バードリサーチニュース

極北のハマシギ訪ねて三千里 ハマシギの現状と保全のためにできること

バードリサーチニュース2018年3月: 2 【活動報告】
著者:守屋年史

 2018年2月25日に谷津干潟自然観察センターにおいて、やつひがたサイエンスカフェ「極北のハマシギ訪ねて三千里」で話題提供してきました。このイベントは、ラムサール条約の採択を記念する2月2日「世界湿地の日」にあわせ、谷津干潟自然観察センターが開催する「世界湿地の日まつり」の一環で行われました。

写真 サイエンスカフェの様子


 もっとハマシギを知ってもらおう!ということで、私も企画から参加させてもらいました。ハマシギは、極北の鳥類を扱う国際的な渡り鳥保護の枠組み『北極渡り鳥イニシアティブ(AMBI:Arctic Migratory Birds Initiative)』においても緊急に対策が必要な優先種として挙げられています。日本では最も数の多いシギ・チドリ類ですが、近年は減少傾向にあり、その理由は明らかになっていません。また、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されています。そこで、このサイエンスカフェは、ハマシギの繁殖地であるアラスカ、中継地であるカムチャツカ、越冬地である日本での調査経験を話題提供し、ハマシギの生態や現状を理解してもらうとともに、今後の課題などを明らかにして多くの人に関心を持ってもらおうと実施されました。

 演者は、守屋のほか、環境省の辻田香織さん、漫湖水鳥・湿地センターの富田宏さんです。アラスカの繁殖地の調査に参加した辻田さんの話では、アラスカでは年々雪解けが早まっているそうですが、エサとなる昆虫は雪解けとともに発生が早まっているもののハマシギの営巣開始はそれについていけておらず、今後もそのズレが拡大していく懸念があるとのことでした。また、富田さんはロシア滞在の話を中心に、日本に来ていそうなハマシギの4つの亜種を紹介してくれました。4つの亜種の渡りのルートや時期については詳しくわかっていないことも多く、今後の研究や観察記録の蓄積による解明が期待されます。私はハマシギの越冬地としての日本の話をし、越冬期の優占種であること、国内でも冬に徐々に個体数が減少しており準絶滅危惧種であることを紹介しました。

 参加人数は40名ほど、繁殖地などの興味深い話を知ることができ、さまざま質問もいただき盛況でした。
 

詳しい講演の模様

 最初に、主催の谷津干潟自然観察センターの芝原達也さんとバードライフ・インターナショナル東京の澤祐介さんから、企画の趣旨が説明されました。

『今年の「世界湿地の日」のテーマは「都市の湿地を守ろう~持続可能な未来のために~」ということで、谷津干潟は都市湿地そのもの。この谷津干潟周辺にはかつて3000~4000羽のハマシギが飛来しており、谷津干潟が保護区に指定されるきっかけともなった鳥であった。現在も谷津干潟に最も多く飛来するシギ・チドリ類であり、アラスカやカムチャツカで標識された個体が谷津干潟で観察されているなど、海外の生息地ともつながりが深い種である。今回は、都市湿地・谷津干潟に飛来するハマシギについて皆で考えていきたい。』(芝原さん)

 『日本で越冬するハマシギの保全を考える際、繁殖地や中継地でどのように生息しており、またどのような脅威に直面しているのかを理解することは、重要なことであると考えられる。そこで今回は、繁殖地、中継地、越冬地、それぞれの地域におけるハマシギの生態やおかれている状況について講演を企画した。』(澤さん)

 

ハマシギってどんな鳥?(守屋年史:バードリサーチ)

 私は、トップバッターで『ハマシギってどんな鳥?』とそもそもハマシギという鳥についてと越冬期の状況について話しました。

図1 2016年冬期に500羽以上の群れが確認されたハマシギの分布図(円の大きさは個体数の多さを示す)モニタリングサイト1000データより作図

『渡りの時期も含めハマシギはほぼ全国で観察され、10月から4月にかけて主に本州以南で越冬する(図1)。日本で越冬するシギ・チドリ類の中では、個体数が約30,000羽と最も多く、越冬種の60-70%を占めている最も身近な種である。モニタリングサイト1000の調査結果より、近年減少傾向にあることが示されているが(図2)、減少の要因は明らかになっておらず、生態を把握し渡りルート全体で要因を突き止めることが課題となっている。また、課題の一つとして、日本を含む東アジアには4つの亜種(キタアラスカハマシギCalidris alpina arcticola、ハマシギC. a. sakhalina、カムチャッカハマシギC. a. kistchinski、カラフトハマシギC. a. actitis)がいて通過、越冬すると言われているが、どの亜種がどこで越冬しているかよく分かっていない。繁殖地、中継地、越冬地それぞれで保護していく必要があるため、亜種ごとの渡りルートを調べることが重要となっている。』

図2 2000年以降のハマシギの個体数指標の推移(2016年冬期の調査を100として表示) モニタリングサイト1000データより作図。水色線は平均、青色部分は予想区間の幅をしめす。

 

最北の地へハマシギを追いかけて(環境省:辻田香織)

 国の研修プログラムを使って繁殖地の調査に参加した環境省の辻田香織さんは、2017年6月18日から7月2日まで、北米大陸最北端の町であるアラスカ州バローにおいて、アメリカの研究者が継続的に行っているシギ・チドリ類調査に参加されました。調査や繁殖地でのシギ・チドリ類の状況(図3)、また極北の環境変化についてお話いただきました。

