研究者が具体的にどんな研究をしているのか、どんな論文を出しているのか、研究者同士だけで情報共有が完結しがちです。また、研究者が面白い研究をしていても、論文が英語で書かれていると、研究者以外の方の目に触れる機会がどうしても少なくなってしまいます。そこで、より多くのバードウォッチャーとも情報を共有するために、英語論文を書いた研究者自身に、自分が書いた論文について解説してもらうことにしました。
今回は、遠藤幸子さんに論文を紹介してもらいます。遠藤さんは立教大学大学院の上田恵介教授(現名誉教授)の研究室でモズを対象にして研究を行い、博士号を取得しました。解説してもらう論文は2016年に、日本鳥学会が発行している英文誌 Ornithological Scienceに掲載された論文です。この論文では、雄が抱卵中の雌に餌を運ぶ行動に着目しています。そして、雄がたくさん餌を雌に運ぶほど、雌が卵をより長い時間温めることが分かりました。卵をしっかりと温めるために、雄と雌は明確な役割分担をしているようです。
【加藤貴大 編】
紹介する論文:Endo S & Ueda K (2016). Factors affecting female incubation behavior in the Bull-headed Shrike. Ornithological Science 15: 151-161.
論文の解説
多くの鳥たちは、一羽の雄と雌がつがいになって子育てをします。実は、このように一夫一妻で子育てをすることは動物の分類群のなかでは珍しく、鳥類の大きな特徴のひとつです。これまでの研究から、一夫一妻の種が雌一羽だけで雛を育てると、雛の生存率が低くなることがわかっています(Wolf et al. 1988など)。つまり鳥たちは雌雄で子育てをすることによってより多くの子孫を残すことに成功している、といえます。では、つがいとなった雌雄はどのように連携して雛を育て上げているのでしょうか?
親鳥は、巣を造ること、卵を温めること(抱卵)、雛に餌を与えることを通して雛を巣立たせます。私は、抱卵期に雌雄がどう連携して子育てをしているのかを野外で調べました。研究の主人公は、一夫一妻で繁殖するモズです。モズは雌だけが卵を温めます(図1)。
一方で雄を観察していると、しばしば巣に餌を運んで来ます。この時期の巣にはまだ雛はいないので、雄が餌を与えているのはつがい相手である雌です。つまりモズでは雌が抱卵をし、雄が雌に給餌するという子育てにおける役割分担があります。このような分担はヤマガラ(山口 2005)やハシブトガラス(松原 2007)など複数の種でみられ、雄の給餌が雌の抱卵をサポートしていると考えられています(遠藤 2016など)。ただし、雄による給餌のほかに、雌の抱卵行動は気温などの環境要因によっても変化するため、その仕組みは複雑です。それゆえ、雄の給餌が雌の抱卵行動に対してどれほどの影響力を持つのかについては議論の余地があります。そこでこの論文では、これまでに報告されている雌の抱卵行動に関与する要素(気温、卵の数、抱卵時期)を考慮した上で、雄の給餌が雌の抱卵にもたらす効果を明らかにすることを試みました。
なお今回は論文のなかから、雌の抱卵行動の特徴の一つである“抱卵継続時間”と雄の給餌頻度との関係について抜粋してご紹介いたします。抱卵継続時間とは、雌が巣に入り抱卵を始めてから抱卵を停止し巣から出るまでの時間のことを指します。雄の給餌が多いと、雌が巣に留まる時間は長くなるのでしょうか?
調査はモズが繁殖する長野県軽井沢町の農耕地で行いました。モズの抱卵期間は約15日間です(Endo 2012)。16巣において抱卵期間の前半(産卵が完了してから5〜7日後)と後半(9〜11日後)に1日ずつ観察する日を設けました。野外調査では、雌雄の行動を観察するために巣の前にビデオカメラを設置しました。ビデオカメラはその場に人が留まることなく鳥の行動を長時間録画できる有用な機材であるため、鳥の研究ではしばしば用いられます。後日撮影した映像をみることで、モズの雌がどのくらいの時間抱卵していたのか、雄はどのくらいの頻度で巣に餌を持ってきたのかなどを集計することができました。
図2は、雄の給餌頻度と雌の抱卵継続時間との関係を示したグラフになります。横軸の値が大きいほど、雄が雌に対してよく給餌をしていたことを示しています。一方で縦軸は、値が大きいほど雌が長く抱卵を継続していたことを示しています。このグラフをまず全体的にみると、雄の給餌頻度が高いほど雌の抱卵継続時間が長くなる傾向がみられます(右上がり、図2)。このことから、雌が抱卵を一旦中断する理由は餌の不足によるものと考えられます。雄による給餌は雌の餌不足を補い、雌が巣にとどまることを可能にしているのでしょう。さらに興味深いことに、雄の給餌が雌の抱卵継続時間におよぼす影響力は抱卵期前半よりも後半で大きいことがわかりました(図2)。例えば抱卵期後半では、給餌の少ない雄とつがっている雌の抱卵継続時間が極端に短くなる例がみられました。抱卵期後半に至るまでに産卵や抱卵によって体力を消耗しているだろう雌にとって、この時期の雄からの餌の補給は抱卵と雌自身の生存維持を両立する上で必要不可欠なのかもしれません。またモズでは雌の抱卵継続時間が抱卵期前半よりも後半に短い傾向がみられます。このことも、雌の体力の消耗による影響なのかもしれません。ちなみに、今回の研究では雌の抱卵継続時間と気温や卵の数との間に強い関係性はみられませんでした。
本研究から、モズの雄による雌への給餌は抱卵継続時間を安定して維持する上で重要な役割を果たしていることが示唆されました。この研究では、雌の抱卵継続時間の維持が卵の発生や雛の誕生にどのような利益をもたらすのかをつきとめるまでには至らなかったため、それは今後の研究課題です。ただモズの雌からすると、より協力的な雄とつがっていれば自分で餌をわざわざ採りにいく労力を使わずに抱卵に専念できるからよさそうですね。モズ夫妻の子育て事情がかいまみえた研究となりました。
参考文献
Endo S (2012) Nest-site characteristics affect probability of nest predation of Bull-headed Shrikes. The Wilson Journal of Ornithology 124: 513-517.
遠藤幸子 (2016) 鳥類における雄から雌への給餌行動の機能. 『鳥の行動生態学』 (江口和洋編), pp. 77-98, 京都大学学術出版会.
松原始 (2007) 生態図鑑: ハシブトガラス. Bird Research News Vol.4 No.7: 4 – 5.
山口典之 (2005) 生態図鑑: ヤマガラ. Bird Research News Vol.2 No.12: 4 – 5.
Wolf L, Ketterson ED, Nolan V (1988) Paternal influence on growth and survival of dark-eyed junco young: do parental males benefit? Animal Behaviour 36: 1601-1618.
遠藤幸子 博士(理学)
現在の所属:神奈川県自然環境保全センターの特別研究員
モズの雄による雌への給餌行動に関する研究で博士号を取得。現在はとして森林に生息する鳥類を対象に研究に取り組んでいる。