変動するので,この年を境にアマミヤマシギが急激に減ったのかは定かでない。当時は奄美大島の伐根からの萌芽更新をもちいた天然林施業による大面積皆伐が行われていた時代の末期で,伐採や林道開発の荒涼とした風景が島の各地に広がっていた。その中にあって,金作原国有林は天然林が比較的残っていたにもかかわらず,名瀬市近郊ではアマミヤマシギが観察できなくなっていたため,マングースの影響と考えられる。哺乳類研究者は,アマミノクロウサギの分布域も急速に縮小していることを指摘していた。名瀬市近郊でも北側の地域は,住宅や往来の多い国道などが分布拡大の障壁となって,マングースの分布拡大は遅かった。北側の東海岸に近い小半島の付け根に位置する市理原(いちりばる)とその北東側の笠利半島ではほとんどマングースの目撃や捕獲記録がなく,市理原に残っていた二次林や海岸風衝林(低木の照葉樹林)では,2010年頃に大規模道路が開発されるまでは,アマミヤマシギの姿が多数観察されたこともマングースの影響を支持している。

図2.奄美大島マングース防除事業による捕獲個体数と単位努力量捕獲効率(CPUE, 捕獲数/1000トラップ・日)の推移(環境省報道発表資料をもとに作図)

図2.奄美大島マングース防除事業による捕獲個体数と単位努力量捕獲効率(CPUE, 捕獲数/1000トラップ・日)の推移(環境省報道発表資料をもとに作図)

防除事業でマングースの個体数が減少
 奄美大島のマングースは,2004年頃まで分布域拡大が続いた後,防除事業によって急速に個体数が減った。初期の駆除作業は報償制度による一般市民の協力を得ながら実施され,最初に4000頭を超える個体が駆除された後,捕獲効率(CPUE=単位捕獲努力量当り捕獲数)は徐々に低下しつつも,総捕獲数は下げ止まってしまった(図2)。捕獲データを分析すると,防除効果を上げるには1平方キロメートル当り2,000トラップ・ナイト(晩)を超える捕獲圧をかけ続け,捕獲頭数が下がるようにする必要のあることがわかった。
 2005年度からはマングース捕獲専門チーム 通称「奄美マングースバスターズ」が,事前の捕獲情報を分析しながら可能な範囲で必要な捕獲圧(トラップによる)をかけ続ける防除作業を実施した。2006年度にはマングース生息域全体で統一基準と手法を用いた駆除作業が実現し,捕獲個体数と捕獲効率の両方が着実に低下し,著しい密度低下を短期間に実現した。

 

図3.ルリカケス等が捕獲されないよう入口をT字上にして中央に太い針金が通して固定されている。

図3.ルリカケス等が捕獲されないよう入口をT字型にして中央に太い針金を通して固定されている。

罠の改良で混獲を防ぐ
 この間,常に捕獲罠(捕殺罠と生け捕り罠)の改良,罠の使用方法の改良を続けている。生物多様性の高い奄美大島なので,罠には外来種のクマネズミのほか,在来種のケナガネズミやトゲネズミ,アカヒゲやルリカケスなども捕獲され,ときには死んでしまう。これらの混獲をいかに減らすかという難題にも同時に取り組みながら,複雑な方程式を解くような地道な努力が積み重ねられ,現在はルリカケスの混獲はまったくない状態が維持されている。マングース等の哺乳類は頭が小さく体が柔らかいので曲がった穴にも入り込めるが,鳥は飛ぶための大きな筋肉があって首だけがよく曲がる。この点に注目して図3のようにT字型の入口を付けたことでルリカケスの混獲を防ぐことができた。小型のトゲネズミが捕殺されてしまうことを防ぐためには,さらに直線部分を延長してくくり紐がネズミの胴にはかからない距離を保つ改良がされた。大きなケナガネズミ対策にはケナガネズミが地上によく降りる春の時期にケナガネズミの生息する区域では捕殺罠を使用しない,といった多面的な工夫を取り入れている 2015年夏の本原稿執筆時点においても,同様のマングースの低下傾向は続いる。この間,ニュージーランド保全省等の協力をえて,マングース探索に特化した探索犬「マングース犬」を3頭導入し,2014年からは新たな4頭も加わって,マングースの痕跡確認と捕獲を行っている。マングース犬を訓練し,犬とチームを組んで,マングースの発見,捕獲,特定の区域からいなくなったことの確認といった精密な作業を実行するハンドラーも,実力を大幅にあげて犬と一緒に活躍している。