図3 アラスカバローで繁殖していたキタアラスカハマシギ( Calidris alpina arcticola 

『調査地では、600m×600mのプロット6ヶ所とその周辺で、継続的なモニタリングが実施されている。モニタリングの項目としては、巣の密度や繁殖成功率、親鳥と雛の計測などの基本的な項目に加えて、繁殖成功に関係し得る雪解けのタイミング、食物資源量、捕食圧、草食獣による植生採食圧の測定など多岐にわたっている。また、GPSやジオロケータによる渡りルートの追跡も行われていた。

表1 アラスカ・バローの調査地における2016年と2017年のシギ・チドリ類の繁殖成功率(Alaska Shorebird Group私信)

 2017年は、過去15年間で最も雪解けが遅く、ハマシギの営巣に適した場所が限られ、繁殖成功率は、例年よりも雪解けが早かった2016年の82.8%に比べ、33.3%と極端に低い年となった(表1)。
 一方で長期的にみると、アラスカでは温暖化の影響が表れつつあり、2003年から2016年にかけて雪解けの時期が平均0.8日/年早まっている(14年で11日)。雪解けの時期が早まると、育雛期のヒナの重要な餌資源である昆虫類の発生も早まる。これに合わせ、ヒメハマシギやアメリカウズラシギ、ハイイロヒレアシシギなどの種は、産卵日が0.3-0.9日/年早まっているが、ハマシギ、ヒレアシトウネン、オオハシシギは0.1–0.2日/年しか早まらず、種によって違いがあった。このため、ハマシギなどの種では、今後、繁殖時期が昆虫の発生時期よりも遅れるようになり、長期的に個体群が減少していく懸念が持たれている。』

 

旅路の途中 カムチャツカのハマシギたち(漫湖水鳥・湿地センター:富田宏)

 富田さんは主にロシアの中継地や繁殖地を訪れています。渡り時期のカムチャッカの個体数の変化の様子や、日本で観察されるハマシギとは異なると考えられるカムチャッカ亜種の形態的な違いを写真を示して話してくれました。

図4.ハマシギ亜種の分布

『2014年7月に、ロシア・カムチャツカ半島のバラスフスカヤ川河口において実施されている、シギ・チドリ類の標識調査とモニタリング調査に参加した。カムチャツカ半島は、ハマシギの中継地であるとともに、亜種カムチャッカハマシギC. a. kistchinski の繁殖地でもある(図4)。ハマシギについては7月27日に越冬地に向かう渡来のピークが見られたが、その際のハマシギは、胸のあたりの縦斑や背中の黄色味などの羽色や形態の特徴から、亜種カムチャッカハマシギと考えられた(図5、表2)。一方で8月9日には9,697羽のハマシギが観察された。亜種についてははっきりしないが、この個体群はアラスカなどで繁殖した亜種キタアラスカハマシギC. a. arcticola など別亜種が渡ってきている可能性が考えられる。
 日本では、越冬期は冬羽で亜種の識別は困難であるが、夏羽を残している秋の渡り時期や、夏羽に換羽している春の渡り時期には、羽色や形態から亜種の識別も可能ではないかと思われる。観察記録を蓄積することにより、どの亜種がどのようなルートをどの時期に利用して移動しているのかといった疑問の手がかりになることが期待される。』

図5. カムチャツカで見られたカムチャッカハマシギ( C. a. kistchinski )と見られる亜種 日本においてよく観察されるハマシギと胸部の模様や背中の色に違いがある。

表2 ハマシギ亜種の繁殖羽の色・パターン・嘴峰長

系統 繁殖地 嘴長(mm) 背中の色 頭頂部と上背の黒色の程度 胸部の縞の程度
キタアラスカハマシギ
 C. a. arcticola
北アラスカ 29.8-39.8 明るいさび色 うすい 細かい
ハマシギ
 C. a. sakhalina
チェコト半島 29.7-43.0 さび色 うすい 細かい
カムチャッカハマシギ
 C. a. kistchinski
カムチャッカ半島 30.4-40.6 さび色、
羽縁に黄色
中間 中間
カラフトハマシギ
 C. a. actitis
北サハリン 28.4-33.0 薄さび色 特に頭頂部が濃い 太い

 

今回のサイエンスカフェの感想と今後

 質疑応答では、アラスカの繁殖地やカムチャツカの中継地での調査の様子や、生態に関することを中心に質問がありました。特に、日本で越冬するハマシギの飛来時期は9月終わり頃からなのですが、アラスカでは7月下旬にはいなくなり、カムチャツカでは8月上旬がピークとなっており、日本に現れるまでにはタイムラグがあることが指摘され、どこを移動しているのか?知られてない中継地が他にあるのか?と疑問に気付かされました。
 ハマシギを含む渡り性のシギ・チドリ類を守るためには、繁殖地、中継地、越冬地それぞれで保全の活動をすることが重要です。そのためには多くの方が渡り鳥に対する理解を深め、その生息地を守る重要性を認識することが必要となります。また市民調査による観察記録やモニタリングへの参加が生態を解明するための重要な知見となります。我々、調査などをする側も、理解を深めてもらうためのお手伝いをしながら、各地のバードウォッチャーや次世代を担う子どもたちと一緒にハマシギの保全を考え・実施する必要があると再認識しました。 

 サイエンスカフェ終了後、講演者・企画者で話し合い、国内に飛来するハマシギの生態を解明する【ハマシギワーキンググループ】を立ち上げることにしました。ハマシギに関する生態・渡りルート等に関する情報の整理のため、海外の研究者や観察者とも連絡を取り合い、調査の企画や実施、教育や普及活動を行っていく予定です。早速、ハマシギ亜種を見つけようという市民参加型の調査はどうだろうかなど構想していますので、企画起ち上げの際にはご協力よろしくお願いします。

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