マングース減少で在来種が復活?
 このマングースの減少の鳥への効果も出ているようである。20年近く見かけなかった区域でアマミヤマシギが記録されるようになったのだ。アマミヤマシギは繁殖期の夜明け前には特徴のある声をよく出す。金作原では2008年5月にその声が記録された。2010~2011年には,安念勝林道で姿も確認できた。ただし,1989年に最初に訪れたときようなにぎわいには,まだ戻っていない。

図4.3月に総出で数えた,さえずっていたオオトラツグミの個体数(推定)。環境庁特殊鳥類調査および奄美野鳥の会発表の数字から作図。1999年以後,中央林道における一斉調査は夜明け前に1日に100人以上の調査員を動員して実施している。

図4.3月に総出で数えた,さえずっていたオオトラツグミの個体数。見逃しも少なくないものの,笠利半島を除く奄美大島の全域のオオトラツグミがいそうだと考えられた場所をできるかぎり確認してまわった結果。環境庁特殊鳥類調査および奄美野鳥の会発表の数字から作図。1999年以後,中央林道における一斉調査は夜明け前に1日に100人以上の調査員を動員して実施している。

 興味深いのは,オオトラツグミの個体数と分布域の2007年からの急速な回復である。1990年代は,上記のように森林荒廃が著しく,当時は大木のある天然林の限られた区域でしかオオトラツグミは確認できなかった。1週間程度の調査期間に,夜も山に入り続けてもなかなかオオトラツグミの声はせず,姿を観ることも滅多になかった。「幻の鳥」というのが私の実感だった。ただし,金作原国有林ではずっとさえずりが確認でき,長時間,道のない林内を歩くと姿を観ることもあった。単年度の特殊鳥類調査は終わってしまった後も, 地元の奄美野鳥の会のみなさんの協力をあおいで,1996年から自前のオオトラツグミの調査を毎春実施し,1999年には42km近くある奄美中央林道の全区間をいっぺんに調査する「一斉調査」もできるようになった。中央林道以外の壮齢林のある場所にも,なるべく多く行って,繁殖期の夜明け前にオオトラツグミが鳴いているかを確認して回った。その結果は,奄美野鳥の会のホームページに逐次報告されている(図4)。
 もちろん見落としはあるので,この結果がすべてではないが,近年のオオトラツグミの急速な回復は,誰の目にも明らかである。森林伐採も減って,温暖湿潤な奄美大島では萌芽更新による森林回復も早く、外からみためで30年程度、森林の中の状態までだと60年程度(ただし、大きな林道に分断されていない森林の中の方のみ)である。したがって、現在の森林回復がオオトラツグミの回復にとってもいちばん重要な原因であることは確かである。しかし,マングースの低密度化とオオトラツグミの回復の時期はきれいに一致している。あくまでも私の推定だが,繁殖期の前半の3月にはオオトラツグミの活動も活発になって,かつ越冬しているシロハラも多数いる。地上にいるツグミのような鳥に狙いを定めたマングースにとっては,オオトラツグミはより大きくてのろい魅力ある食物なので,オオトラツグミはシロハラととともに捕食されていたのかもしれない。そして,人が薪や炭を使わなくなり,無理な経済援助の末の不経済なパルプチップ生産も激減して森林が回復したところに,マングース防除の成果で捕食圧も低くなり,オオトラツグミの回復が加速された可能性は十分あるだろう。以前に生息状況の情報がわずかだった,固有種のケナガネズミやトゲネズミについても,同様の傾向が近年みられている。

 いずれにしても,今は,市街地にある奄美野鳥の会の事務所からも,オオトラツグミの声を聴くことができる。25年余り奄美大島に通い続けて,私はとても幸せな気分になっている。クマネズミ,ノネコやヤギなど,ほかの外来種も残っていて,解決すべき問題はいろいろとあるものの,国立公園の設置や世界自然遺産登録の日程も具体化しており,奄美諸島の人口はかつての半分になって,都市への人口集中もすすんでいるので,当分は奄美は世界でも指折りの自然豊かな,固有種の多数生息する島となるだろう。


参考文献 ホームページ

Odachi SD, Ishibashi Y, Iwasa MA, Fukui D &Saitoh T (eds)  2015.  The Wild Mammmals of Japan (2nd ed.). 松香堂,日本哺乳類学会.
マングース防除事業を行なっている奄美野生生物保護センター http://amami-wcc.net/info/
奄美マングースバスターズ http://www.ambs.jp
オオトラツグミ一斉調査 http://www.synapse.ne.jp/~lidthi/AOC/news/ootorahoukoku14.html

 

Print Friendly, PDF & Email